旅行客

「えーっと、ケーキセット1つ。で、チーズケーキとアイスチャイ。あ、チャイは食後で良いです」
こう記してしまえば、ただの標準語だと思うかもしれないが、実際の彼女は関西弁だった。

M県S市杜王町。かの有名な伊達政宗に縁のある場所が多い土地柄、観光客は珍しくない。
ここカフェ〈ドゥ・マゴ〉にも、土地勘のないものが疲れて休みにくるのも、珍しくない。

ぼくは「ピンクダークの少年」の最新話を書き終え、次回作のネタを探しにカフェに来ていた。
関西弁のキャラか……。ぼくが描く漫画にはあまり方言を使うキャラはいない。というのも、ぼく自身方言は使わないし、ここ杜王町に住む者も標準語だ。故に、ぼくが考える台詞の方言にはリアリティーがない。なにより、先程のように彼女が言ったことをここに記したところで、彼女の持つイントネーションまでは表現出来ない。
彼女をモデルに、関西弁のキャラでも考えてみるか……。
スケッチするために彼女をみたぼくは驚いた。

机の上に、ドールを置いている。
そういえば担当編集者泉 京香から先日聞いた話では、
近頃は「推し活」なるものがあり、
自分が好きなキャラクターやアイドルのグッズを持ち歩き、写真を撮るというものがあると。
しかし、彼女の持っているドールは2人おり、
1人は褐色肌の男性、もう1人は彼女そっくりの姿だったのだ。
しかも、彼女はそのドールと似たような服を着ている。

気になる。物凄く。
「スタンド使いはひかれあう」
おかげでぼくは今まで色んなスタンド使いに出会ってきた。その度に漫画のネタになるような、面白い人生を送っている人物を何人も知っている。
彼女の記憶を読んでみたい。そして、よりリアリティーのある作品に仕上げたい。
彼女がケーキと紅茶を食べ終わるのを待つことにした。
ここでスタンドを使うわけにはいかないからな。

彼女はスマホを取り出し、時間を確認したのか、ドールをカバンにしまいだした。
どうやら移動するらしい。
少しタイミングをずらしてぼくもレジに向かった。

杜王駅に向かっていく。どうやら電車に乗るようだ。
彼女の死角になる位置にぼくも座る。
またしても彼女はカバンからドールを取り出し、
椅子の縁に座らせ、写真を撮り始める。
(いくら人が居ないからって、目立つんじゃあないのか?)
旅は恥の書き捨てというが、捨てすぎなんじゃないのか。
1、2枚撮って満足したのか、またドールをカバンにしまう。

スタンド使いかと身構えていたが、どうも違うらしい。
早く<天国への扉ヘブンズドアー>で覗き込みたいところだが、
人目のつかない場所を狙うしかない。

電車はおよそ観光地からは程遠い場所へ向かっていく。
降りた。どうやら最寄り駅に到着したらしい。
改札へ向かう彼女を追いかける。
そのうち、彼女が目指している場所が判明した。
「金蛇水神社」この時期は藤と牡丹が丁度咲き誇っている。
(ここ目当てに、わざわざ関西から来たというのか……?)
また彼女はドールを取り出し花を背景に撮影し出す。

観光地から外れているとはいえ、花目当てに参拝客は多い。
彼女は今度はカバンから御朱印帳を取り出し社務所へ歩いていく。
そういえば、御朱印巡りも趣味の1つとして流行っていると聞いたな。

ただ、彼女は単なるミーハーではなさそうだ。
服装だって、流行りを追いかけているわけではないらしいことが一目で分かる。
旅行だということで、多少のお洒落はするかもしれないが、それにしても彼女の服装はシンプルすぎるのだ。

御朱印を書いてもらったらしい彼女は、参拝もそこそこに神社を後にするらしい。

駅に着いたあと、彼女は時計と地図を交互に睨んでいたが、どうやら観光を諦めたらしい。
地図に大きく×をつける。
再び杜王駅に戻ってきた。

今度は巡回バスを利用するらしい。
(観光客にしては、急ぎ足だな)と思った。
まぁ、確かにあの近辺は何もなさすぎるが。
やはり、ドール撮影だけが目的なのだろうか。

それにしては、何か。何かある。
その確信がぼくにはあった。
「次、停まります」
無機質な声が車内に響く。
彼女がボタンを押していた。

目的地は、再び神社のようだ。
「青葉神社」
伊達政宗公に縁のある神社だ。
夕方だからか、参拝者はぼくと彼女だけのようだった。
またしても社務所に向かい、御朱印を書いてもらっている。

参拝時間ギリギリだったようだ。
巫女や神主が戸締まりを始めた。

彼女は境内にある藤を撮影している。
社務所からも死角がある。
チャンスだ。

「<天国への扉ヘブンズドアー>ッ!」
彼女を近くのベンチに座らせる。


「† 夢の世界へようこそ †
……貴女は1人目のお客様……」

何だこれは……。どうしてぼくが招かれている?そもそも、夢の世界って何だ。

ぼくの<天国への扉ヘブンズドアー>は、大体が文字媒体として現れる。

彼女も例外に漏れず、文字媒体ではあるが、
ケータイサイトのような作りをしている。

紫雲 茜。9月24日産まれ。天秤座。好きな食べ物は野菜……ぼくはペラペラとページをめくる。

大阪から仙台へは、昨日到着していたらしい。通りで観光客にしては荷物が小さいと思っていた。
しかし、おかしな点がある。
彼女は間違いなく、1人だった。
それはぼくがこの目でしっかり見届けている。
少なくとも、今日彼女はずっと1人だったのだ。

しかし、<天国への扉ヘブンズドアー>に書かかれている記憶は違う。
もう1人の男と常に行動しているのだ。

「イマジナリーフレンドか……。他人にはこの話はしないだろうから、こういうのが知れるのが、<天国への扉ヘブンズドアー>の良いところだな」

しかし、それにしてもだ。
通常、イマジナリーフレンドは幼少期のみ現れる脳内のみに存在するはずだ。
成長に従って自然と消える。
それが彼女の場合は、成人しても現れている。

どうやらこのイマジナリーフレンドの見た目は、彼女が連れていたドールの、褐色肌の男らしい。
名前はアルジュナ。アルジュナといえば、ヒンドゥー教の「マハーバーラタ」に登場する主人公だったはず。

イマジナリーフレンドを元に、その姿に近いドールを購入したようだ。
そして、自分に近いドールも隣に置くことで、
その存在を確かなものにした。
妄想の世界に生きているもの。
一言で片付けてしまえばそれまでだが、
<天国への扉ヘブンズドアー>は真実しか書かれない。
彼女の世界では、このアルジュナという人物は存在している人間であり、彼女の隣に常にいる。

まるでスタンドのようだ、とぼくは感じた。
彼女が気付いていないだけで、スタンド使いかもしれない。
用心しておこう。彼女に「岸辺露伴には攻撃出来ない」と書き込んでおく。
そして「5分後に目を覚ます」とも。

今日は大きな収穫があった。
強い幻覚を見ているだけの女性かもしれないが、
彼女の足取りはしっかりしていたし、
独り言を喋り続けるタイプでもなかった。
しかし、脳内には常にもう1人の男が存在し、
それをドールへ投影している。
これは、<天国への扉ヘブンズドアー>がなければ、分からないものだ。

「良い話が描けそうだ」
ぼくは家路へと急いだ。
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