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終わりから始まった恋


朝。
私はイッキが迎えにくる3時間前に目覚ましをセットした。
イッキに見つかるよりも前に、郵便ポストを綺麗にしないといけないから。

「とりあえず簡単なスキンケアと、日焼け止めだけ塗って……」

服も適当に選んで外に出る。
監視カメラの時刻を確認した限り、この時間帯にはもう郵便ポストが汚されているはず。
今日は一体どんな汚れがついているのかと考えながら、ポストに近づくと、いつものような異臭がしなかった。

「……?」

不思議に思って開けてみると、昨日掃除した状態のまま保たれていた。

「どういうこと……?」

「#名前#ちゃん!」

「あ!管理人さん!どうされたんです?」

管理人さんは常駐しているわけじゃない。
昼間から夕方にかけているくらいで、夜と朝は自室にいる。

「あんたがなかなかあの子たちに注意しないから、アタシから行ってやろうかと思って待ち構えてたのさ」

「そんな……あんまり刺激するのはちょっと」

「そうは言うけどねえ……。いやね、こういうのはあんたじゃなくて嫌がらせしてくる方が悪いんだからあんたを責めるつもりはないけどさ、もっと強気にいってもいいんじゃないかい?」

「……」

「例の彼氏さんに相談してみるとか」

「それだけはダメです」

「いつもそう言うけど、相手もあんたのこと大事に想ってくれてんだろ?教えてもらえないほうが悲しいと思うけどねえ」

「……そうですけど、あと少しでたぶんお別れなんです」

「お別れ!?あんた、相手のこと嫌になっちまったのかい」

「いいえ、大好きです。大好きなんですけど、付き合う前からの約束で、そういうことになってて……。もし彼もそれ以上のお付き合いを望んでくれるなら、このことを話そうと思いますけど」

管理人さんは心配そうな顔でため息をつく。

「彼と別れたら、こういうことはなくなるので……あと2週間ほど、ご迷惑をおかけします……」

「あんたにはいつも色々手伝ってもらってるから、これくらい何てことはないよ。今日は姿も見かけてないけど、あいつらも懲りないねえ」

姿も見かけてない、ってことは、一旦嫌がらせが止んだということだろうか。
あんまり無理するんじゃないよ、と言って管理人さんは帰っていった。
私は掃除道具を持って、何もせずに自宅に戻る。

「どうして……?」

もしかして、昨日イッキがキレたことと何か関係があるのだろうか。
私を傷つけるとイッキに嫌われると思い込んだのかもしれない。

「ひとまずイッキが来るまで準備しよう……」

疑問に思いながらも、いつものように服を選んだりメイクをしたりして、イッキが来るのを待つ。
携帯を見てみると、アドレスを変更したおかげか、迷惑メールも来ていない。
件の出会い系サイトにはアカウントを削除するように要請した。
このまま、大人しくなってくれたらいいのに。
そう思っていた時、外から女の子たちの甲高い声が聞こえてきて、それと同じくらいのタイミングでイッキからメールがきた。

『ごめん、女の子たちに捕まった。この子たちを帰したらインターホンを鳴らすから、それまで待ってて。』

カーテンの隙間から下を見ると、イッキがFCと思われる子たちに囲まれているのが見えた。
もしかすると、彼女たちはこれを狙っていたのかもしれない。

『わかった。家で待ってるね。』

そう返事をして、携帯を置く。
一生懸命髪もメイクもしたけど、今日はあんまり出かけられないかもなあ。
徐にテレビをつけて見ていると、だんだん睡魔が襲ってくる。
ちゃんと寝たつもりだったけど、眠りが浅かったのかな。

「ふぁ……」

徐々にまぶたが閉じてくる。

「!」

ピンポーンという音がして、ハッと覚醒する。
近くの手鏡で髪型やメイクを確認しながら、応答する。

「はい」

『僕だけど。待たせてごめんね、降りてこられる?』

モニターにイッキが写っている。
少し疲れた顔だ。

「うん。すぐ降りるね!」

最後に全身鏡で確認して、私はパタパタと外へ出た。

「イッキ!」

私が降りてきたことに気付いて、イッキが振り向く。

「遅くなってごめんね……」

「ううん、大丈夫。イッキは大丈夫?」

少し疲れた表情のイッキの頬に触れる。
それに合わせるように、イッキの手が私の手を覆う。

「うん。大丈夫」

「よかった」

本当は今日は少し遠出できたらいいなと思っていたけど、もうこの時間だし、あまり遠くには行けないな。

「あ!ねえ、今日はうちでゲームしない?」

「ゲーム?」

「うん!スマ○ラとか、有名どころのゲームなら実家から持ってきてるのがあるから」

「……ごめん、」

遅くなったから、とかイッキが言い出しそうなのを察して、口を挟む。

「イッキが優しいのは知ってるもん、これくらいなんてことないよ。せっかく一緒にいるのに暗くなっちゃう方が嫌だよ、私」

「!……はは、そうだね。気を使わせちゃったな」

「じゃあ決まりね!」

パタパタと軽く片付けをして、ゲーム機を起動させる。
イッキが使う用にコントローラーを探し出したり、久々のプレイで上手く操作できなかったりしたけど、楽しかった。
私がそこそこできるとわかってからは、イッキも手加減せずにかかってきたりして、久しぶりに全力で楽しんだ気がする。
恋人というより、友達みたいな時間だった。

「はーっ、疲れた!ちょっと休憩にしよ。コーヒーでいい?」

「うん、ありがとう。何か手伝えることある?」

「ううん、大丈夫。イッキは座ってて」

2人して日が沈むのも気にせず、対戦に明け暮れた。
スマ○ラに飽きたらマリ○カートとか、色んなゲームを転々としながら。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

ふぅ、とひと息つく。

「遊んだね〜」

「あはは、そうだね。こんなにはしゃいだのは久しぶりかも」

「……うん」

3ヶ月経って、こんな風に友達でいられるならそれでもいいのかもしれない。
そんな考えがふと頭を過ぎる。

「#名前#?」

「ううん。……さて、そろそろ時間も遅いし、お開きにする?」

ゲーム終了ボタンを押しながら、問いかける。

「そうだね。ちょっと没頭しすぎたな」

「それだけイッキも楽しんでくれたなら良かった」

イッキが帰る支度をしている間にコントローラーを片付ける。

「今度またゲームしよ。たまにはこういうのもいいなって思った」

「うん。僕も本気でゲームできて楽しかった」

ゲームしながら、イッキは少し切なそうに語っていた。
女の子は本気でやってくれないし、本気で戦ってくれる男の子の友達もいなかったと。
まあ、イッキの能力を考えると、イッキに近く男子はおそらくその周りの女子目当てだし、イッキの機嫌を損ねて女子と話せなくなるのが嫌だったんだろう。
女子は言わずもがな、イッキには画面より自分を見てほしいとか、そんなところかな。

「またね。次会えるのは来週かな」

「うん。……ごめんね、続けてバイト入れちゃって」

「気にしないで。バイト頑張ってね、#名前#」

「ありがとう。イッキも、あんまり無理しないでね」

「うん」

軽くキスを交わして別れる。
イッキと過ごせる貴重な期間だけど、お金のことは気にしなくてはならない。
これからの残り時間を目一杯楽しむためには、今あるお金を使い切っても、来月にきちんと収入がなくてはいけない。
イッキと楽しむためにシフトを調整してもらいすぎたし、今後のことを考えるためにも、イッキとは少し距離を置いて、その間にお金を稼ぎたい。

「さて……」

期限が迫ってきている今、私はイッキとどうなりたいのか。
イッキはどうなりたいと思ってくれているのか。
もし別れるなら、もし継続してもらえるなら。
考えることはたくさんある。
私は1人、イッキが飲み干したあとのマグカップを洗い始めた。
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