複雑になった初恋
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「……なんて?」
私は思わず聞き返す。
恋人になってって?だってさっき告白を断っているって言ったばかり……。
手に汗が滲む。
「正確には、恋人のふりをしてほしいんだ」
瞬間、鼓動が止まった気がした。
……なるほど、そういうことか。
淡い期待を抱いた自分に嫌気が差す。
この気持ちは封印して、ずっと友達としてそばにいようと決めたのに、こんなイッキの一言で夢を見そうになるなんて。
「サラ?やっぱり迷惑だよね……ごめん」
「……一旦、お茶を飲むわね」
私は残ったアイスティーを一気に飲み干す。
「ふぅ。詳しく聞かせて」
「え?」
「恋人のふりの話。引き受けるかどうかは話を聞いてから決めるわ」
「……うん」
イッキの話を整理すると。
告白を断り続けてはいるものの、付き合っている相手がいないのなら、と別れた翌日から連日何人もの女の子から告白されるらしい。
どれだけ断ってもまた次の子が来る、断る度になぜ自分ではダメなのかと泣かれ、縋られ、イッキは疲弊している様子だった。
数日でこれなら、これからも断り続けるのはキツイだろう。どこかでイッキの心が折れてしまう。
「それで、誰かと付き合っていることにすれば少しは落ち着くんじゃないかってことね」
「うん。でもこんなこと頼める子なんてサラくらいしかいないし……」
「告白してきた子のうち1人を選んで、その子と付き合い続けるのは?」
「その子とどれくらい続くかわからないし、また短期間で別れたらさらに誤解されそうじゃない?」
「確かにね……」
付き合っている相手には優しいけど、こういうところはドライなのよね。
付き合う前からすぐ別れるかもなんて考えないでしょう普通。
「要は契約ってことね。恋人のふりなら短期間で別れたりしないし、告白を避ける理由にもなる、と」
「うん」
よく思いついたものだわ。
イッキは私の気持ちなんて知らないから、こんなお願いができるんでしょう。
私の気持ちを知ったらきっと突き放すくせに。
「……はあ」
「やっぱりダメかな」
ちょっとムカつくけど、やっぱり助けてあげたい気持ちが大きい。
でも私にできるだろうか。これ以上気持ちが大きくなるのは避けたいんだけどな……。
正直、一度恋人としてのイッキを知ってしまったら友達に戻れる自信がない。
そこに気持ちがこもっていないとしても私にとっては夢みたいなことだから。
「……いいわ。引き受けてあげる」
「本当!?」
「でも条件があるわ」
私はバッグから紙とペンと取り出し、条件を書き出していく。
①恋人のふりであることをケンとリカには明かすこと。
②期間は最長一年。延長はしない。
③身体接触はキスまで。ただし唇にはしないこと。
④好きな相手ができたらアプローチをする前に必ず連絡をすること。
⑤恋人であるうちは相手を助けること。
「こんなところかしらね」
イッキは条件に目を通す。
「口にキスはダメってこと?」
「そうよ。私、付き合ってない相手とはキスしないって決めてるの」
イッキとキスなんてしたら、絶対忘れられなくなるもの。
「頬やおでこは?」
「……それくらいならいいわ。でも必要最低限ね」
いや本当はダメにしたいけど。
でもそれだと恋人じゃないかもって疑われた時の証明で『キスしろ』って言われたら逃げ道がなくなるものね。
「⑤の助けるっていうのは、僕にも何かできることがあるの?」
「あるわよ。例えばお母様がまたお見合いの話を持ってきた時とか、好みじゃない男に付きまとわれた時とか」
イッキはなるほど、と頷く。
「納得したらサインして」
私がペンを渡すと、イッキは躊躇することなくサインをする。
「法的な効果はないけど、一応これが契約条件ね。何かあったらまた追加しましょう。それじゃあ、よろしくね彼氏さん」
私が手を差し出すとイッキは握り返してくれる。
ふりとはいえ、恋人になったと思うと握手だけでも顔がニヤけてしまいそう……。
「それじゃあ出ようか」
「そうね。リカには私から連絡しておくから、ケンはお願いしてもいい?」
「わかった」
会計に行くと、イッキはまるでいつもしているかのように私の分まで払おうとする。
「ちょっと待って、自分の分は自分で出すわ」
「今日は奢らせて。全然足りないけどちょっとしたお礼」
「いらないわよ。イッキにも私を助けてって言ったでしょう」
私は会計を分けてもらい、自分の分を支払って店を出る。
「変に奢ろうとしないで。これも条件に追加するわ」
「ごめん、サラは奢られるの嫌なんだったね」
「そうよ、対等じゃないみたいで嫌なの。それは恋人になっても同じだから。忘れないで」
「うん」
店を出ると、遠くからこちらの様子を伺っていた女の子が声をかけてくる。
「あの……イッキさん!」
「?」
「少しお時間いただけませんか……!?」
まさか早速?
いやでも私が一緒にいるのに、何も聞いてこないの?
はあ、と心の中でため息をつく。
彼女がただイッキとお喋りしたいだけなのか、告白しようとしてるのか、確かめる必要があるわね。
「彼に何か用?」
私はイッキの腕に抱きつく。
イッキは少し驚いた様子だったが、私がしようとしていることがわかったようだった。
女の子は私など眼中に入っていなかったようで、びっくりしている。
「え、もしかして……彼女さん、ですか?」
「……そうだとしたら?」
「……っ」
女の子の目が潤み始める。
なるほど。これを毎度色んな子からされたのでは、いつか精神的に潰れそうだ。
「す、すみません、お邪魔してしまって……」
おお、珍しい。イッキがサングラスしてるからかな?
『目』の力が効いている子は大抵彼女がいてもベタベタしてきたりするのに。
「いいえ。これ、よかったら」
私は持っていたティッシュを彼女に差し出し、イッキの腕を引く。
「行こう」
しばらく歩いて、彼女が見えなくなったことを確認してから腕を離す。
「よく理解したわ。あれは大変ね」
「……うん」
「?腕を見つめてどうしたの?……あ、もしかして嫌だった?」
私と腕組むの嫌だったかな……。
「いや、何でもないよ。ありがとう、やっぱりサラにお願いして正解だったな」
「……そう?あんな感じでいいなら良かった」
その後も声をかけたそうにこちらを見てくる女の子はいたが、私が近くにいることで牽制になったようだった。
「乗って。送るわ」
「いいの?ありがとう」
私はイッキを車に乗せて家まで送り届ける。
「それじゃあまたね。何かあったら連絡して。あ、ケンに伝えるの忘れないでね」
「うん、わかってる。ありがとう」
私はイッキが部屋に入るのを確認してから、リカに電話をかける。
『もしもし、サラさん?』
「あ、もしもし。久しぶりねリカ」
『ご無沙汰しておりますわ』
「これから少し話せるかしら?2人きりがいいのだけれど」
『……わかりました。お店の場所を送りますわ』
「ありがとう」
リカから送られてきた場所をナビに入れ、車を走らせる。
お店に着くと、すぐに個室へ案内された。
「さすがね〜リカ」
「とんでもありませんわ。あなたが2人きりで話したいと言う時は、決まって人に聞かれたくない話をする時ですもの」
「わかってるじゃない」
私はアイスティーを注文し、それが届けられてから話を切り出す。
「本題を言うわね。私、イッキと付き合うことにしたの」
「……今、なんと?」
リカは飲んでいたグラスを落としそうになりながら、ポカンと口を開けている。
「ああ、勘違いしないで、恋人のふりよ」
ホッと息を吐いたのがわかった。
まあ、本当に私がイッキと付き合い始めたら裏切り行為みたいなものだものね。
「詳しいお話を聞いても?」
私はイッキが言い寄られて疲れていることだけを手短に話した。
別れた彼女が原因で気にしてる、なんて知られたら、リカがその子に手を出しかねないから。
「なるほど……そのようなことがありましたの」
「そう。だから私がイッキの気持ちが落ち着くまで盾になろうってことよ」
「イッキ様のお悩みに気づくことができず追い詰めてしまうなど……不覚ですわ」
「仕方ないわ。イッキもこんなに疲れるのは初めてでしょうし」
今まで何年も見守ってきたけど、こんなことは初めてだった。
傷ついたら次の子で癒やそうとしてたから。
「そこで、リカにはFCの対応についてお願いしたいことがあるの」
「何でもおっしゃってくださいませ」
「これまで私はイッキにとって大切な友人だからってことで、近くにいても嫌がらせが起きなかったでしょう?でも友人でなくなったとなれば、我慢できない子も出てくると思うのよね」
「……そういった小娘を抑えろと言うことでしょうか?」
「違うわ。むしろそこに乗ってほしいの。いつも通り、FC以外の子が恋人になった時にする嫌がらせを私にして」
「……まさか」
何かを察した様子のリカに頷いてみせる。
「これを機に、FCの嫌がらせレベルをチェックしましょう」
FCがFC以外の子に対して嫌がらせをするのには、大きく三つ目的がある。
一つはFCの子達の嫉妬心を満たして過剰な行動を抑制すること。
もう一つは、『目』の影響を受けて盲目的にイッキを好きになった子が、イッキに迷惑をかけるような度が過ぎたわがままを言わないように牽制すること。
最後は、イッキのことを好きな他の女性からの牽制に耐えてでもイッキの傍にいようとする、嫌がらせをされてもイッキを愛し続けられる強い女性を選りすぐること。
例えば、誰でも逃げ出したくなるような度の過ぎた嫌がらせをしていたり、嫉妬心から過剰な対応をしているとしたら、本来の目的を見失っていることになる。
「本来の目的がきちんと末端まで伝わっているか、新規会員もきちんとリカの言いつけを守っているか、一度調べるのも良いと思わない?」
「……確かにそうですわね。随分と人数も増えましたし、せっかくですから確認いたしましょう。今後サラさんに関してお話が出ましたら、そのように対処いたしますわ」
「ありがとう。話はそれだけだから」
私はアイスティーを飲み干して、リカの分も会計のお金を払う。
「これは個室を予約してくれたお礼と、今後の協力への感謝よ」
「必要ありませんのに……」
「これからもイッキの取り巻きの小娘たちをよろしくね」
「FCの会長にとサラさんが私の背中を押してくださった時から、あなたへの協力は惜しまないと決めていますもの。任せてくださいまし」
リカは本当に頼りになる。
少し危なっかしいところもあるけれど、芯が強いからFCの子達からも敬われているし、行動に一貫性がある。
あの時、リカをトップにさせて良かった。
私はイッキにリカに知らせたことをメールし、家に帰った。
「サラ」
「……ただいま戻りました、お母様」
家に帰ると、お母様が玄関に立っていた。
「お父様がお呼びよ」
「わかりました」
わざわざ私の帰りを待っているなんて、どうしたのだろう。
いくらお父様が呼んでいるとはいえ、いつもはこんなことはないのに。
私に初めて見合い話が来た時くらいしか…………まさか。
「お父様、ただいま戻りました」
書斎の扉をノックする。
入りなさい、という声が聞こえる。物々しい雰囲気は特にない。
「失礼致します。……私をお呼びだと聞きました」
「ああ。……まあそこに座りなさい」
「はい……」
正直座りたくない。
また見合い話だろうか。
「ようやく本命を手に入れたようだな」
「…………は?、っ失礼しました」
想定外の言葉にうっかり失言してしまう。
「ハッハッハ、隠す必要はない。イッキ、と言ったか。彼がお前の本命だろう」
お父様はいったいどこまでご存知なのだろう。
見合いの件を断った時もそうだけど、私のことを何でも知っているかのように話すことがある。
そして実際、私の気持ちはたいていバレているのだ。
「今日腕を組んで歩いていたと報告を受けている」
「……はあ、どこまで私を監視させているのですか?」
「なに、邪魔をするためではない。親心だ。中学の時からずっと想っているくせに、違う男とばかり付き合うものだから心配にもなる」
……まさか、私がイッキへの想いを自覚した時からずっと知っていたのか。
「ようやく本命を手に入れたと聞き、いても立ってもいられなくてな。ついこうして呼び出してしまった」
「……興奮されているところ申し上げにくいのですが、彼とは一時的にそういう仲であるふりをしているだけで、本当の恋人になったわけではありません」
「……なんと」
お父様はふむ、と考える素振りを見せる。
「それで、お前はこれで終わらせるつもりなのか」
「……」
痛いところを突いてくる。
正直、ふりとはいえ恋人になって、今後想いは深まるばかりだろう。
もしかしたら振り向いてくれることがあるかも、と心の奥底で淡い期待をしている自分がいることも確かだ。
「……存分に悩みなさい。後悔のないようにな」
「それは、どういう……」
「もう話してもいい頃だろう。……私と母さんの立場は知っているな?」
「……はい」
お母様はこの家の三人姉妹の長女で、お父様はその婿養子。
私を認めてくれたお父様と違って、お祖父様はお母様を後継者として認めなかった。
「お前もわかっていると思うが、私たちの間に愛はない。信頼関係はあってもな。お義父様……お前のお祖父様は、私の能力の高さを買ってくださり、母さんと見合いをさせたんだ」
薄々気づいてはいた。
2人でいるときの空気に、信頼はあっても愛情は感じられなかった。
とても愛し合って結婚したようには見えないのだ。
まるでビジネスパートナーのようだと、幼い時から感じていた。
「母さんには想い人がいた。だが、お祖父様はその男の能力では満足されなかったのだ。そこで私たちはお互いの利害を一致させることにした」
お母様は自分に愛を求めてこない、そして別の男を想い続けることを許してくれる相手がほしい。
お父様はお祖父様の期待に応え、いずれ会社を継ぐ人になりたい。
そこで2人の利害が一致したらしい。
「母さんは結婚し子を成したが、未だに彼のことが忘れられないらしい。彼女のすごいところは、それでもお前を育て上げたことだ」
「お母様にそんな過去があったなんて……」
「私は恋愛感情というものが未だによくわからない。元々貧乏な家に生まれた私は、出世することしか考えていなかったからな」
お父様は自嘲混じりの笑みを浮かべる。
「結局、母さんをそういう意味で愛すことはできなかったし、母さんも私を愛してはいないだろう。……母さんがどう思っているかは知らないが、私は、お前には愛する人と結ばれてほしいと思っている。彼女の姿を見ているからな」
お父様は外部から来た人間。
未だに世襲で会社経営を行なっている我が家にとって、新しい風だっただろう。
そしてそんなお父様だからこそ、私の恋愛の自由を認めてくれたんだということを改めて実感した。
「おそらく母さんはお前が伝統から外れて、自由に恋愛し会社を継ぐことを良く思っていないだろう。それは自分ができなかった……認めてもらえなかったことだから」
お母様があれほどに見合いを進めようとしてきた理由が、今ならわかる。
伝統に囚われていることも原因の一つだろうが、あとは羨望と嫉妬だ。
「母さんの説得は私の仕事だ。お前はお前のしたいようにしなさい。イッキくんを本気で口説くもよし、別の男に乗り換えるもよし。お前が望まないのならいっそ独身でも構わん」
「……ありがとうございます」
私が味方だということを忘れるな、お父様は最後にそう付け加えた。
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