複雑になった初恋
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私の交際相手は、いつも同じパターンになる。
「……その、そろそろ君のご両親にご挨拶できたらと思ってるんだけど」
父が私に会社を継がせることを公表しないから、私が社長令嬢だと知った相手は、しばらくすると必ずこの流れになる。
「どうしたの?急に」
公表することで狡猾な輩が近づいてくることは避けたいらしいが、おかげでまともな交際相手を出会えた試しがない。
「だってほら、君のお父さんは三ツ葉グループの社長だろう?世襲だと聞くし……」
私と上手くいけば、自分が会社を任せてもらえる、自分が社長になれると思っている。
そんな甘い話があるわけがないのに。
「?世襲だと何かあるの?」
私はいつもわざとわからないフリをして、相手に期待する。
この人は会社ではなく私のことが好きで、単純に好きな人の両親に挨拶をしたいだけではないか、と。
「もし、その……僕と君が結婚したら、ね?その時のためにも勉強しておきたいし……」
「……何を勉強するの?」
「も、もう!サラもわかってるでしょ?会社の経営は絶対に簡単じゃないし、その時が来てから勉強しても遅いじゃないか。だから早く君のご両親に挨拶をして、何を学んでおくべきか知りたいんだよ」
「……そう」
やっぱり、今回もダメだな。
彼は私じゃなくて、私の背景にある父の会社を見てる。
そんな期待したって、会社を継ぐのは私なのに。
「まず言わせてもらうけど、もしあなたを後継者候補としてお付き合いの相手に選んでいるなら、とっくの昔に父に会わせてるわ」
「……え?」
「もしくは、父からあなたのことを紹介されたかもしれないわね」
私は財布からお金を出し、テーブルに叩きつける。
「あなたとは単に恋人として想い合いたかっただけなのに……残念だわ。別れましょう私たち」
「えっ、ちょ、ちょっと待って」
彼も慌ててお金を出し、バタバタを私を追いかけてくる。
「待って、ねえサラ!待ってよ!」
「何?三ツ葉グループの令嬢と付き合ってる、いずれ自分が社長になる、そういうステータスが欲しかっただけでしょ?あなたのお友達に話を聞いてみたけど、まあ口の軽いこと」
「誤解だ!僕の話を聞いて……」
彼は私の腕を縋り付くように掴んでくる。
「離して。あなたが父関係なく私のことを想ってくれているなら、一度や二度の浮気くらい許そうかと思っていたけど、もう無理よ」
彼が他の女とホテルへ入っていく写真を見せると、彼は信じられないという顔で私を見た。
「僕のこと、調べたのか?」
「深夜に電話であま〜い声で話してたこと、私が知らない女からのLINE、あなたを調べようと思うには十分な理由だと思うけど?」
「!……そ、そういう自分だって男と飲みに行ってるだろ!」
「ケンとイッキのこと?私はあなたを2人に会わせたし、どこで飲むか、何時まで飲むか、ちゃんと連絡してたでしょ?だってやましいことなんてないもの。あなたと違って2人とは友達だから」
「は、どうだか!3人で楽しくやってたんじゃないのか!?」
「……はあ。証拠があるの?私は証拠を集めて、確信を持って話しているのに、あなたのそれはいつまでも推測の域を出ないのよ」
「ぼ、僕だって彼女とはちょっと休憩でホテルに入っただけで、やましいことはないぞ!」
いい加減見苦しいなあ。
もうひっ叩いて帰ろうか……?
「はいこれ、その彼女からもらった写真。裸で寄り添ってベッドで寝て、横には封の開いたスキン。まだ言い逃れようとするの?もう私たちは終わったの。別れたの。二度と話しかけないで」
「あ……」
彼女がまさか写真を撮ってるなんて思わなかったのね。
可哀想に、保険をかけられて。
「お、お前なんか!」
「?」
「お前なんか、父親がいなかったら何もないぞ!誰がお前のことなんか好きになるか!!」
「負け犬が吠えててうるわいわね〜!」
ベーッと舌を出し、私は車に乗り込んだ。
車を出してしばらくすると、着信があった。
「もしもし?」
『私だ』
「ケン?どうしたの?」
『今イッキュウと飲んでいるんだが……』
ケンが説明をしようとすると、その後ろから別の声が聞こえる。
『どうも今日は手がつけられなくてね』
「あ〜……もしかしてまた彼女に振られた話?」
『そんなところだ。もしサラも来れるならと思ってね』
「ん〜そうね。私もさっき別れたし、行くわ」
『ではメッセージに場所を送っておこう。またな』
「はーい」
送ってもらった場所をナビに打ち込み、車を走らせる。
イッキが振られた日は、だいたい3人で集まって飲むのがもう習慣になってしまったが、今日は誘われていなかったはず。
たぶん、彼氏がいるからと私を誘うのは遠慮したのだろう。
ただ、イッキが飲みすぎたせいで、耐えかねたケンが電話してきた……というところか。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「どうも。中に人を待たせてるので」
私は店員に軽く会釈をして、席を探す。
すると、個室からケンが顔を出した。
「こっちだ」
「お〜、お待たせ。イッキは?……って、もう伸びちゃってるのね」
「つい先ほどな」
「イッキ〜!来たよ〜!」
肩を叩いてみるが、イッキはすでに横になってしまっていて、むにゃむにゃと何かを言おうとするだけだ。
「せっかく来たのに……まあいいわ。すみませーん!カシオレひとつ!」
早々に注文を済ませて、イッキを起こさないように座る。
「それで、サラも別れたと?」
「あ〜……まあ、いつものよ」
運ばれてきたカシオレを飲みながら、別れた経緯を話した。
ケンはいつものごとく話を聞き、呆れと哀れみの混じったため息を吐いた。
「君は本当に男を見る目がないな。今回はいつものに加えて浮気とは……」
「っはは、私も写真を見た時は目を疑ったわよ。ちょっと食事に行って手を繋いじゃうとかその程度かと思ったらホテルとか……」
「それで、きちんと別れてきたのか?」
「ええ!それはもう全部事実と証拠を叩きつけて、ちゃんとお別れしたわ。前は適当にあしらったせいで『まだ別れたくない』っていつまでも付き纏われたからね。すみませーん!レモンサワーひとつ!」
んん、といううめき声をあげて、イッキが目を覚ます。
「あ、起きた?」
「……サラ……?彼氏は?」
「別れてきたわよ。今日はおそろいね」
ため息を吐きながら体を起こすイッキ。
彼女と別れたにしても、こんなに酔うのは珍しい。
「そっか……サラも……」
それからは、私が別れた経緯と、イッキが別れた経緯を話し合った。
そして、イッキがこんなにも酔っていた理由がわかった。
「何それ……イッキの周りの女の子に嫉妬して、とかじゃなくて、『独り占めしちゃうのは悪いから』?」
「そう。僕もよくわかってないんだけど、なんでかそう言われたんだよね」
水を飲んで少し酔いが覚めたイッキは訝しげな顔で話す。
「今までのお付き合いでも同時に何人もと付き合ったことなんてないのに、どうしたらそんな言葉が出てくるのかしら……」
「普通逆だよね?独り占めできて嬉しい〜!じゃないのかな。女の子って時々よくわからなくなる」
「たぶんその子が特殊よ。う〜ん、正確なことはわからないけど、もしかしたらその子は恋愛的に好きっていうより、推しっていう感覚だったんじゃない?アイドルみたいな。ケンどう思う?」
「まあ、一理あるだろう。別れたということは一夫多妻を望んでいたわけではないようだしな」
「そうなのかなあ……」
「大丈夫よ。きっと次は上手くいくわ。私も、イッキも。すみませーん!ハイボールひとつ!」
「……そういえば話していなかったが、」
ケンが言いにくそうに話し始める。
メガネをクイッと上げ、どこかバツが悪そうだ。
「私にも恋人ができた」
「…………」
一瞬思考が停止する。
私もイッキも、開いた口が塞がらない。
ケンが?恋愛?
恋愛なんて脳の勘違いだって言ってたケンが?
「……い、いつから?」
「数ヶ月前からだ」
私とイッキは顔を見合わせる。
酔いも一気に覚めた。
「どうして言ってくれなかったの!?」
「……わざわざ話すようなことでもないだろう。それに、君たちに言えば彼女が好奇の目に晒されるかもしれない」
「ケン……その子のこと本当に好きになったんだ」
「私も今それ思ったよイッキ……。っていうかなんでこのタイミング?しかも彼女がいるならこんな時間まで私たちと飲んでて大丈夫なの?」
「実は、その……少し相談したくてだな……」
『相談』という言葉に私とイッキは姿勢を正す。
ケンのこんな姿はこれまでで初めて見る。
「んん、何かしら?」
私もイッキも、思わず机に身を乗り出す。
今日いつものバーではなくあえて居酒屋を選んだのは、ケンなりに開放的な気分を作り出すためだったのだろうか。
「先日、彼女と喧嘩をしてしまったのだ。いや、喧嘩はよくあることなのだが……」
ケンは彼女と喧嘩してしまった経緯、その大まかな内容を話してくれた。
話を聞く限り、いつも些細なことで喧嘩をするようだが、今回はいつもより彼女が怒っていたらしい。
まあ、ケンが彼氏なら、同じような思考回路をしていないと喧嘩は絶えないでしょうね。
「それで、仲直りをしたい、と」
「ああ。だが、どうすればいいか……メールにも返事がない」
事態はかなり深刻なようだ。
メールに返事がないということは、絶対に会って謝罪したほうがいい。
「彼女のバイト先はわかってるんだよね?それなら、プレゼントを持っていったらいいんじゃないかな」
さすがのイッキだ。女の子の扱いをわかってる。
「いいね。お詫びの気持ちを込めて。謝罪をして、プレゼントを渡す……うん。だいたい許してもらえると思うわ」
「プレゼントか……」
「あっ、残らない物がいいわよ。バッグやアクセサリーみたいに残る物だと、それを見る度にプレゼントされた状況を思い出しちゃうでしょう?」
「確かに……」
3人で頭を突き合わせて考える。
食べ物か、生花かなあ……。
もし生花にするなら手入れが簡単なものがいいだろう。
「お花を一輪あげるとか、ロマンチックでいいと思うけど……ケン、彼女の家に行ったことある?」
「ッゴホ……なんだと?婚前に一人暮らしの女性の部屋に上がるなど……」
「いつの時代よ。……まあケンならそうだと思ったけど。花瓶があるかどうかわからないなら、お花はやめた方がいいかしら」
「うーん、でも一輪渡すのは良い案だと思う」
「花か……」
「花言葉を考えて渡すのも良さそうね。まあそこはいい感じのをケンが考えるとして、問題はもらった花の処理方法か……」
「ペットボトルとかでもいいって聞くよね」
「そういう情報をどう彼女に伝えようかしら……。謝罪のお花に、花の保管方法の紙なんて入ってたらちょっとムカつかない?」
「……保管方法くらいなら、彼女も自分で調べるだろう」
「それもそうだね。もし仲直りできたなら、彼氏にもらった花を枯らしたくないはずだし」
「確かに……そうね。まあもし彼女が保管方法がわからなくても、仲直りできたならケンが教えてあげればいいし」
大事なのは仲直り。花を渡すことの方じゃない。
ケンのことだし、自分が悪いと思ってるならきちんと仲直りできるでしょう。
私たちは話がまとまったところで会計を済ませて外へ出る。
彼女持ちを朝まで拘束するわけにはいかない。
予め呼んでおいた運転代行に運転を代わってもらい、イッキ、ケンをそれぞれ家まで送り届けてから自宅へ帰ってもらった。
料金を支払って、私は音を立てないように家の中へ入る。
「ただいま帰りましたー……」
静かに帰宅の挨拶をし、部屋へ戻ろうとすると、パッとリビングの灯りがつく。
「!」
「随分遅かったわね。今日は彼と食事に行くだけなのではなかったの?」
「お母様……起きてらしたのですか」
「あなたがあまりにも帰ってこないから心配していたのよ」
心配、ねぇ。
「すみません。……彼とは別れまして、その後いつものメンバーと飲みに行っていました」
「そう」
お母様はいつも、私が別れても何も追及してこない。
全て調べがついているから聞いてこないのか、それとも別れを繰り返せばいつか見合いを引き受けるだろうと機会を見計らっているのか。
「もう日付も代わっていますから、早く休みなさいね」
「はい。おやすみなさい、お母様」
私が頭を下げると、お母様は寝室へと戻っていく。
そうして私とイッキが恋人と別れて、ケンから相談を受けてから数日が経過した。
イッキはあれから告白を断り続けているらしい。
別れる時に言われた『独り占めしたら悪い』という言葉を気にしているようだ。
もしかすると今まで来るもの拒まずで誰とでも付き合ってきたのが良くなかったのかもしれない、という考えらしかった。
イッキはいつも本当に好きになれるかもしれないと期待して付き合っているから、こういうの気にするのよね……。
「あ、そういえば、ケンが仲直りできたか聞いた?」
「聞いてないわね……。まあでも何の連絡もないってことは成功したってことじゃない?」
「そっか……そうだね」
今日は珍しくイッキの方から話があるからと呼び出されたのに、ずっと歯切れが悪い。
「ねえ、話ってそのこと?」
「えっいや……」
「今日なんだか変よ。何かあったの?」
もうコーヒーを飲み終えそうなのに、まだ本題を切り出さないなんて。
「私にできることがあるなら何でも言って。協力するわ」
「……実はサラに頼みたいことがあるんだ」
「うん」
イッキは緊張した面持ちで言う。
「僕の恋人になってくれない?」