第二部(現代)
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竹内との一件があってから、斎藤はこれまで以上に私と行動を共にしてくれるようになった。
その様子を見て、竹内は私と斎藤が付き合うことになったと勘違いし、あれ以来あまり話しかけてこない。
周りのクラスメイトにも聞いてみたところ、竹内は人のものには手を出さないらしく、私と斎藤が付き合っていると誤解させたことは有効な手だった。
「……実際のところは、違うけれど」
「何か言ったか?」
「いいえ、何でもないわ」
斎藤は、恋心については何も言及していない。
ただ、気にかけてくれている、好意的に思っている。
それだけしか言わず、付き合いたいとか、恋人になりたいとか、そういったことは何も言われていない。
つまりは、付き合っているとは言えないと、私は思う。
「次、移動教室だ」
「ええ。行きましょうか」
何気に仲良くなった千鶴ちゃんに相談してみたところ、それはもう好きと言われたようなものではと言われた。
千鶴ちゃんは千鶴ちゃんで今沖田といい感じになっているようだったから、結局恋バナで盛り上がって終わったけれど。
「ん、」
ポケットに入れていたスマホが震える。
見ると、左近からだった。
『千代様
すみません。今日は旦那様の送迎があり、お迎えにあがれなくなりました。』
それじゃあ、今日はバスかしらね。
「どうした?」
「大したことではないわ。今日は迎えが来れなくなったと連絡があっただけ」
「そうか。……」
斎藤は何だかもじもじとした態度を醸し出し、目を泳がせる。
「?」
「……ッそれなら、」
意を決したようにこちらを向いた斎藤の顔は、赤く染まっていた。
「うん?」
「……一緒に帰っても、いいだろうか」
「ええ、いいわよ」
「!」
すごく溜めて言うから、何事かと思った。
「そ、そうか」
「でも斎藤、今日は部活よね?」
「あ、ああ。千代がよければ、また見学に来てもらえればと思ったのだが、どうだろうか」
「そう。……私が行っても問題ないなら、お邪魔させてもらおうかしら」
私は前世の記憶があるから、つい気軽に接しがちだけど、みんなは前世なんて覚えてないんだから、距離感を気をつけないと。
「問題ない。話は俺から通しておく」
「ありがとう」
放課後、私は話をした通り、剣道部に顔を出した。
「こんにちは」
「!!」
剣道場にざわめきが広がる。
不思議に思っていると、一年生らしき人たちが集まってきた。
「あ、あの!」
「はい?」
「千代さん、ですよね?」
「そうよ。あなたたちは……一年生かしら」
「はい!!俺たち、千代さんの試合動画を見て……!」
そんなものが残っていたのか。
「よかったら、俺たちと手合わせしてもらえませんか!?」
「うーん……」
そう言われても、剣道をやめてからもう1年以上経っているし、彼らの望むような姿は見せられないだろう。
何より、特に剣道を極めたくてやっていたわけではないものだし。
「代表して1人だけね」
「!!」
先輩たちにも相談済みだったようで、彼らは彼らで練習を始めていた。
一年生たちは全力でジャンケンをし、勝ち残った1人が宝くじでも当たったかのように喜んでいた。
たぶん、私と、というより、私の顧問だった先生に教わった生徒と手合わせがしたいのだろう。
「では、お手柔らかにね」
「全力で!いかせていただきます!!」
全く話を聞かなかった彼は、宣言通りに全力で打ち込んできた。
ただ、私も久しぶりで上手く加減ができなくて、大人げなく完勝してしまった。
「……す、」
やってしまった、と思った。
「すげー!!!!!!!」
「土方先生が言った通りだ!!!!!!」
「つ、つえーっすね!!!!!!!」
一年生だけでなく、試合を見ていた二、三年も盛り上がり始めてしまう。
「ご、ごめんなさいっ」
いたたまれなくなってその場を離れる。
斎藤は先生に呼ばれていてまだ来ていない。
助けを求められる人がいなかった。
「っ……!」
とにかく走って学校の外へ出た。
目立ってしまった。明日からどうしよう。
また変に注目を……、いや、今の保護者は芹沢さんだった。大丈夫。
というか、斎藤にも何も言わずに出てきてしまった。
一緒に帰ろうって、せっかく誘ってくれたのに。
「はあ……」
校門の前で一気に頭が冷えた。
でも今さら剣道場に戻るのもいたたまれない。
斎藤も今頃、剣道場の盛り上がりを目撃しているに違いない。
どう思ったかな。
時代が変わったとはいえ、強すぎる女性はあまり男性に好かれない傾向にある。
今世でも好き合えたらとか、思っていたのに。
少なくとも、好意を向けてくれていたのに。
勉強もそれなりに頑張って、斎藤に釣り会えるようにって。
考えていると、だんだん目が熱くなってくる。
「……ぅ……っ」
私の涙に呼応するように、雨まで降り始めた。
予報では曇りだったのに。
「もう、何で……」
遅くなってもいいから迎えを呼ぼうと思って気づいた。
ああ、そういえば剣道場に荷物も置いてきちゃったな。
お財布は内ポケットに入れていたから、バスで帰れはする。
「さいあく……」
何だかどんどん気持ちが暗くなって、歩くのも嫌になってきた。
思わず塞ぎ込んでしまった時、後ろから走って近づいてくる足音が聞こえた。
「千代……!」
「!?」
聞き馴染みのある声に振り向くと、斎藤が追ってきていて、しゃがみ込んでいる私に傘をさしてくれた。
「すまない、」
「……何が?」
「その、いや……ひとまず屋根があるところに移動しよう。立てるだろうか」
「……」
どんな顔をしたらいいかわからずしゃがんだままいると、斎藤が私の前でスッと屈んだ。
「……乗れ」
「!うん……」
「傘を持ってくれるか?」
「わかった……」
素直におぶってもらってから、斎藤に前世の記憶がないことを思い出してハッとする。
「……怒っている?」
「俺が?怒っているのはあんたの方じゃないのか。……その、剣道場で変に騒がせてしまっただろう」
斎藤は、前世の記憶がなくても優しくしてくれるのね。
その優しさが、今はすごく心に染みた。
「すまない。俺と一緒に剣道場に向かっていれば、こんなことには、」
「……ううん。なんか、もういいや」
斎藤は近くのバス停のベンチに私を降ろす。
「先ほどは蹲っていたが、どこか体調が悪いのか?」
「ううん、ちょっと、パニックになってただけよ。ありがとう、追いかけてきてくれて」
「当たり前だ。俺が呼んでおいて嫌な思いをさせるなど……」
斎藤は私の目元を見て、慌ててハンカチを取り出す。
「よかったら使ってくれ」
「!あはは、ごめん。本当に。気を使わせてばかりね」
「無理に笑うな。もっとお前のことについて知っておくべきだった。すまない」
斎藤は雨に濡れて透けた私の傷痕を見て、自分のジャージを羽織らせようとする。
「!……その、背中の痕は、」
「うん?ああ、そこ、火傷痕だから治らないのよね」
そういえば、私が前世で銃弾を受けたのも、この辺りだっけ。
「ぅぐっ……!?」
「斎藤!?」
斎藤が突然頭を押さえて呻き始める。
「ちょっと、どうしたの?ええっと、きゅ、救急車!?」
私は斎藤が持ってきてくれた荷物からスマホを取り出して緊急連絡をしようとする。
すると斎藤がその手を掴み、顔をあげた。
「千代……?」
「ええ、何?大丈夫?」
「あんたは、かつてと同じ、千代なのか……?」
「え?」
斎藤、もしかして。
「思い出したの!?」
私の言葉を聞いて、ようやく斎藤の目の焦点が合う。
「千代っ!」
斎藤は掴んだ腕を強く引き寄せ、私は簡単に斎藤の腕の中に収まる。
「はは、こんなことってあるのね」
私もゆっくりと斎藤の背に手を回す。
「死んだ時の傷と同じ位置にある傷で思い出されるなんて、何だか皮肉ね」
それからしばらく抱きしめ合って、斎藤はゆっくりと私を解放した。
「あんたは初めから俺のことがわかっていたのか?」
「ええ。前の家庭にいた時から、前世の記憶があったの」
「そんなに前から……」
「今世では自分で歩けるのだな」
「そうよ。もう誰の助けもいらないわ。……代わりに、生まれた家庭は虐待が凄かったけれど」
斎藤は改めて私にジャージを羽織らせてくれた。
「俺には想像もつかないほど、苦しんだのだろう。……だが俺は、こうしてあんたがまた生まれて、俺と出会ってくれたことに感謝している」
「私もよ。また斎藤と出会えてよかった。……みんなに前世の記憶がなかったのは寂しかったけれど、例え斎藤が思い出してくれなくても、また一緒にいたいと思ったわ」
「……あんたは、まだ俺を好いてくれているのか」
「当たり前でしょう。相変わらず真面目で、仲間想いで、優しくて。好きにならないわけがないわ」
斎藤がそっと私の手を握る。
「ありがとう。……俺は、例え前世の記憶を思い出せなかったとしても、あんたのことが好きだ」
真っ直ぐな瞳を見て、ああ、やっぱりこの人だと思った。
来世でもまた一緒にいられたらいいな、なんて考えながら。
私たちは今世で初めてのキスをした。