第二部(現代)
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生まれ変わったら、きっと幸せな日々が待ち受けていると思っていた。
前世であれだけ苦労したのだし、今度こそ幸せでないと嘘だと。
でも、現実はそんなに甘くなかった。
「この穀潰し!!」
「っ、」
母の拳が鳩尾に。
「少し成績が上がったくらいで図に乗るな!」
父が私の足を踏む。
そんな日々がもう15年も続いている。
抗いたい、と家出をしたところ、救いの手を差し伸べてくれたのが芹沢さんだった。
「生きたいか」
どうして助けてくれたのかは分からない。
でもそれは、窮地に立たされている私にとって、逃すわけにはいかない蜘蛛の糸だった。
「いいだろう」
そうして数週間芹沢さんに匿われ、怪我の手当や健康的な食事など世話されているうちに、両親は警察に捕まったようだった。
芹沢さんに連れられてきた警官にありのままを話した。
その後しばらくして、私は芹沢さんの養子になったのだと、美津が教えてくれた。
「あの、私はこれからどうなるのですか?」
「私が理事長をしている薄桜学園に編入しなさい。編入試験程度、どうということはないだろう」
「……はい」
ここには美津も左近もいる。
美津は前世の記憶はないけれど、今世も私によくしてくれる。
左近もあまり覚えていないようだったけれど、私を見て泣いてくれた。
あの2人と生きるために、私は薄桜学園に編入する覚悟を決めたのだ。
「筆記は余裕ね……」
入試の過去問を見ればだいたい傾向はわかる。
これより難しいとしても、私に解けないレベルではない。
前世では鉄砲や刀に気をつけなければならなかったけれど、今世はそんなこともないし、気負わなくていいだろう。
簡単な筆記と、気難しい土方との面接を経て、私は見事薄桜学園への編入を勝ち取った。
「編入試験、合格おめでとう。芹沢さんからの突然の申し入れで中途半端な時期になっちまったが、お前さんならこの時期からでも授業についていけるだろう」
「恐れ入ります」
私は土方のことを覚えていたけれど、土方は前世の記憶がないようだった。
というより、先ほどすれ違った沖田も、校長の近藤も、前世の記憶はなかった。
少し寂しい気持ちにはなったけれど、性格は変わりなく、懐かしい思いがした。
「2年2組担任の永倉だ。よろしくな」
「出雲千代です。よろしくお願い致します」
じゃあ行くか、と私は永倉に連れられて教室へ向かう。
ちょっとだけ、ドキドキする。
知っている顔はいるだろうか。相手は、私を覚えているだろうか。
希望は薄いが、少し期待してしまう。
「お前ら席つけー!」
教室の中に入り、一番に見つけた。
斎藤がいる!
「編入生を紹介するぞ。出雲、自己紹介してくれ」
「はい。出雲千代です。よろしくお願いします」
私が一礼すると、まばらに拍手が起こる。
「出雲の席はあそこだ」
永倉先生が指差したのは、斎藤の隣だった。
「斎藤、色々頼んだぞー」
永倉先生は雑に丸投げする。
「はい」
斎藤は表情を崩さないまま、短く返事をする。
そういうところ、前世から変わってない。
「斎藤一だ。よろしく頼む」
「……」
つい、まじまじと顔を見てしまう。
「?どうかしたか?」
斎藤は私を見ても何も言わない。
斎藤も、前世の記憶がないのだと気づく。
「……いいえ。知り合いに似ていたものだから」
「そうか」
「改めて、出雲千代よ。よろしくね」
「ああ。昼休みに校内を案内しよう」
「ありがとう」
それから授業に入ったが、まだ届いていない教科書は全て斎藤に見せてもらった。
授業中、教科書と板書、先生の話を聞きながらノートをまとめていく。
「……」
ふと、斎藤に見られていることに気づく。
「あの、何かおかしかった?」
「いや……ノートのまとめ方が綺麗だと思い、つい見てしまった。すまない」
「そう?初めて言われたけれど……」
ノートを見られたのも初めてだ。
その後も、今授業がどこまで進んでしまっているのかを把握しておくため、必死でノートを取り続けた。
昼休みになると、斎藤が早速声をかけてくれた。
「あんたは弁当か?」
「いいえ、食堂があると聞いたから食堂で食べようと思って」
「そうか。それなら先に食堂から案内しよう」
私は斎藤について、食堂まで連れてきてもらった。
「うわ、すごい人ね」
「ああ。皆、授業が終わるとすぐに来るからな」
「そうなの……」
前の学校は共学のところだったから、人が集まっても周囲に常に気を配っていた。
しかし、ここは最近共学になったばかりだからか、どの生徒も遠慮がない。
そこへ私が入ると、少しざわついて、もみくちゃになりながら我先にと厨房に向かっていた男達が、互いに少しずつ距離を取り始めた。
「なんだか申し訳ないことをしてしまったかしら……」
「いや、そんなことはない。共学になった以上、女生徒が食堂で食べられないようなことがあってはならないからな」
「女子は私以外にもいるの?」
「ああ。一年に1人入学者がいる」
「そう。会ってみたいわね」
それから斎藤に注文の仕方を聞いて、トレイを手に席についた。
「……その量で足りるのか」
「?ええ」
ミニうどんを注文した私を見て、斎藤が少し唖然とする。
「いただきます」
手を合わせ、早速食べ始める。
音が立たないように、こぼさないように、行儀が良いように。
これまでの人生で培われた能力だ。
「ご馳走様でした」
とても美味しく感じた。
人と一緒に食べているからだろうか。
それとも、この食堂の腕がいいのだろうか。
まともに美味しいと思って食べた食事は、本当に久しぶりだった。
「美味しかったです」
私はトレイを返却するときに、一言添えた。
「それはよかった。またおいで」
食堂にいる井上さんという方は、とても穏やかな笑みでそう返してくれた。
「次はどこへいくの?」
「ああ、ここから近いところから……」
そうして斎藤に昼休み時間いっぱい校内を案内してもらった。
その道すがら見知った顔とかなり会ったが、私に気づいた人は誰もいなかった。
「昼休み、なくなってしまったわね……ごめんなさい」
「想定内だ。もとよりそのつもりだった」
「そうなの?優しいのね。ありがとう」
「永倉先生に頼まれているしな。礼には及ばん」
斎藤らしい返事だった。
「……ずっと気になっていたのだが」
「?」
「その格好は暑くはないのか」
斎藤は聞きづらそうな顔をしながら、どうしても気になったのか、私にそう尋ねた。
もう6月に入ろうかというのに、冬服のままだから、気になったのだろう。
正直暑い。
「ああ、これ。少し暑いわね」
「……?もしや、まだ夏服ができていないのか」
「ううん、ちょっと色々あって、薄着ができないの」
私も嘘をついて濁せばいいものを、知った顔相手だからつい口を滑らせてしまう。
ただ、はっきりと言わなかったことで何かを察したのか、斎藤はそれ以上追及してこなかった。
「授業を始めるぞ」
土方が入ってきて、午後の授業が始まる。
そうして授業を終えて帰宅しようとして、永倉先生に呼び止められる。
「出雲〜!」
「はい?」
「聞き忘れてたんだけどよ、お前、部活どうする?」
「部活、ですか?」
「あれ、前の学校で入ってたって聞いたんだけど」
入っていた、というより、そこしか逃げ場がなかっただけなのだけれど。
「前の学校、というか中学の時ですね」
「あ、そうなのか。っつってもまあ、うちは女子が2人だからなあ。男ばっかりのところに入ることになっちまうんだが……ちなみに何部だったんだ?」
「……剣道部です」
「おお!うちの剣道部は強くて有名なんだぜ。見て行くか?」
「ええと……男性の方と競えるほど強くはないと思うのですけれど」
「競おうとしなくていい。気軽に見学だけでも……どうだ?」
永倉先生に押されて、私は剣道場に連れて行かれた。
剣道場に近づくに連れて、少しずつ声が聞こえてくる。
「おっ、やってるやってる」
永倉先生に手招きされて扉から中を覗くと、結構な人数の部員がいた。
私が前いた学校では、コーチが厳し過ぎてみんなやめていってしまった後だったから、部員は私だけだった。
だから、周りからの痛々しい視線から逃げるのにちょうどよかったし、何なら傷や痣を誤魔化すのにもちょうどよかった。
……その分、しごかれたけれど。
「あれ、永倉先生?」
沖田がこちらに気づいて近寄ってくる。
「おう、総司」
「どうしたの……ってその子、新しく入ってきた子でしょ?」
「こんにちは」
「どうも。僕は沖田総司。君は?」
「出雲千代。斎藤と同じクラスよ」
「ああ、やっぱりね。僕たちのクラスじゃないなら、一くんの方だと思った。一くん!」
遠くで汗を拭っていた斎藤がこちらに気づいて駆け寄ってくる。
「永倉先生、どうかされましたか?」
横にいる私に会釈して、永倉先生に話しかける。
沖田はその様子を見て、呆れたため息を吐く。
「同じクラスの子にそれだけ?ねえ、永倉先生」
「なんかまずかったか?」
「え……」
永倉先生の反応を見て、沖田は肩を竦める。
「ごめんね千代ちゃん、鈍い人ばっかりで」
「え?いえ……。特に違和感は感じなかったけれど」
「……」
沖田は大きなため息を吐いて、練習に戻って行った。
「それで、出雲は何故ここに?」
「中学の時に、剣道部に所属していたから……永倉先生が見学してはどうかと勧めてくださって」
「そうだったのか。中に入って見るといい。永倉先生もよろしければ中へ」
斎藤がそう促した時だった。
『連絡します。永倉先生、永倉先生。至急職員室まで来てください。繰り返します。永倉先生、職員室まで来てください』
放送が流れた。
「あっ、会議があったんだった!!!」
永倉先生が焦りながら私を見る。
「私のことはいいですから、行かれてください」
「すまん!!また明日な!!!気をつけて帰るんだぞー!!!」
永倉先生はバタバタと慌ただしく去っていった。
「中で見てもいい?」
「ああ、もちろんだ」
私は隅のほうに正座して、練習風景を見守る。
私が中学校で受けていた練習内容と同じくらいハードだった。
最後に軽く試合をして、水分補給をする。
「見ていて楽しいか?」
水を飲みながら、斎藤が話しかけてくれる。
「そうね……懐かしい気持ちになったわ」
「そうか」
「私が中学生の時にしていた練習内容とよく似ていて……あのスパルタコーチの顔を久しぶりに思い出した」
あはは、と笑ってみせるも、斎藤は少し意表を突かれたような顔をする。
「どうかした?」
「中学生の時に、俺たちと同じ内容を?」
「ええ、そうよ」
「それは…………その、スパルタだな」
なぜか言いにくそうな顔で言う。
「そうよ、スパルタだった。だから最終的に、部員は私だけになったの」
「あんたは根性があるのだな」
「ううん。……続けるしかなかっただけ」
「?」
「それより、土方先生が来ているわよ」
「!」
私に指摘されて、斎藤は部員たちと共に土方先生の前に整列をした。
私は部員たちと少し離れたところに立つ。
「ん?出雲、来てたのか」
「はい。永倉先生が誘ってくださったので」
「ああ……」
だから会議に遅れやがったのか、と土方先生はぼやく。
「どうだ、うちの剣道部は?」
「え?どう、と言われましても……」
「練習を見てたんだろう?どうだった?」
「ええと……」
メニューの評価を聞かれているのか?
それとも、単純に感想を求められているのか?
「中学の時に似たような内容をしていたので、懐かしく感じました」
「「「!」」」
私がそう言うと、部員たちが訝しげに私を見る。
「?」
な、何かまずいことを言ってしまっただろうか。
「?何も聞いてないのか?」
土方先生は部員たちの反応を不思議そうに見ている。
「中学の時に剣道部だった、とだけ聞いています」
土方先生の疑問に斎藤が答える。
「そういうことか」
土方先生は私の様子を伺っている。
中学の時の話を私が隠していると思っているのだろうか。
私が隠しているのは家庭の事情であって、剣道部であったことは別に隠すほどのことでもない。
「特に隠すようなことはありませんよ」
「そうか?」
土方先生は少し考えた後、話し始めた。
「出雲は目立った成績を残していないが、日本一になれるほどの実力者だったんだ」
ん?
「俺は何度かこいつが出てる試合を見に行ったことがあるんだが、明らかに周りの奴らと格が違った」
「ちょ、ちょっと待ってください。私の話ですよね?」
「ああ」
「私、3回戦以降に残ったことないですよ」
「お前、最初の試合を勝ち進んだら、後は手を抜いていただろう」
「!」
図星だった。
あまり勝ち進んでも親に怒られるし、勝てなかったらまた文句を言われるし。
初手だけ確実に勝って、残りの試合では適度に隙を作りつつ、相手に委ねた。
土方先生は、そこまで見抜いていたのか。
「なんでそんなことしてんのか、俺にはわからねえが、出雲の実力は確かだ。そうやって相手のレベルに合わせて加減したりできるってことが、何よりの証拠だな」
「コーチが、よかったので」
それは事実。
他校では弱小剣道部を全国大会まで連れて行ったこともある、実績あるコーチだった。
「ああ、あの人な」
「ご存知なのですか?」
「スパルタで有名な人だ。よく耐えたな」
「……」
コーチは中途半端を許さない人だったから、部活に出るには精一杯練習メニューについていく必要があった。
それに耐えられたのは、両親からの仕打ちの方がキツかったのもあるけれど、コーチの指導には『強くしたい』という想いが感じられたから。
悪意からくる厳しさではないとわかっていたから、耐えられた。
「出雲、剣道部に入るか?」
「えっ」
「うちの部活はほとんど男ばかりだが、それで女生徒がしたいことをできないようでは共学にした意味がねえ。もしお前が入りたいってんなら、」
「いえ」
土方先生が話し終える前に、答える。
「今のところ、部活動に入る予定はありません」
……理由もないし。特別やりたいわけでもない。
「……そうか」
土方先生は少し残念そうな顔をしていたけれど、その後部員たちに連絡をして、その日の活動は終わった。
「家まで送ろう」
左近と連絡を取っていると、着替え終えた斎藤が出てきた。
「大丈夫よ。私、芹沢さんの……ええと、理事長の養子でね。お迎えに来てくれるから」
「……そうだったのか」
「うん、また明日ね。気にかけてくれてありがとう」
私は斎藤と別れて、土間で左近が来るのを待つ。
そういえば龍はもう帰ったのだろうかと気になり、電話をかけることにした。
「もしもし、龍?」
『どうしたんだ、千代さん?』
「もう帰ったのかしらと思って。私は今学校から帰るところなのだけれど、左近の車に一緒に乗って行く?」
『え!いいのか!?』
「もちろんよ。校門で待ってるわね」
それから龍を乗せて、何事もなく帰宅した。
家に帰れば、暖かい食事が出てきて、勉強の時間も十分に取れる。
私はもう、部活動に逃げなくてもいいのだ。
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