第一部
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それから程なくして甲府城へ向けて出発し、屯所留守番組は敗戦した時に再起するための下準備に奔走していた。
そうして意気揚々と出て行った近藤は見事に撃沈して帰ってきて、幹部間の人間関係は良好とは言えない状態だった。
基本的に部屋から全く動いておらず、美津や左近のように外の話を聞かせてくれる者もいない中で、私は外の情勢に疎くなってしまった。
「話を聞きたい、というだけで鈴を鳴らすのもね……」
千鶴なんかは一生懸命話してくれそうだけれど、彼女なりに忙しくしているし、あまり邪魔をするのは気が引けた。
結局のところ、私はお荷物でしかないのだ。
別に誰かに狙われているわけではないし、どちらかというと幕府は私を戦場へ連れ出して戦死させることが目的なのだから、今この部屋に滞在しているのは予想外のはず。
しかし今となっては、手元を離れた私のことを気にする余裕もなくなっている。
鳥羽伏見に続き、甲州でも敗戦。負け続きだ。
最新のものを揃えてきている新政府軍に勝つには、こちらも最新のものを揃えなければならないのだが、揃えられる数が圧倒的に少ない。
昨年の大政奉還の影響で、もう幕府は政ができないし。
「千代、いるだろうか」
久しぶりに聞いた。斎藤の声だ。
「ええ」
襖がスッと開くと、月明かりが部屋に差し込んでくる。
「おかえりなさい」
「ああ」
「……どうして部屋に来てくれたの?」
「あんたがあまり呼び鈴を鳴らさないと聞いた」
「そうね。皆さん忙しくしているし、特に用事があるわけではないから」
「ずっと部屋に籠もっているのか」
「ええ。時々千鶴が襖を開けて陽の光を入れてくれるわ」
「……」
斎藤が言いたいことが掴めない。
「斎藤は、ここにいていいの?土方からまた何か命が下ったのでは?」
「……今は問題ない。局長と左之たちが話をしている」
ああ、最近険悪だったらしい組み合わせだ。
離隊だろうな、おそらく。
原田たちとは付き合いがかなり浅いけれど、斎藤のように忠誠を誓って仕えてるような雰囲気じゃないから。
「そう」
「……」
「……ねえ、少し時間が取れるなら、最近起こっている外の出来事について聞かせてくれない?」
「……あいわかった」
斎藤は口下手そうだから、こういう説明は苦手かと思ったけれど、さすが任務の報告をしているだけあって、上手かった。
近藤と原田たちがなぜ険悪なのか、ということや新政府軍の武器の精度についてに加え、今こちらはどれだけの戦力があるのかなども細かく説明してくれた。
説明というより、報告だったが。
「以上が現在の状況だ」
「……とてもわかりやすかったわ。ありがとう、斎藤」
「ああ」
「最近外での出来事を知る機会がなくなって、何も知らないことが少し不安だったの。だから今日は知れてよかったわ」
「そうか。……あんたがいいなら、これからも時間がある時は話にくる」
「もちろんよ。いつでも来て。でも無理はしないでね」
それから数日と経たないうちに、原田と永倉の離隊が決定した。
「まだあまり仲良くなれていないのに、寂しいわ」
「来て日が浅いうちからゴタゴタしてすまねえな」
「いいえ。私、あなたや永倉に抱えられるのが1番安定していてほっとするのよ」
「そりゃあ光栄だな!」
島田から永倉の腕に移動させられる。
「ちょっと、」
「ははは!いつまでも軽いままだなあ、あんたは」
「ここへ来てからはきちんと食べているのよ。次もし会うことがあったら、もう抱えられないかもしれないわね」
「言ったな?楽しみにしてるぜ、千代」
「原田も、きっとまた会いましょうね」
「ああ。……千鶴、平助を頼んだぜ」
「……はい!」
原田と永倉は最後まで元気で、にこやかに去っていった。
千鶴はやけ酒をする藤堂を止めるため足早に屯所に戻って行ったが、私と斎藤と島田は、私の希望もあってしばらくその場に留まった。
「そういえば、斎藤」
「なんだ」
「藤堂が、今羅刹なのは藤堂と山南だけだと言っていたけれど、土方も羅刹ではないの?」
「!なぜそう思う?」
「気配がね、少し違うのよ。羅刹と人間は」
「……千代の言う通りだ」
「そう……やはりね。療養中の沖田はどうなの?」
「……」
無言、ということはそういうことなのだろう。
幹部の半分、ましてや副長の土方も羅刹。
そして羅刹でない2人が離隊となると、新撰組は羅刹を増やす方向で動くのだろうか。
「戻りましょう。長居させてごめんなさいね」
しかし、実際はそうはならなかった。
羅刹隊の増強は取りやめ、研究も中断するということになった。
斎藤が、羅刹の寿命について情報を得てきたらしい。
そんな付け焼き刃を増やしたところで、不安要素でしかない。土方の判断は正しい。
山南の納得がいかないまま、新撰組は新入隊士を募り、会津へ向かうこととなった。
「私は斎藤と一緒に別行動するわ。大きな隊と一緒に動くよりも、斎藤と細やかに動いた方が狙われにくそうだし」
「それもそうか……わかった」
私の読みは見事に当たっていて、私たちが別行動しているうちに、近藤が捕縛されてしまった。
「どうするの?」
「俺は近藤局長の元へ行く。千代は隊士と共に副長と合流してくれ」
「わかったわ。……気を付けてね」
「ああ。あんたもな」
訓練の見学をしているうちにすっかり隊士たちと馴染んでしまった。
私がいると士気が上がるとかで、斎藤も許可をしてくれた。
「皆さん、斎藤は別の任務に行かなくてはならなくなったので、ここからは別行動です。これからは私と共に行動し、本隊と合流します」
「「「はい!」」」
「全ての指揮は私が執ります。ただし、不明点や疑問点、改善案がある場合は速やかに述べてください。よろしいですか?」
「「「承知しました!」」」
「では、整列を」
会津に行くまでの道なら、新撰組へ来る前に通っている。
左近が周囲を警戒しながら、人の少ない、狙われても対処しやすい道を選んでいたのを、籠の中から見ていたから大丈夫だ。
私を前方に据え、私を背負う係は交代制にした。
途中の宿場で土方が負傷したという噂を聞いたが、それでも歩みを止めるわけにもいかず、本隊の動きを推測しながら進んで行った。
「皆さん、もう少しですから、頑張りましょうね」
「はい!」
「千代さんの案内通りに進んでいるおかげか、新政府軍との鉢合わせも今のところありませんね」
「千代さんはやはりすごいお方だ!」
訓練の休憩時間、皆さんと話をしているうちに、私の知識量のすごさに感動されてしまった。
松平からの命で新撰組にいることは話したから、そのせいもあるかもしれない。
妙に私を持ち上げたがるのだ。
「そんなことありません。皆さんが慎重に歩みを進めているからですよ」
私が微笑むことで皆の支えになるなら、安いものだ。
「さあ、もうひと踏ん張りしましょう。体調は大丈夫ですか?」
「「「はい!」」」
休息を挟みつつ進んでいるとはいえ、皆よく頑張ってくれた。
会津に着いてからは、負傷した土方の代わりに指揮を執ると言う斎藤と共に、松平に挨拶に伺った。
斎藤と言葉を交わし、最後に私だけ残される。
「久しいな、千代姫」
「ご無沙汰しております、松平容保様」
「息災にしていたか」
「はい。皆よくしてくれます」
「そうか。それは良かった」
「私のような者を気にかけてくださって、光栄に存じます」
「よい、かたくなるな。どうやらそなたは屯所に籠っておったようだが、これからは戦場へ出てもらおう」
「!」
「とはいえ、その足で前線に出られるほど、会津は甘くない。……そなたが率いてきた新撰組の新入隊士、そなたの存在が士気に影響していたと聞いておる」
「……恐縮ですわ」
「そなたには、戦場で戦うのではなく、現地の者たちの士気を高めてほしい」
「精一杯努めさせていただきます」
「期待しておるぞ」
松平容保、あの生真面目な性格からして私を戦場へ送り込み、士気が上がれば良し、死んだら死んだで良し、とか腹の黒そうな人とは思えない。
領民から愛される、良き君主であろうし、どうにも考えが読み切れないな。
「島田、白虎隊の様子を見たいわ」
「わかりました」
私は島田に抱えてもらい、斎藤と共に白虎隊の元へ向かった。
道場に入った瞬間、斎藤たちの洋装は得策ではなかったと感じる。
皆、未だに和服だ。
「整列!!」
1人の掛け声でサッと揃う。
斎藤の挨拶に頭を上げ、彼らを見て皆が不満気な顔つきになる。
「私は出雲千代。皆さんのように戦場を駆け回ることはできないけれど、何かお役に立てたら嬉しいわ」
「千代姫様……?」
「も、もしや千代姫様ですか?」
「………………お待ちになって。私のこと、誰からどのようにお聞きになったの?」
隊士はキョトンとした顔をして、私に事の次第を教えてくれた。
結論から言うと、当初の私の読みは大外れ。
松平容保は私を無残に死なせる気などなかったのだ。
幕府から私の処遇のその全てを任された松平容保は、まず初めに私の情報を集めた。
そして様々な実験に関与した(というより被検体であった)ことや、幕府の駒として働いたことを知り、自らの家に養子として迎え入れた。
つまり、私は今松平容保の娘ということになっている。
そして領民たちに「幕府に貢献した教養ある姫」として触れ回り、このように崇められている。ということだった。
幕府の本来の狙いはどうであれ、松平容保は私の存在を尊重してくれたのだ。
「理解したわ……。事実とはいえ、姫と呼ばれるのは少し抵抗があるわね」
「その御足も、深いご事情があると伺っております」
「そう……深く聞かないでくれてありがとう」
まさか幕府が私を逃がさないためにしたことだとは言えまい。
「容保公の命で、私も此度の戦に同行することになったの。足手まといにしかならないから前線には出ないけれど、皆の無事を願っているわ」
「「「ははっ!」」」
容保が私を戦に同行させようとしているのは、本当に士気を上げるため、と考えるのが妥当だろう。
「千代」
「どうしたの、斎藤?」
白虎隊の元を後にしてから、斎藤の表情は堅い。
以前は表情の変化を読み取れなかったけれど、少しずつわかるようになってきた。
「比較的安全な場所に待機するとはいえ、戦場は何が起こるかわからない。あんたにも防具が必要だろう」
「そうね。きっと容保公が用意してくださっているわ」
「……そうか」
斎藤の表情は、相変わらず浮かない。
「……もしかして、私が戦場で死んでしまうと思っているの?」
「……」
「確かに絶対死なないとは言いきれないけれど、私は鬼だから、多少の傷じゃあ死なないわ」
「……あんたは自分で逃げられないから、」
「いいえ、逃げようと思えばいくらでも。初めに言ったでしょう?」
「そういえば言っていたが……」
「はしたないから、あまりしたくないのだけれど、命には代えられないもの」
どうしても斎藤が、というか島田も信じられないような顔をしている。
もうこれは見せるしかない。
「島田、人が来ないか見ていてね」
「はい」
島田に地面に降ろしてもらう。
「斎藤、走って追いかけてきていいわよ」
「は?」
「よーい、はじめ!」
自分のかけ声と共に、膝で自らの体を突き上げる。
浮いた体を、今度は手で地面から突き放す。
ひたすらそれの繰り返し。
宙にいるうちに辺りを確認し、腕の力で屋根の上に飛び乗れば、もう斎藤は追い切れない。
「……しょ、と」
屋根の上で身だしなみを整える。
着物も髪も乱れまくるし、場合によっては胸や太ももが見えてしまったりするので、本当にどうしようもない時の奥の手。
「どう?信じてもらえた?」
「ああ……」
屋根の上の私を見て、斎藤も島田も唖然としている。
「人間なら無理でしょうけれど、鬼だからね。腕の力も強いのよ」
それに、と私は付け加える。
「私は足が動かせないわけではないから。歩くための訓練をしていないのと、私が履ける下駄がないから歩行ができないだけだもの」
「……あんたはなかなか強かだな」
「まあね。そうでないと生きていけないもの」
それから出動の日。
私は容保が用意してくれた鎧を着て、戦場の行く末を見守った。
結果は残念ながら敗戦。
最初こそよくやっていたものの、応援部隊が到着しそうになり、撤退となった。
それから白虎隊の斎藤に対する態度は変わる。
右差しだの洋装だのと謗っていた彼らも、動きやすい洋装に着替え、斎藤の命を聞くようになった。
「会津の武士は薄っぺらい言葉を並べ立てるよりも、見せた方が早いわね。きちんと己の非を認められるし、良い方たちだわ」
「そうだな」
そうして再び戦場へ向かい、私も遠くから銃砲の音を聞いていた。
私が行って士気が上がろうとも、無敵になるわけではない。
白虎隊は若い兵士だけが斎藤と共に帰ってきた。
それから傷が回復した土方が合流し、再度作戦会議がなされた。
「斎藤は会津に残るのね」
「ああ」
私も、もう新撰組の護衛を解かれ、容保の命で動いている。
残りの人生を穏やかにしてくれたので、少しばかり恩を返せればという気持ちだ。
「次の戦も同行することになったわ」
「……そうか」
「きっと……次で最後ね」
仙台は向かおうとする新政府軍を阻止する。
今回の戦の目的だ。
「私も銃の扱いを覚えたから、残党狩りくらいなら協力できるわよ」
「その必要はない。あんたは後方から見守っていてくれればいい」
「ええ……そうね」
とはいえ、此度は安全な控えがない。
私にも何が起こるかわからないから、常に備えておかなくては。
「戦場でも動きやすいように、容保公に男性用の洋装をいただいたの。どうかしら?」
西洋の“ずぼん”とやらになったから、逃げる時も何も気にしなくてよくなった。
「……」
斎藤は予想通り何も言わない。
「どう、島田?」
「よくお似合いです……と言って良いものでしょうか」
「良いのよ。男性用のものだけれど、私は気に入っているもの。斎藤はどう思う?」
「……いいんじゃないか、動きやすいだろうからな」
「ええ、そうね」
斎藤はまだ困った顔をしていたけれど、精一杯言葉を紡いでくれた。
出動してから、私を抱える者も抱えやすくなって良いと褒めてくれた。
「お着物もよくお似合いでしたが、姫様はそういった装いもお似合いになられますね」
「ありがとう、嬉しいわ」
戦場に着くと、そんな軽口も途絶えていた。
新政府軍がこの道を通るのだ。
「!」
遠くに騎馬兵が見える。
「新撰組、斎藤一!」
斎藤が声を張り上げる。
「誠の旗に誓って、ここから先は1歩も通さん!!」
決意と覚悟を胸に、刀を振り下ろす。
「参る!!」
刀を手に斬りかかる。
斎藤の勇姿に、皆も続いていく。
私を護衛するために2人ついてくれているけれど、これでは本当にお荷物だ。
「自分の身は自分で守れるわ。皆と共にこの道を守って」
初めは戸惑ってお互いに見合っていたが、私の目を見て、大きく頷いて駆けていった。
容保からもらった銃を手元に構える。
何かあればいつでも応戦できるように。
「……!」
遠くで弾かれた銃弾がこちらに飛んでくる。
「あぶな……」
ハッとこちらを振り返った隊士たちに手を上げて無事を伝える。
このままでは私に気を取られたうちに、隙ができてしまう。
「……下手に手を出すのは、あまり良くないのだけれど……」
私は敵部隊の馬を狙って一度だけ発砲する。
パンッという大きな音と衝撃波のあと、見事に馬の胴体に直撃した。
敵の隊列が乱れる。
「今よ!!!」
私の声に押されて、こちらが一気に畳み掛ける。
均衡していた場面が、こちら優勢になり、敵陣は一気に崩れていった。
「ふぅ……」
戦いを終えて帰る最中、被害の把握を行う。
斎藤も、怪我を負っていた。
「……血が出てるわ」
「これくらい何ともない。他の奴らを見てくれ」
「他の方たちも見るわ。でもあなたも怪我をしているのだから、あまり無理しないで」
「ああ……」
傷の浅い人に支えてもらいながら状況を見て回る。
その時、ふと気配を感じて振り返った。
「!」
男の構えた銃口は斎藤に向かっている。
「っ斎藤!」
私が片手で地を突き斎藤に飛びかかるのと、銃声が鳴り響いたのは同じ瞬間だった。
直ぐに近くの隊士が迎撃し、歩ける者が確認に行く。
私は、見事に背中に銃弾を撃ち込まれた。
「っ……」
「千代!!」
「敵は……!?」
「新政府軍の残党でしたが、死亡を確認しました!」
「そう……。残党がまだ、い、るかもっしれないから……」
そう言って斎藤を見上げると、斎藤は眼光を鋭くさせ、速やかに指示を出した。
「ああ。動ける奴は数人で固まって辺りを捜索。数人は残って一帯を護衛」
「「「はっ!」」」
斎藤の指示ですぐに動き始める。
「千代、」
「……大丈夫」
これくらいの痛みや衝撃、どうってことない……はずなのだけれど。
「血が止まらない……!」
撃たれたところの傷がなかなか塞がらない。
「銃弾を……抜いて」
器具はない。
指で傷口を開いて取り出すしか。
「っだか……!」
「取れっ……たら、塞がる、かも」
斎藤は苦しい表情をしていたが、覚悟を決め、他の隊士に周りを見張らせながら傷に触れる。
「っ!」
「っ、すまない!」
「あ゛っ、う゛ぅ……」
舌を噛まないよう、斎藤の服の裾を噛ませてもらう。
拳を握り、痛みに耐える。
「ぐ……っ、う゛……」
頬を熱い雫が伝う。
動じなかった感情が、痛みで動き始めた。
なんという皮肉だろう。
「取れたぞ!」
「み……」
まともに話せない私の言葉を汲み取って、斎藤が取り出した銃弾を見せてくれる。
「………………………………………………銀………………」
「銀?」
銃弾は銀だった。
「っふ、ふぅ……………………」
焦らず、深呼吸する。
息を吸うのが辛い。結構深いかも。
「…………っは、」
「息できるか」
「ん………………」
先に領地に戻って担架を持ってきた隊士に笑顔を見せ、運んでもらう。
見回りから戻ってきた隊士たちも、斎藤に報告を済ませて、私の様子を見に来る。
「……っ」
話す気力も余裕もなくて、笑みを返すだけ。
これでは不安になってしまうだろうと思うものの、他にどうしようもない。
撃ち込まれた銃弾は銀製だった。
ということは。
「……、」
傍を歩いている斎藤の袖を引く。
「!なんだ」
「ぎ……ん、」
「?」
斎藤は聞き逃すまいと私の口元に耳を寄せる。
「銀、は塞がら、ない……っ」
「!」
私は普段の笑みを絶やさない。他の隊士にこれ以上心配をかけたくないから。
それでも斎藤は言葉の意味を理解してくれたようだった。
「……っ」
斎藤が拳を握る。
このままでは血が出てしまいそうで、力を振り絞って手に触れる。
「!」
「斎、と……」
「千代……」
背中から血が滴っているのがわかる。
もう長くない。止血ができない。
「ご、め…………」
重荷を背負わせる形になってしまって。
「あ、り……がと……」
私に優しくしてくれて。たくさん話してくれて。
願わくば、来世ではもっと仲良くなれますように。
「……!……!?」
私は意識を手放した。
2/2ページ