第二章:新撰組での暮らし
夢小説設定
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屯所を出発してしばらく歩いたが、特にそれらしい気配は感じない。
おそらく、始末される前の羅刹を誰かが偶然目撃してしまったのだろう。
「何か感じるか?」
「いや、何も。偶然目撃したって説が正しかったんだろうな」
「ならよかったな」
「ああ」
理性を失った奴らをもう一度よく観察したい気持ちもあったが、ここにいる人間たちの安全のほうが優先だな。
「先に屯所に戻ってるか?」
「いや、せっかくだから最後まで同行させてくれ。町の様子もわかっておきたい」
「わかった。ちょっと長くなるが、疲れたら言えよ」
「ああ」
疲れる、なんてことはほぼありえないが、原田はまだ私をか弱い人間と同じ扱いをする。
吸血衝動に駆られているところを見られたから、弱い女だと思われているのかもしれない。
このまま、弱い女だと思われて行動が制限されるのはいただけない。
守ってもらえるという点ではいいかもしれないが、それでは原田が先に死んでしまった時に、一人で生きていく地盤が作れない。
「……?」
原田が先に死ぬ。
可能性を考えているにすぎないのに、そう思うと少し胸の奥が痛んだ。
なんだろう、これは。
「どうかしたか?」
「なんでもない」
「?そうか。気分が悪くなったりしたら早めに言えよ」
「ああ」
両親が私のために犠牲になった時とはまた少し違う痛み。
私は、原田が死ぬことを恐れてるのか……?
会って数日、この世界においては今のところ誰よりも心を許してはいるが、まさかもうそこまで情が移っていたなんて。
「……」
情ってのは厄介で、強みにも弱みにもなる。
前の世界では完全に弱みだった。親を犠牲にしてまで自分が生きる価値のある存在なのかわからず、危うく親を無駄死にさせるところだった。
「おい、顔色悪いぞ」
「なんでもない。本当に大丈夫だ。むしろ夜風に当たってたほうがいい」
「……」
原田はまだ何か言いたげにしていたが、私の頑なな態度にやむなく引き下がった。
私はまた、情を抱いてしまった。
軽いものならいい。目の前で人間を殺されたくないとか、その程度のことなら究極の状況では支障にならない。
でも、特定の個人への思い入れは……。
「あと少しで屯所だ」
「……そうか」
後ろの隊員たちも、隣の原田も、私の様子を伺っている。
その視線が痛かった。
「戻ったか。エリィ、どうだった?」
屯所に戻ると、土方が帰りを待っていた。
「ああ、気配はない。おそらく始末する前に誰かが偶然目撃してしまったんだろう。しばらくすれば噂も落ち着くはずだ」
「そうか。ご苦労だった。……顔色が悪いが、何かあったか?」
「いや、何も。私は部屋に戻る」
「わかった。ゆっくり休めよ」
休めよ、と言われても私の本来の活動時間はこの夜だ。
部屋に戻るといったものの、今戻れば千鶴を起こしてしまうし、私は離れの羅刹がいるところに向かった。
「……」
少しノックして戸を開ける。
相変わらず表情は死んでいるようだ。
「お前たちはもう、理性的に動けることはないのか?」
問いかけても、返事はない。
「私は犠牲になった両親の分も長く生きなければならない。でもこのままでは、誰かを庇って死ぬような馬鹿な人間と同じになりかねない」
「……」
「私も、お前たちのように理性を失ってしまったほうが、長生きできたりするんだろうか」
頭で考えることなく、「生きたい」という本能にのみ従って生きられたら。
「……違うな。お前たちは「生きたい」んじゃなくて「血が吸いたい」んだったな」
血を吸わなければ死んでしまうのは事実だが、羅刹ほどに盲目的に血だけを求めなければならないほどではない。
それなら私は、変若水を飲んだところで、狂って死ぬのがオチか。
「困ったなあ……」
落ち込んで蹲っていると、不意に戸が開く。
「!」
バッと振り返ると、そこには原田が立っていた。
「ここにいたのか、エリィ」
「原田か……」
「風邪引くぞ。屯所に戻ろう」
「お前は私を何だと思ってるんだ」
「女だろ」
「くくりが大きすぎる……。昼間も言ったが、私はか弱い女じゃ──」
「どんな女でも、風邪は引くだろ」
「……はあ。私は生まれてから一度も風邪なんか引いたことない」
「それはすごいが、だからって油断は禁物だ」
「……」
「この小屋に入り浸る奴はお前だけだよ。ここは入り浸るのに向いてない。温かくもないし、明かりもないしな」
「それはそうだろうな……。だけど私はここにいたほうが、同胞に近い気配がして少しだけ頭が冷えるんだ」
原田は持ってきていた羽織を私の肩にかけてくれる。
「ありがとう。お前の優しさには感謝してるよ」
「……」
「でもその優しさは、私には勿体ないものだ」
私は原田がかけてくれた羽織を丁重に返した。
このまま優しくされ続ければ、私はそれに甘えてしまう。
人の優しさに甘えた同胞の末路を、私は前の世界で嫌というほど見てきたのだ。
人に依存して、自分では生きていけなくなって、相手が離れていけば精神を病んで。
あんな悲惨な末路は辿らない。
私は一人でも生きていけるから。