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食堂でお茶をもらって、七海と2人で一息つく。
「……」
不安そうにそわそわしている七海。
「大丈夫だよ。宿吏は千ちゃんにひどいことしないだろうし、あの2人なら溺れることはないだろうし」
「……まりあさんはどこまで知っているの?」
「うーん、だいたい?何でもってわけじゃないけど、皆の能力くらいはだいたい把握してるよ〜」
「!」
「情報元は教えられないけど、そんなペラペラ喋らないから安心して」
「もしかして、宿吏さんと市ノ瀬さんのことも知ってて……?」
「うん。千ちゃんが記憶をなくしてるのだとしても、やっぱり元々の心の支えだった兄の存在は、これからも支えになるでしょ?結賀はちょっと、からかいすぎるところがあるからね」
「……」
否定はできない、という顔で七海は黙り込んだ。
「宿吏がどう動くかだよね〜。怯える千ちゃんにどこまで踏み込んでいけるか……。まあ難しいとは思うけど」
「……私が、」
「ああ、うん。知ってるよ。そうだろうなって思ってた。でもその件に関しては、七海だけが悪いわけじゃないし!その辺りは宿吏もわかってると思うんだけどな〜」
「……」
「そんなに暗い顔しないで〜って言っても無理だよね」
この件に関しては本人たちで決着をつけるのが一番収まりがいいだろう。
外部は余計な口を挟まないのが吉だな。
「そろそろ戻ろっか。あの2人、険悪な雰囲気になってないといいんだけど~」
このセリフはまるでフラグのようになってしまい、案の定それは回収されてしまった。
「……」
「……」
泉に戻ると、気まずそうに黙り込んだ2人がいた。
「ん~?」
何かあったのだろうけど、私は常に千ちゃんに起こることを知っていられるわけじゃない。
「とりあえず、2人ともお風呂に入ってきなよ、ね」
「……はい」
お風呂となると、また2人きりにしてしまう。
それに気づいた千ちゃんが、返事をしたものの宿吏の様子を伺っている。
「お前先入ってこい」
「え……」
「体、冷えんだろ」
「……………何を考えてるんですか」
「は?」
千ちゃん、その返答はミスだ……。
「僕とあなたはそんなに関わりがないはず。それなのにどうしてそんなに僕に優しくするんですか」
兄弟としての記憶がない千ちゃんにとって、宿吏の優しさは違和感しかないだろう。
とはいえ、宿吏も宿吏で「兄だから」と正直に話すわけにもいかない。
「………理由は、ねえよ」
そう答えるしかないだろう。
しかし千ちゃんにはそれは通じない。
「そ、そんなのありえません!」
汚い大人に囲まれて生きてきた千ちゃんにとって、何の企みもない優しさは偽りでしかないだろう。
私からの親切心ですら、ここまで深く関わらなければ信じてもらえなかった。
「………」
宿吏はこれ以上の説明はできず、黙り込んでしまう。
「まあまあ。彼は彼なりに千ちゃんのことを想ってるんだよきっと。もし悪巧みをしていたら、私が千ちゃんと2人きりになんてさせないよ~」
「まりあさん……」
今は、宿吏ではなく私を信じさせるという方向でこの場を納めるしかない。
「それじゃあ、宿吏の言葉に甘えて、先にお風呂に入っておいで」
「はい……」
最後にもう一度ちらりと宿吏の様子を伺い、千ちゃんはお風呂に向かった。
残された宿吏は恨めしい目つきで私を見る。
「おい」
「うん?」
「なんで俺とあいつを関わらせようとする?」
「君はお兄ちゃんでしょ」
「!?」
「千ちゃんは忘れちゃってるけど、君は覚えてるじゃん。それならまた関係を修復したほうがいいと思ったんだよ~」
「なんでお前がそれを知ってる?」
私にそう聞きながらも、七海を睨む。
「七海は関係ないよ。君の態度といくつかの情報を組み合わせたら、誰でもわかることだもん」
「……チッ」
「君が千ちゃんの兄で、千ちゃんのことを今でも大切に思っているなら、関係は修復すべきだよ」
「なんでお前にそんなことを言われなきゃならねえんだよ」
「私は千ちゃんの人生がもっと安心安全になることを一番に考えてるからね」
「どういう意味だ?」
「私が来るまで千ちゃんのお世話は結賀に任せていたよね?」
「……ああ」
「でも結賀も自分の人生がある。他人のためにずっと傍にいてお世話をしてあげるほどお人好しじゃない」
「……」
「そして次に私。私はできれば千ちゃんの傍にずっといたいけど、残念ながらそれは結構難しいんだ」
「は?あいつの人生を考えてるとか言っておきながら、」
「わかってるよ~。でも難しいものは難しいんだ。やろうと思えばどうにかはなるだろうけど、もしかすると千ちゃんを危険な目に遭わせてしまうかもしれない」
「……」
「他人は所詮他人だ。結局のところ、一番あの子の傍にいてあげられる可能性があるのは、血のつながった家族であり、千ちゃんのことを面倒な存在だと邪険にしていない君でしょ?」
「……そういうことか」
「君は千ちゃんに忘れられて傷ついて、村の人たちに追い出されて傷ついて、そこからまたあんなに怯えてる千ちゃんと関係を修復するとなると、もっと傷つくことになるかも」
七海の表情がどんどん曇っていく。
「でも、散々傷ついても、それでも千ちゃんのことを恨まずに、むしろ遠くからでも大切に見守ろうとしてる君は、やっぱり千ちゃんの傍にいたほうがいいよ」
「お前……」
「君なら「家族のもとで暮らすのが幸せだよ」とかなんとかぬかしてあの村に戻すこともしないだろうし」
「!」
以前預けようとしたお宅で、そんなことを言ってきた輩がいた。
まりあちゃんの気持ちもわかるけど家族と一緒なのが一番幸せだろう、と。
何も知らないくせにと思ったが、その場はにこやかに終えた。
「あの村に戻すことは最大の悪手でしょ?千ちゃんが戻って家族や村の人と話をしたいって言うなら、その意思は尊重するけど……」
でも、一人で行かせたりすることはできない。
「……それは……」
「ねえ宿吏。無理に距離を詰めろとは言わないけど、できれば少しでも千ちゃんと関わろうとしてくれたら嬉しいな~」
「……」
宿吏は何も返事はせず、お風呂から戻ってきた千ちゃんと入れ替わりにお風呂場へと向かってしまった。