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私の仕事は、翌日から始まった。
深琴のグループに配属された私だったが、それに加えて、千ちゃんを部屋から外へ出す仕事も任された。
今まで結賀がかなり強引な方法で外に引きずり出していたらしく、私が声をかけることで素直に出てきてくれるなら、そちらの方がいいだろうということになったのだ。
「千ちゃーん」
コンコンとドアをノックすると、少しの間を置いてガチャと開く。
「おはよう」
「おはようございます」
後ろで見ていた遠矢が感嘆の息を漏らす。
「体調はどう?」
「大丈夫です」
「よかった。今日は畑仕事があるみたいなんだけど、行けそう?」
「……」
途端に千ちゃんの顔がげっそりとする。
嫌なんだなあとわかりつつも、部屋に引きこもっているのも体に障る。
「キツくなったら休んでいいように遠矢に言っておくから、外に出ない?ずっと部屋にいるのも体に良くないと思うの」
「…………………………わかりました。まりあさんが言うなら」
用意してきます、と言って千ちゃんは一旦部屋に戻った。
その間に遠矢に「千ちゃんが休みたいと言ったら休ませてあげてほしい」と伝える。
「知ってると思うけど、千ちゃんは体力があまりないから」
「ああ、わかった」
用意を終えて出てきた千ちゃんの頭を撫でる。
「それじゃあ、頑張ってね。今日は水やりが主らしいから、少し能力を使ってみるのもいいかも」
「……はい」
千ちゃんにとって能力に良い印象がないことはわかっているけど、時々使っておかないと、体に馴染まなくなってしまったら大変だ。
確か千ちゃんは能力者の中でも適応力が低かったはず。
「お待たせ〜」
「揃ったわね」
千ちゃんを見送ってから、私は深琴達と合流した。
今日は料理当番だ。
「何を作りましょうか」
「チャーハンとかは〜?」
「いいんじゃない?割と手軽で」
「そうだね」
「じゃあ決まりね。具材は分担して切りましょう」
「うん!」
それからなぜか私と深琴のチーム、二条と加賀見のチームに別れた。
「1人ずつの役割分担じゃないの?」
「ああ、お嬢さんと朔ちゃんはあんまり料理したことないから」
「なるほどね」
確かに、傍で見ていると包丁を使う手つきが少し危なっかしい。
「深琴、猫の手ね〜」
「え、ええ。わかってるわ」
真剣な顔つきで具材を切る深琴を見守りながら、自分の手元の具材も切っていく。
トントンとリズムよく切っていると、視線を感じた。
「まりあちゃんは料理よくするの?」
私の手元を見ていたのは、加賀見だった。
二条はある程度できるようになったらしく、ずっと見ていなければならないほどではないようだ。
「あんまりしないかな〜。宿に泊まることが多かったし、だいたい作ってもらってたよ」
「へえ〜。手際いいね」
「まあね。野宿する時とかは、自分で作るし」
「野宿?」
「うん。街から街へ移動する間で、たまに宿が埋まってたり、なかったりすることがあるから、そういう時はテントを張って野宿するの〜」
「それって危ないんじゃないの?」
話を聞いていたらしい深琴が、具材を切り終えて話に入ってくる。
「まあ、知らない人がテントの中覗いてきたりとか、野良犬に囲まれたりはしたけど、何とかなるよ」
「すごいね、まりあさん。僕は味わったことのない世界だ」
炊飯器に釜をセットした二条も話に入ってくる。
「それはそうかも。行商人とか、今時あんまり見かけないもんね〜」
それから少し話して、ご飯が炊けてからまた再開する。
ご飯に少しマヨネーズを混ぜ、具材と炒めていく。
「俺が炒めるよ」
「ありがとう。それじゃあ、深琴と二条で食器を出して、私が机を拭いてくるよ」
「わかったわ」
台拭きと除菌スプレーを持って厨房を出る。
すると、畑仕事がひと段落したこはるのグループがちょうど食堂に入ってくる。
「まだ少し早かったかな?」
「ううん。あと少しでできるよ〜。七海達を呼んできてくれる?」
「わかった」
結賀と遠矢が出て行き、こはると千ちゃんは近くの椅子に座る。
「ちょっと待っててね」
机の上に布巾とスプレーを置き、厨房から水を持ってくる。
「どうぞ〜」
「ありがとうございます!」
「いえいえ〜。千ちゃんも、こはるも、ゆっくりしてて」
私は急いで机の上を拭き上げ、厨房に戻った。
「できたよ」
「ありがとう、加賀見!」
深琴が具材を切っていた隙に作った汁物を注いで持っていく。
私の後から、チャーハンを盛り付けたお皿を深琴達が持ってくる。
「お待たせしました」
私達が食堂に出る頃には、七海達ももう来ていた。
「いい匂いがするね」
「美味しそうです!」
「「「いただきます!」」」
口に合ったようで、皆よく食べてくれた。
私は一番に食べ終わり、ゆっくりお茶を飲む。
千ちゃんも、小さい一口ながら、よく食べてくれている。
最近はあんまり一緒にご飯を食べなかったようで、宿吏が心なしか嬉しそうな顔で見ている。もしかして、アイオンが関わったという千ちゃんの兄は彼だろうか。
「ごちそうさまでした」
ぼちぼち何人か食べ終わってきたので、自分のお皿と一緒に片付ける。
全員の分を食洗機にかけると、仕事が終わってしまった。
夕飯までの時間は自由らしく、私は千ちゃんの様子を見にいくことにした。
「すごい!本格的な農場だね」
そこに広がる光景に驚かずにはいられなかった。
ある程度買い物に行かなくても自給自足できそうなほど、立派な畑だった。
自家栽培程度の、ちょっとした畑かと思ったら違った。
「全部結賀が?」
「まあね。でも俺は畑の地盤を用意しただけで、あとはみんなでお世話をしてるんだ」
「そうなんだ。これはお水をあげるだけでも時間がかかりそうね」
つい商人魂が疼いてしまう。
勧めたい。我が商社の商品を勧めたい。
まあ、私の本職は工作員なんだけど。
「……………水やりが少し楽になる道具とか、興味ある?」
「そんなのがあるのか?」
遠矢は興味を持ったらしく、驚いた顔で聞いてくる。
「!」
千ちゃんは少しキラキラした目で見てくる。
「すぐ持ってくる!」
私は急いで部屋に戻り、商売用のリュックを担いで持ってくる。
ゴソゴソと中を漁って、道具を出す。
「千ちゃん、使ってみる?」
この中で一番体力のない千ちゃんが楽に使えるなら、誰でも使えるだろうと一目でわかるはず。
「はい」
快諾してくれた千ちゃんの背に機械を背負わせる。
「あまり重くありませんね」
「ふふ、そうでしょう。ここのボタンを押してみて〜」
言われるままに千ちゃんがボタンを押すと、背中の機械から水が吹き出す。
「!?」
びっくりした千ちゃんがビクッと動くと、少し水がこちらにかかった。
「これを背負って畑の上を端から端に歩いてみて」
言われるまま千ちゃんが畑の上を歩くと、両脇の畝に綺麗に水が撒かれていく。
「おお!」
「これは便利だね」
「すごいです!」
「!」
「詳しい仕組みは内緒なんだけど、空気中の水分を使ってるから、水を汲んでこなくていいの。まあ乾燥してる日は汲んでこないと使えないんだけどね〜」
水を汲んできてもいいし、湿気が多い日は除湿機代わりにも使える。
そういう便利グッズだ。
「この船の中は常に気候が整ってるから、除湿機代わりに使ってると空気が乾燥しすぎちゃうかもね。千ちゃんの能力と合わせると効率よく使えると思う」
試しにいつもよりかなり出力を落として能力を使ってもらうと、半分程度で止まってしまった機械も最後まで水を巻けるようになった。
「これなら千ちゃんの負担も減るし、水の能力を持ってない他の人が使うときは水を汲んできたらいいし!」
いかがでしょう!と意気揚々と聞く。
「歩く速度によって水の巻き方に偏りがあるからそこは調整や手作業が必要になるだろうけど、水やりの作業は格段と楽になるね」
「歩かなくても、このホースをつけても水撒きができるよ!」
リュックの中からホースを取り出し、機械に取り付ける。
「こちら定価は3,980円なんだけど、千ちゃん割引で、1,000円でどうでしょう?」
「千ちゃん割引?」
「そう!千ちゃんが楽に動けるようになるならお役に立ちたい!という割引です〜」
「まりあさん……!」
「でもそれ、かなり赤字だよね?」
「まあね。でも千ちゃんのお役に立てるなら気にしない!タダでお譲りできないのが心苦しいんだけど、私も少しお代をいただかないと暮らしが苦しくなっちゃうというか……」
かっこよくキメきれず、少しバツが悪くなる。
「仕事の効率が良くなるとみんな他に色々とできるかもしれないし、1,000円でそれが叶うなら安いものかもしれないな」
「そうだね」
こうしてノルンの中でも商売を行うことに成功したのだった。