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あなたのためなら、なんだって

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あれからすぐ、千ちゃんは『世界』の人間に連れていかれた。
私はというと、部屋に閉じ込められて、報告書を書かされている。
休暇中に得た情報を提供しろとの命令だった。
夏彦のことはぼかしながら書き、だらだらと情報を記して行く。
ここの人たちは島暮らしが長く、外へ出ない人がほとんどだから、私のような情報源が必要なのだ。

「もういい〜?外に出たいんだけど」

あれから外へ出してもらえていないから、全く情報が入ってこない。
千ちゃんのことも、能力者のことも、何がどうなったのか。
私にとって命同然の『情報』が不足している。
息苦しくて、死にそうだ。

「いいえ。あなたは今後外へ出ることはありません」

「…………は?」

「あなたの工作員としての仕事は終わりです。これからここで、事務作業に徹していただきます」

「そんなこと言われても困るよ!私が事務作業?とんでもない。絶対私が外にいた方が合理的でしょう?」

「今回、我々が目標としている吾妻夏彦すら手玉に取り、能力者との接触を行いました。あなたを島の外へ出すにはリスクが高い、と上が判断いたしました」

「手玉あ!?何の話?能力者と接触はしたけれど、そこに奴は関与していない!」

私と夏彦が関わっていたことは、夏彦か私が誰かに話さない限り漏れないはず。
ということは、これはクソ上司どものハッタリだ。

「証拠が、」

「へえ、証拠?あるなら見せてみなさい」

「……」

名乗りもしない職員は黙り込む。

「証拠もないのに私をここに閉じ込めるって?いくら何でも理解できないよ」

その時、部屋のドアが開いた。

「君が駄々をこねてるって聞いて来たけど、本当だ」

「……遠矢」

正宗の叔父で、派閥の言いなりになる男。

「なあに?助けてくれるの?」

「そうだなあ……選択肢はもらってきたよ」

「あら」

ロクでもない予感しかない。

「ひとつ目、このまま大人しくここで事務作業に徹する」

「ないね」

「ふたつ目、5年間人体実験に協力する。そのあとは自由の身だ」

「ありえない」

「みっつ目、記憶を『世界』に捧げて、一般人に戻る」

「!」

「……みっつ目がいいかな?」

「記憶、ね。どの程度の記憶を奪われるのかしら?」

「そうだねえ。とにかく君は知りすぎてしまっているから、奪ったら生活に支障を来すような記憶以外全て、かな」

「それってつまり、年齢相応の知識や生活能力は残されるけれど、今まで出会った人間や知りえた情報は全て抜かれるということ?」

「そうなるね」

かなり重い処置ではあるが、他の選択肢よりはかなりマシ。

「みっつのうちどれも飲めないなら……わかるよね」

抹殺する、ということだろう。
今から脱出しようにも、武器は全て奪われているし、ここまで眠らされた状態で連れてこられたから、おおよその建物情報しかわかっていない。
ここから1人で逃げ出すのはかなり無謀だ。

「……みっつ目にする」

「そうか。わかった。君、準備を」

「は、はい」

「記憶を消される前に聞かせてほしいのだけど」

「何かな?」

「千ちゃん……市ノ瀬千里は今、どこで何を?」

「ああ、水の能力者か。彼なら確か、もう1人の水の能力者と、記憶操作の能力者と3人で街暮らしをしているはずだよ」

「……そう。ありがとう」

この男は、上の言いなりになる割に、人としての想いを捨て切れていない。
この情報に嘘はないと考えていいだろう。
そうか。千ちゃんは宿吏と仲直りして、宿吏は七海と仲直りして、みんなで平和的に暮らせているのね。

「……良かった」

宿吏が傍にいるなら、もう大丈夫だろう。
同じ過ちは繰り返さないはずだ。
それからすぐに記憶操作の準備がされ、私は記憶を消されて、眠りについた。



───────




柔らかいベッドの上で目が覚める。
何か夢を見ていたような気がするが、何も思い出せない。

「ここは……」

私はこの場所を知らない。
ここはどこだろう。
私はどうして、ここにいるんだっけ。

「っう……」

頭が少し痛む。
昨日は、何をしていたっけ?
自分の基本的なプロフィール以外、何も思い出せない。
ここはどこで、今は何月何日で、今まで何を……。

「!」

ガタッと音がした方を見ると、誰かが立っていた。

「ええと、あなたは、」

まりあさん!」

見覚えはないし、彼のことは何も知らない。
初対面のはずなのに、彼は突然私の名を呼び、抱きしめてきた。

「ええ……?」

「無事に、また会えてっ」

戸惑う私をよそに、彼は涙ぐみながらガバッと体を離した。

「!まりあさん?どこか痛みますか!?ど、どうしよう、こういう時は……」

「いいえ、どこも痛みはないけれど……」

「で、でも涙が!」

自分の頬を触ると、確かに水の感触がある。
私は泣いているのか。

「ええと、どうしてかはわからないけれど、すぐに治ると思います……」

「そっ…………あの、どうして、そんな……他人行儀な」

彼の目に、不安の色が浮かぶ。
なぜかその目は、私の心を強く揺さぶった。

「……ごめんなさい。私とあなた、どこかでお会いしました?」

言うのを少し躊躇したけれど、私に彼と会った記憶はない。

「えっ」

「あなたは私の名前を知っているみたいだけれど、私、あなたの名前がわからないの」

「っ!」

「あっちょっと」

彼はとても傷ついた顔をして、それを隠すように部屋から出て行ってしまった。
それからベッドから出るにも、先ほどの彼と顔を合わせるのが気まずくて悩んでいると、また別の男と、今度は女の子も一緒に入ってきた。

西城……」

まりあさん……!」

この2人も私のことを知っているようだったけれど、私は知らない。
だんだん不安になってくる。
ここはどこなのかもわからないし、とにかく私には情報が足りていない。

「あの……」

「ああ、千里のことを覚えてなかったってことは、俺たちのことも覚えてないんだな?」

「……ごめんなさい」

「なんかそう素直に謝られちまうと、調子狂うな」

「驚かせてごめんなさい。私は不知火七海」

「俺は宿吏暁人だ。で、さっきまでここにいたのは市ノ瀬千里」

全員名字が違うということは、家族ではないのか。

「私は……どうして皆さんのことを覚えていないのでしょうか」

「それがな、俺たちにもよくわからねえんだ。あんたとはここしばらく会ってなかったのに、なんでか俺らの家の前で倒れていやがるし……」

「暁人、言い方が悪い」

「ああ?俺は事実を」

まりあさんは、数日前にここ、私たちの家の前で倒れていたの。私たちは、その……友達、だったから、うちの空き部屋で介抱した」

「そう……」

私たちは友達、だったのか。

「ひとまずお礼を言わなくてはいけませんね。……ええと、友達なら敬語はやめた方がいい?」

まりあさんが嫌でなければ」

「じゃあ敬語はなしね。……何はともあれ、私を介抱してくれてありがとう。この恩は必ず返すわ」

「礼はいい。それより、千里と話をしてくれ」

「ああ、先ほどの彼?」

「ああ。一番あんたと仲が良かったし、あんたもあいつのことをかなり目にかけてたからな」

「そうなの……」

でもそれなら尚更、今の私と会うのは良くないんじゃないだろうか。
私は彼のことを覚えていないし、傷つける結果にしかならないと思う。

「今もこの扉の向こうで話は聞かせてる。あんたに記憶が残ってないことは、あいつも承知の上だ」

「尚更、今会わない方がいいんじゃない?」

「……あんたをうちで助けようって提案したのも千里だし、あんたが目を覚ますのを一番待ち望んでたのも千里だ」

「!」

「俺たちは出かけてくるから、あいつとゆっくり話してくれ」

「……わかった」

それから宿吏たちと入れ替わりで、千里くんが入ってくる。

「さっきは、泣かせてしまってごめんね」

「!いえ……」

ベッド横の椅子に座り、俯く。

「聞こえていたと思うけれど、私は記憶が欠落してしまっているみたいなの」

「……はい」

「だから、千里くん、と言ったよね。あなたのことも覚えていなくて……」

「さっきは……」

「うん?」

「泣いてしまって、すみませんでした……」

「えっ?いや、あなたが泣くのは当然で、」

「あなたが目を覚ましてくれただけでも、十分なのに」

「……そんなこと言わないで」

「?」

「悲しい時は悲しいと言って。泣きたい時は涙を流して。そうしないと、いつか自分の気持ちがわからなくなってしまうわ」

まりあさん……」

「……なんて、悲しい気持ちにさせているのは私だけれど。いつかあなたとの記憶を取り戻せた時、また謝らせてね。今は、その……」

取り戻せるかどうかもわからないけれど。

「……いいです。僕のことを忘れてしまっていても、 まりあさんはまりあさんですから。僕の好きな、まりあさんです」

「……!」

もしかして私は彼とそういう関係だった?

「きっとまりあさんならこう言います。『忘れてしまったのなら、また初めから思い出を作り直したらいいんだよ』って」

下がっていた眉を上げて、必死に笑おうとする彼の顔を見て、私はなんだかとても胸が苦しくなった。

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