適切な距離感
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
翌日、早いうちにトーマくんに渡そうと冥土の羊に行くと、今日はシフトが入っていないらしかった。
彼の家も、彼が行きそうな場所も知らないから、大学内を少しだけ探して、それでもいなかったら日を改めようと思い、私は茗荷大学に向かった。
「……誰かに聞くのも変よね」
探して見つからなかった時に、どこかからトーマくんの耳に入れば、気を遣わせてしまうだろう。
適当に歩いて探すか、と思い、しばらく構内を歩いていると、元彼の姿が見えた。
やば、と思って引き返したが、もう手遅れ。
「リン……?」
仕方なく振り返り、できる限り笑顔で対応する。
「やあ。3日ぶり?」
「……うん」
こっちは頑張って気まずくならないようにしているのに、彼はずっと気まずそうな顔をしている。
「……あれから、考えてたんだけど」
「うん?」
意を決したように、彼が口を開く。
「僕たち、やり直せないかな」
「……は?」
「やっぱり僕、リンのこと好きだよ。もう二度と海行きたいとか言わない。リンが嫌がることしないから」
今までも、時々こういう人はいた。
けど、こういう片方が我慢し続ける関係は長続きしない。
彼は海に行きたくて、でも私のために我慢して、その我慢はいつまで続く?
結婚したらさすがにもういいだろうとか言って、海に行こうとするかもしれない。
何かをきっかけに、彼の中でまた勝手に「もういいだろう」と思われるのが嫌だった。
「いや……」
「もう一度だけ、チャンスが欲しいんだ」
「でも……」
「どうしても、ダメかな?」
ガシッと手を掴まれ、迫られる。
「あー……ごめん。はっきり言うね」
さすがにこれ以上グイグイ来られては困るので、決意する。
「私ね、一度別れた人とは、よほどのことがない限りヨリを戻さないことにしてるの」
「そんな、」
「ごめんね、でも決めてるの。いつまでもダラダラと関係を続けたくないから、自分なりの区切りをつけてるのよ」
スッと握られた手を離す。
彼は少し傷ついたような、諦めたような顔をしていて、胸が痛む。
でもこれは、本当に決めていることだから。
誰かに言い訳をしながら、私は言葉を続けた。
「私のこと、好きになってくれてありがとう。お互いに、次は良い恋ができるといいわね」
それじゃあ、と別れを告げて、私は彼の返事を待たずにその場を離れた。
と、トーマくんらしき人影を見つける。
「あ、トーマくん!」
私が駆け寄ると、トーマくんは少し複雑そうな顔をしていた。
さっきの話を聞かれただろうか。
「あの、彼がリンさんが別れた人ですか?」
「私の名前、覚えててくれたのね。……そう。彼がこの間別れた元恋人」
ちょっと離れましょ、と言って、私はトーマくんを連れて歩き始める。
「ヨリ戻そうって言ってませんでした?」
「ええ、断ったけどね」
なんで、と聞きたそうな顔を一瞬したけれど、それ以上は踏み込んでこない。
「いいわよ、気を遣わなくて。よくあることなの」
今の笑みは少し自虐的だったかな、と思いながらそう言うと、トーマくんは、いいえ、と断った。
「別れてすぐに会ったりすると、なんで別れたのかって考えちゃうけど、そういうのは時間が解決してくれるから。ヨリなんか戻したら後悔することが多いの」
「ちょっとわかる気がします」
気を遣ったのか、本心なのか、トーマくんは共感してくれた。
「あ、そう、今日はね、トーマくんに用事があって来たのよ」
「俺ですか?」
「そうそう。トーマくんに会いたくてここに来たら、たまたま彼と会っちゃったのよね」
あはは、と笑いながら、持っていた紙袋から中身を出す。
「これ、この間言ってたお礼。気に入ってくれるといいんだけど」
「いやいや、もらえませんよ……!」
「見ず知らずの私にお水をくれて、面倒な話も聞いてくれて、ほんの気持ちよ。再会できたのも何かの縁だもの、大したものじゃないんだけど、もらってくれない?」
そこまで言うと、トーマくんは申し訳なさそうにしながらもらってくれた。
袋も一緒に渡すと、トーマくんは中を見て嬉しそうに言う。
「あ、コーヒーですか?ちょうど切れたところだったので助かります」
「そうなの?よかった。良いタイミングだったわね」
喜んでもらえて一安心した私が、今日はもうすることがないし帰ろうかと思っていると、トーマくんがこちらを見つめていることに気づいた。
「?」
「これから何か用事あります?」
「ううん。今日はもう帰って本でも読もうかなと」
「それじゃあ、途中まで送らせてください」
家まで送らせて、と言わないのは、トーマくんなりの配慮だろうか。
知り合って間もない相手に家を知らせるのは、抵抗がある人もいるだろう。
イッキやケンちゃんの知り合いでもあるし、トーマくんに家を知られることに私は抵抗はないけど。
「いいよ、小さい子じゃないんだし、1人で帰れるから」
「俺のためにわざわざうちの大学まで来てくれたんですよね?送るくらいさせてください」
なんて爽やかな青年なんだろう。
「うーん……。わかった。じゃあ途中まで」
あまり断り続けるのも失礼かと思い、私はトーマくんに送ってもらうことにした。