適切な距離感
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彼と別れた翌日、私は冥土の羊に向かった。
あそこはコーヒーも美味しいし、メニューも豊富だし、何より地下なのがいい。
元彼もいるけどあんまり気まずくないし、友人もいるし、1人でゆっくりしたい時は大体冥土の羊に行く。
「おかえりなさいませ、お嬢様。……ってリンか」
「ちゃんと接客しなさいよ、イッキ」
「はいはい。お席はこちらでよろしいでしょうか?」
「ふふ、ありがとう」
イッキがメニュー表を置いて「ごゆっくりどうぞ」と言って立ち去る。
注文を決めて手を挙げると、見覚えのある青年がこちらへ向かってくる。
「ご注文はお決まりでしょうか、お嬢様?」
顔を上げた青年と目が合う。
「…………………………あっ!」
思い出した。昨日の青年だ。
「君、ここで働いてたの?」
「あ、昨日の……」
「昨日はありがとう。お名前を聞きそびれたな〜って思ってたの。何かお礼がしたいわ」
「えっ?そんな、いいですよ」
「リン、どうかした?」
私と彼が話し込んでいると、イッキが間に入ってくる。
「トーマくん困ってるじゃない」
「君、トーマくんって言うの?」
トーマくんは少し恨めしそうにイッキを見る。
「え、なに、もしかして口説いてたの?」
「違うわよ、あなたと一緒にしないで」
「へえ?リンってこういう子がタイプなの?」
イッキは私を揶揄うネタを見つけて嬉しそうに笑う。
意地の悪い笑みだ。
「違うって言ってるでしょ。ほら、仕事に戻った方がいいんじゃない?」
視線で店長を差すと、イッキは少し拗ねたような顔をしながら仕事に戻った。
「君もごめんね、長く引き止めて。私はリン。また今度会った時にお礼をさせてね。注文はコーヒーセットでお願いします」
「かしこまりました」
トーマくんは注文を取って厨房に入っていった。
まさかこんなところで再会するなんて。
もう二度と会うことはないと思って、昨日色々話してしまった気がする。
次誰かと話す時は「またこの人と会うかもしれない」という前提で話そうと思った。
「トーマくんと、何かありましたか?」
不意に店長のワカさんに話しかけられる。
「あ、いえ。ただ昨日、私の失恋愚痴話を聞いてくれたんです。彼、とっても優しい青年ですね」
「そうですね。………………失恋、ということは、また別れられたのですか?」
また、という言葉が胸に刺さる。
「……………………」
「……心中お察しします」
無言で目を逸らすと、ワカさんは色々と察して、少し悲しげな表情を浮かべてくれた。
「ま、まあ、出会いはこれで最後じゃありませんし!」
「そうですね」
ワカさんは微笑み、仕事に戻っていった。
ワカさんの手前明るく言ったけど、正直もう出会いはいいかなと思っている自分もいる。
私が好意的に思う相手はだいたいアウトドア派だし、それで日焼けしたくないからインドアにしようとか……我ながら結構無理があったと思う。
「お会計を」
冥土の羊が閉店する頃、ようやく私は店を出た。
結局、お昼ご飯も夕ご飯も冥土の羊で食べた。
今日はイッキのファンがいたから、ちょっと騒がしかったけど、イヤホンをつけて本を読んだりすることくらいはできた。
「またのお帰りをお待ちしております」
「ありがとう」
最後はトーマくんに挨拶をされて、店を出る。
ちょっと長居しすぎたかな、なんて思いながら店の裏口に回った。
携帯をいじりながら壁に寄りかかっていると、裏口の扉が開く。
「お疲れ様でした」
声と共に、最初に出てきたのはイッキ。
「あれ、リン?」
「お疲れ様」
「トーマくん待ってるの?」
わかっているくせに、悪い顔をしながら聞いてくる。
「いい性格してるわね」
「お疲れ様でしたー」
誰かに仕込まれたかのようなタイミングで、トーマくんが出てくる。
「!」
私とイッキを見て、少しフリーズする。
「……お疲れ様です」
「っふ、あははは」
「お疲れ様、トーマくん」
耐えかねたイッキが笑い始める。
「イッキのことは気にしなくていいから」
トーマくんは私を見て微妙な顔をする。
もしかして、誤解されてる?
「トーマくん、私が自意識過剰なだけだったらごめん。私トーマくんのこと待ってたわけじゃないからね」
「!あ、いえ、はい。わかってます!ちょっとビックリしちゃっただけで」
「よかった」
笑いすぎて涙が出ているイッキの肩を叩く。
「笑いすぎよ。ほら、今日も女の子たちが待ってるんでしょ?」
そう言って背中を押すと、ごゆっくり、とかまたふざけたことを言って去っていく。
表からは、きゃー!という大きな歓声。
「お疲れ様でした」
最後に出てきたのは、私が待っていた男、ケンちゃん。
「遅いよ、ケンちゃん」
「先に私の家に行っていればいいと連絡したはずだが?」
「嫌だと返信したはずだが?」
「……全く……」
帰るタイミングをなくしてしまったトーマくんは、私とケンちゃんのやり取りを見て、呆然としている。
「そういうわけで、私が待っていたのはケンちゃんなの。なんか引き止めちゃってごめんねトーマくん」
「いえ!俺は大丈夫です」
「お礼はまた改めて。それじゃあ、またね」
「あ、はい!」
早々に立ち去る私に、トーマくんはお礼について否定する間も無く、手を振っていた。
「君はいつの間にトーマと仲良くなったんだ?」
「昨日!」
昨日?と首を傾げるケンちゃんに微笑みを返して、私は気分良く、ケンちゃんと歩いて帰った。