適切な距離感
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ドアを閉めて、鍵をかける。
扉に耳を当て、男たちがバタバタと足音を立てて近くを駆け回り足音が遠のいたのを確認して、静かに鍵を開けた。
「ふぅ……あっ」
ひと息ついて事務所の中に視線を戻すと、ちょうど休憩時間だったのか、トーマくんがいた。
「リンさん……?」
「あら、休憩時間?」
このまま流してしまおうと、立ち上がって靴を履き直すと、足裏に鈍い痛みが走る。
「痛っ」
「!」
私の足を見て、トーマくんがギョッとする。
「その怪我……!」
「あ、これはさっき転んで、」
「とりあえずここ座ってください。店長に言って、救急箱もらってきます」
トーマくんに言われた通り、出された椅子に座る。
バタバタと奥へ行ったかと思うと、救急箱を持って戻ってきた。
「足出してください」
「えっ、いや、自分で───」
「いいから、言う通りにして」
「……」
さすがにいたたまれなくなって言う通りにする。
いつもどこか掴みどころがなくて、冷静なトーマくんが、怒って……いる?
「これ……」
「ん?」
日よけのために履いていたストッキングが、膝だけでなく足の裏も破けている。
「あー、えっと、これは前からで……」
「……」
そこだけ小石がついていたりするし、まさに今破けたばかりのような様子のストッキング。
さすがに誤魔化しきれないか……。
「……ごめん」
「何がですか?」
トーマくんは私を見ずに、淡々と怪我の手当てをしてくれている。
「誤魔化そうとして」
「……はい」
「ちょっと消毒液借りていい?手も擦りむいてて」
「手も、俺が手当てします」
「え、いやさすがに、」
「リン」
「!」
不意に名前を呼ばれて動揺していると、その隙にトーマくんはサッと手を取り、手当てを始める。
「っ!」
「!痛かったですか……?」
「ううん、大丈夫」
こんな怪我、久しぶりにした。
消毒液ってこんなに染みるんだ。
「はい。あと他に怪我してるところないですか?」
「うん。ありがとう」
トーマくんは一通り手当てをしてくれて、救急箱を直しに行った。
「……」
トーマくんが向こうに行っているうちに、汚された服が入った紙袋を後ろに隠す。
「それで、何があったんですか?」
トーマくんには、女の子たちのことは省いて、さっきの男たちのことだけを伝えた。
「そんな……」
「まあ、ネットの影響力よね。サイトはもう消してもらえたみたいだけど、一度流れた情報ってなかなか消えないから」
「……俺も色々調べてみます」
「えっ、トーマくん関係な──」
「リンさん」
「?」
「俺はリンさんの何ですか?」
「え……恋人、です」
「関係、ありますよ。俺にも。恋人が怪我をしたりしてるのに、関係ないとか言わないでください」
そうか。彼はこういう優しい青年だった。
「……そうね、ありがとう。一緒に対処法を考えてもらえると嬉しいわ」
「はい」
休憩時間が終わるとき、私をギュッと抱きしめ、トーマくんはまた店頭に戻った。
それと入れ替わりで店長が入ってくる。
「トーマくんからあなたが怪我をしていると聞いた時は驚きましが、きちんと手当てをしてもらえたようですね」
「はい。救急箱ありがとうございました」
「いえ。イッキくんも心配していましたよ」
「はは、まあ心配してくれた方が動いてくれやすいので、怪我をした甲斐がありましたかね」
「……その後ろの紙袋は?先ほどまでと服装も違いますね」
「あー、トーマくんには飲み物を零しちゃったって説明したんですけど……」
「彼女たちですか」
「まあ、そうです。このお店の常連ですから悪く言うのは気が引けますけど……」
「……確かに彼女たちは常連ですし、イッキくんがいる日は必ず来てくださるので有難いですが、だからと言ってこのような行為を肯定するわけではありませんよ」
「店長……」
「何か私にできることがあれば言ってくださいね。あなたも、当店にとっては大切な常連様です」
「ありがとうございます」
それから店長は私に飲み物を持ってきてくれて、閉店まで事務所にいさせてくれた。
イッキは私が怪我をしたことに相当驚いたらしく、彼女との約束をキャンセルしたらしい。
「怪我大丈夫?」
「うん、トーマくんが手当てしてくれたし」
トーマくんには「イッキと2人で話したいから」と外に出てもらっている。
「で、もう本題に入るけど、」
私は紙袋から汚れた服を取り出す。
「この色のペイントボール、見覚えは?」
「これ……」
FCの、とボソッと呟くイッキ。
歴代の嫌がらせを受けた彼女、例外なく私も、このペイントボールを使われている。
「そう。今日朝起きたら、こんなメールも来てた」
「これは……!」
「で、さっきペイントボールぶつけられた時の音声」
「!」
「今揃ってる証拠はこんなところかな。朝は郵便受けにゴミが入ってた。付き合ってた時と同じね」
「そんな、どうして?」
「多分、この間あんたが彼女と一緒にいるときに喋ったのが良くなかったんじゃない?あの子、FCから彼女になった子でしょ」
「ああ、確かにそう。なんでわかったの?」
「私と付き合ってるときにあんたを囲ってた女の子たちの中にいたもの」
それから、と怪我の経緯も説明した。
「もうそんなに影響が?」
「そうなの。母さんにも危害が及んじゃうかもしれないから、その前にどうにかしたいのよね」
「……陸上で有名だったリンが足を擦りむくなんて、誰かに足を引っ掛けられたりしない限り、滅多に転んだりしないはずだって思ってたけど、本当に足を引っ掛けられたわけね」
「それはどうも。まあ陸上してても普通に転ぶし、何より私は足怪我したから陸上辞めたんだけどね。一応今でもジムで走ったりしてるから、そのおかげで男たちから逃げられたっていうのはあるかも」
それから2人でひとまず対処法を話し合った。
「リカを呼んで、FCの中でも序列が上の女の子たちも交えて話し合いの場を設けるべきね。あんたからちゃんと言えばそれなりに落ち着くと思うのよね。今回は私はあんたとは付き合ってないわけだし」
「そうだね。リカに相談してみるよ。また予定がわかったら連絡する」
「そうして。ひとまず今日はこんなところかしら」
「何かあったらまた教えて。僕も女の子たちの様子に気を配っておくから」
「ありがとう」
話しながら扉を開けると、外にはトーマくんが立って待っていた。
「あ、終わりました?」
「ええ。ごめんね、待たせてしまって」
「いいですよ」
トーマくんはチラリとイッキを見る。
「……ごめんね、トーマくん」
「いえ……。イッキさんが悪いわけじゃないですから。嫌がらせへの対処には協力してもらえるんですよね?」
「もちろんだよ。リンは僕の数少ない大切な友人だからね」
「安心しました。……じゃあ、」
そう言ってトーマくんは私の前に屈む。
「うん?」
「足の裏も怪我してますよね。家まで送ります」
「え、ええ……それはありがたいんだけど、これは?」
「俺の背に乗ってください」
「!?」
「それじゃあ、僕は先に失礼するよ」
イッキは空気を察してか、早々に帰っていく。
「えっ、ちょ、」
「どうぞ」
「………いや、でも歩けるから……恥ずかしいし……」
「もう暗いですから、誰も見てませんよ」
トーマくんは立ち上がる気配がない。
これ以上ここで粘るのもよくないか、と思い、渋々私はトーマくんに背負われる。
「ごめんね、重いのに……」
「全然ですよ。むしろもっとちゃんと食べてください」
それから家まで、トーマくんは他愛もない話をしてくれて、私の不安を和らげてくれた。