適切な距離感
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翌日、目が覚めるとありえない量のメールが私の携帯に届いていた。
「何?」
開いてみると、全く知らない人からのメールばかり。
内容は様々だったが、私への誹謗中傷もあれば、気持ちの悪い誘いのメールもあった。
「……昨日のか」
昨日、彼女と一緒にいるときのイッキと話したのが良くなかったのだろう。
私も彼氏と一緒だったんだけどなあ。
「母さん」
「!リンちゃんおはよう。さっきね、郵便受けに、」
「何だった?生ゴミ?」
「ええ……。前にもあったわよね」
イッキと付き合ってた頃に、同じような嫌がらせをFCから受けていた。
その時は全く反応せずにガン無視しつつ、郵便受けに対策したりメアドを変えたりしていたが、今回もFCからだろうか。
彼女がFCの子ならそうだろうな。
「ごめんね、もしかしたらまた数日同じ事が起こるかも。前使った道具って残ってる?」
「ええ、棚に入ってるわ」
「一応同じように対応しとく。イッキにも今日話を聞きにいくわ」
「わかったわ。出かける時は気をつけてね」
「うん。母さんもね」
家を出ると、ちょうどトーマくんが家の前に迎えに来てくれていた。
今日、トーマくんが冥土の羊で中番だから、一緒に行こうということになっていたのだった。
「おはようございます、リンさん」
トーマくんは、少し厳しい顔をしていた。
「おはよう。……どうかした?」
「え?」
「険しい顔してるから」
「……いえ、何でもないですよ」
ポーカーフェイスは上手い方かと思っていたけど、付き合い出すと変わるのかな。
「もしかして、郵便受けのやつ見た?それか、何か臭うかな」
「!」
やっぱり、見られてしまったか。
掃除もまだ十分にできてないし。
「ごめんね、今日事実確認するから心配しないで」
「原因がわかってるんですか?」
「うーん、だいたい?おそらくって感じだけど。メールと着信はとりあえず拒否にしたし……」
「携帯にも何か?」
「あ。うーん、とりあえず話すだけ話しておくわね。ひとまず歩きましょう」
私は冥土の羊までの道すがら、トーマくんに前のことも含めて話した。
「ということで、まあおそらく今回もイッキのFCの仕業じゃないかなあと」
「そんなことが……。イッキさんの彼女さんが嫌がらせを受けるみたいな話は聞いたことがありましたけど」
「まあ結構有名な話よね。前は彼女だったから仕方ないかと思ってたんだけど今回はちょっと……」
「以前嫌がらせされた時はイッキさんに相談したんですか?」
「一応報告はしたわ。何もしなくていいって言ったけど」
「どうしてです?」
「一時的なものだろうと思ってたし、自分で対処できたからね。今回はさすがにどうにかしないとって思ってるけど」
トーマくんは冥土の羊に着いてもずっと心配そうな顔をしていた。
「そんな顔しないで。今から接客でしょ?私は大丈夫だから」
「……はい。俺にできることがあったら、何でも言ってくださいね」
「うん。ありがとう」
そうして冥土の羊の前で別れ、私はそのまま店に入った。
「おかえりなさいませ、リン」
偶然にも、私を出迎えたのはイッキだった。
イッキが私の名前を呼ぶと、店の中にいた女の子たちがひっそりと私を睨む。
イッキは後ろが見えていないから、気づかないのだろう。
「ん?どうかした?」
「……今日のバイト終わり、ちょっと話があるんだけど時間取れる?」
「あー、ごめん。今日は彼女を家まで送ってあげる約束してるんだよね」
「送った後でもいいから」
いつもなら引き下がる私がまだ食い下がることに何かを感じ取ったのか、イッキは「じゃあ冥土の羊の事務所で待ってて」と言い残し、店長に許可を取りに行ってくれた。
「……」
それからしばらくコーヒーを飲んでいたけど、女の子の視線が痛くて、たまらず店を出た。
「イッキくんと話をするそうですね」
「……はい」
「彼女たちのことでしょう。事務所を開けておきますから、どうぞ使ってください」
今日の雰囲気で、店長は気づいたようだ。
快く事務所を貸してくださった店長にお礼を言い、私は一旦店を後にした。
「さて、どうするか……」
何かあったときのために、音声レコーダーのスイッチを入れておく。
今からずっと事務所で待たせてもらうのは、さすがに申し訳ない。
軽く辺りを歩いてからまた戻ろうと思い、歩き出したその時だった。
「!」
背中に何かがぶつかった感覚と、甲高い女の笑い声。
「あははは!」
「ざまあみろ!」
「ちょっとイッキと仲が良いからって調子に乗ってんじゃねーよ!」
「もう振られたくせに!」
5,6人くらいの女の子たちが、雑踏の中へ消えていく。
それは、間違いなくFCの子たちだった。しかも割と序列が上の。
「あ、あの……」
一部始終を見ていたらしい女性が、控えめに私に声をかけてくる。
「大丈夫ですか……?背中……」
どうなってます?と携帯を渡して写真を撮ってもらう。
私の背中は、綺麗にオレンジ色に染まっていた。
ペイントボールをぶつけられたのか。
「ありがとうございます。新しい服買うので、大丈夫です」
軽く事情を説明して女性の連絡先を受け取り、私は服屋で服を新調した。
「上着着とけば、次何か当てられても着替えやすいし……上着も買おう」
手早く羽織りものも買い、これ以上歩くのは危険だから私は冥土の羊に戻った。
あまり人が多すぎるところだと周囲に気が回らないから、少し人通りが少ない道を選んで歩く。
これはこれで危険性はあるんだけど。
「……」
周りを警戒しながら歩いていると、向かい側から来た男がスッと私の前に足を出してくる。
危うく引っかかりかけて、既のところで避けると、私に聞こえる音量で舌打ちをされた。
相手は3人組の男。今私は1人だから、何も反応を返さない方がいい。
そう判断して何事もなかったかのように歩き始める。
「あ、もしもし、母さん?」
電話なんてかかってきていなけど、電話をするフリをして歩く。
額に汗がにじむ。ああ、護身術習っておけばよかった。
後ろの男たちはまだ尾けてきている。
今は人通りの多い場所に行った方がいいな。
「そう、今日の晩御飯ね、」
時折相槌を入れながら、アドリブでどうにか会話を続ける。
電話が切れないように、終わらないように。
「あ、でも今日ね、」
だんだんネタが切れてくる。
それでも男たちはまだ後ろにいる。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
冥土の羊まで後少し。この距離なら走って行ける?
でも今日ヒールだし……。
電話中に仕掛けてこないところを見るに、電話の相手に自分の存在がバレるとまずいんだろう。
でも電話をしながら走り出すのはおかしいし、急にヒールを脱ぐのもおかしい。
「……よし」
電話をカバンにしまうと、男たちが歩く速度を上げて近づいてくる気配。
チラリと後ろを振り返ると、それに気づいた男たちがニヤリと笑う。
「お姉さーん」
「俺たちと遊ぼー」
「急いでるので」
「えー?そんなこと言わずにさあ」
「困ります」
「つれないなあ」
1人の男が、肩を組んでくる。
「やめてください」
優しめに手を払うも、諦めずに組んでくる。
「まあまあ」
「絶対楽しいから〜」
「触らないでください」
「はあ?」
「え、なになに、照れてんの?」
諦めの悪い男ども。
でも、まだ無理やり連れて行かれそうになってるわけじゃないから、今必死に逃げるのは不自然。
彼らがFCと繋がっていれば、私がFCへの警戒心を強めているとバレて嫌がらせの証拠が集めづらくなる。
「お姉さん今ネット上で有名人だよ〜」
「ネット?」
「あれ、ページ消えてるなあ。でも男漁りが趣味なんでしょ?サイトに書いてたじゃん」
「俺らとも遊ぼうよ〜」
なるほど、こいつらはネットから私を見つけてわざわざついてきたってわけ。
じゃあFCとの直接的な繋がりはない。
「それ全部嘘なので」
手を払い、歩く速度を速めるが、突然足を前に出されて、今度は避けきれずに転んでしまう。
「ったぁ……」
膝を擦りむき、咄嗟についた手も擦り傷ができている。
「転んじゃった?」
「大丈夫〜?」
ケラケラ笑いながら私を囲み、私の肩を掴もうとする。
冥土の羊はもう目の前。
私は落とした傘をサッと閉じて、男たちの間に突き刺す。
「うおっ?!」
「何す───」
「っ!」
転んでちょうど脱げたヒールを持ち、わずかにできた隙間を駆け抜ける。
「おいっ、待て!」
「はっ、はや……!」
裸足のまま駆け抜けて、冥土の羊までたどり着く。
サッとカーブを曲がり、裏口から事務所に駆け込んだ。