星のもと
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一条家の長女として生まれたわたくしは、誰よりも完璧でいることを求められた。
妥協は許されず、油断も許されず、常に誰かに見られている状況だった。
そして、7歳になったある日、わたくしはお父様に連れられて、見知らぬ施設へと赴いた。
そこでは能力について研究していて、すでに一条家が開発した能力が完成していた。
それが、大地を操る力。
それまで何度か適正者が生まれてきていたが、いずれも適正値は低く、少し操るだけで息切れしたり、倒れてしまう者が多かった。
そんな中で、わたくしは飛び抜けて適正値が高かったらしい。
すぐに能力を植え付けられ、それからは訓練の日々だった。
「お前の背には何千もの人の命運がかかっている。そのことをゆめ忘れるな」
それが、お父様の口癖だった。
そして訓練を始めてしばらく経った頃、一条家の先祖が立てた計画について話を聞かされた。
簡単に言うと、大地を操る能力を使って『世界』の拠点を海の底に沈めてしまおうというものだった。
破壊し尽くすことは困難、『世界』という組織は恨めどもそこの民を無闇に殺すことは本意ではない、それならば民を避難させて、もう二度と戻れないようにしようと。
そして、ただ沈めるだけでは『世界』が復活する恐れがあるから、沈めた後『世界』の保有している情報を全世界に公開し、データ元は復旧できないように破壊すること。
そのお役目を、わたくしの代で実現させること。
今まで能力適正値の高い者がいなかったために実行できずにいたが、これでようやく実行に移せると、一族の人間が歓喜していたのを覚えている。
この時わたくしは、この計画において重要なのは『世界』の壊滅であって、わたくしの生存は重要ではないのだと気付いた。
実際、島を沈めるなどということをすれば、わたくしがいくら適正値が高いとはいえ、能力によって体が蝕まれ死に至るであろうことは容易に想像がつく。
しかし、お父様も、科学者達も、そのことに関しては黙認しているようだった。
極め付けに渡されたのが、能力の使用を促進する装置。
「この装置を使えば、お前の意思に関係なく能力を使用することができる。今、お前は息苦しさや痛みを感じた際に能力の使用をやめてしまうだろうが、これを使えば能力を使い続けることができるのだ」
お父様は自慢げにそう言っていた。
この言葉で、わたくしは確信したのだ。
わたくしは、息の根が止まろうとも計画を遂行するために、ここに生まれてきたのだと。
わたくしの生存が最優先されるのは、計画を遂行する時まで。
その後は死んでも計画の成功に寄与しなければならない。
「必ずや、わたくしが計画を成功させてみせます」
お父様や皆の前でそう言いながら、わたくしはどこかで微かに、誰かが殺してくれることを望んでいた。
能力を使って苦しみながら死ぬよりも、誰かの手で、一瞬にして命を奪われたいと。
だからあえて戦場に出ていったり、潜入捜査に加わったりしていた。
わたくしがいた方がより確実であることは確かだったけれど、どれも絶対にいなければならないわけではなかった。
周りの制止を振り切って、幾度となく危険な場面に立ち会ってきた。
それでも運命は、わたくしが死ぬことを許してはくれなかった。
夏彦が現れた時、彼が『世界』の人間なら、もし罠なら、わたくしを殺しにきたのだろうと思った。
一条家の計画に気づいた彼らが送り込んできた、刺客だろうと。
戦場において、何人もの善良な民に敵を殺させ、我々と敵対したというだけの相手の命を奪い、幾度となくそれが繰り返されることに、わたくしの精神は疲れ切っていた。
一時は、計画などもうどうでも良いと、早く楽になりたいと、そう思い悩んだこともあった。
そんな中で、わたくしを慕ってついてきてくれる民や仲間達を見て、わたくしが今折れれば、彼らはどうなるのかと。そう思いとどまった。
それでも夏彦が来た時は、どうしようもなく期待して、彼に殺されてしまえば「愚かな当主」として忘れ去られるだろうと思った。
彼のせいにして、わたくしはこの世から去っていけると。
けれど、彼の前で無防備に眠っても、体調を崩している姿を見せても、一向に殺そうとする素振りはなく、ああ、彼も違うのかと内心落胆した。
けれど、彼と過ごしている間、わたくしの苦しみは少し和らいでいた。
わたくしの知らない外の話、彼が見てきたものの話、わたくしを敬うわけでも疎むわけでもなく話をしてくれる彼の態度。
それらすべてが、わたくしに安らぎの時間を与えてくれていた。
計画遂行の日が近づいてきた時、わたくしは以前ほど絶望してはいなかった。
わたくしの行動によって、皆に自由が訪れると思うと、絶対に成功させなければという意思が強かった。
わたくしがこう思えるようになったのは、夏彦の存在が大きかったと思う。
彼との出会いで、わたくしは変わることができた。強くなることができた。
お父様には、最後まで愛してもらえなかった。娘としての自分を見てもらえなかった。
けれど、夏彦は素のわたくしを見てくれた。
そして、素の、ただの#名前#を愛してくれた。
わたくしはそれだけで、今までの人生が報われた気がしていた。
「もう会えないでしょうけれど、わたくしはあなたと出会えて幸せでした」
この思い出を胸に、わたくしは死んでいける。
そう覚悟して、わたくしは計画実行に臨んだのだった。
───────────────────────────
深く、深く、海の底に沈んでいく感覚があった。
その中で、わたくしを引き寄せる存在も感じていて、ああ、悪魔が迎えにきたのかと、虚ろな意識の中で思っていた。
「……!……!!」
誰かが、呼んでいる気がする。
わからない。わからない。
わたくしはもう、休みたいのに。
「……っ!!」
騒がしい。もう寝かせてほしい。
もう、体も満足に動かない。
目は、光すら捉えられなくなっている。
「#名前#!!!!!」
この声は……。
「ナ、つ……」
思うように声が出ない。
ふらふらと力なく腕をあげると、ガシッと強く掴まれる。
「#名前#!?目が覚めたのか!?」
瞼を開けているはずなのに、何も見えない。
本当に、失明してしまったようだ。
「よかった……、よかった……」
夏彦は噛みしめるように呟く。
手を握られている感覚はあるから、触覚はなくなっていないようだ。
息をすれば、匂いもわかる。夏彦の声も聞こえる。
声は、今は話せないが、音が発せるから喋れなくなったわけじゃない。
奪われたのは視覚だけか、と思っていると、足が動かせないことに気づく。
腰は動く。足が動かない。
色んなところを少しずつ動かしながら、自身の状況を確認していく。
結果として、わたくしは視覚を失い、両足が動かなくなっていた。
「……ぁ……」
夏彦に声をかけたいのに、やはり話せない。
状況を察した夏彦は、無理に話さなくていい、時期に回復するからそれまで休め、と言ってくれた。
それからわたくしはどこかに運ばれていった。
夏彦の声が聞こえてきたような気がしたけれど、今はもう起きている気力も体力もなくて、また眠ってしまった。
次に意識が浮上したとき、聞き覚えのある声の医師が、わたくしを診察していた。
診察を終えた医師は、ドアを開けて外へ出ていく。
誰かと何かを話していたが、ベッドの上のわたくしには、聞こえなかった。
体を起こすほどの力が出ず、わたくしはしばらく寝たきりの状態になった。
夏彦はその間もずっと傍にいてくれた。
ここがどこだかわかっていないわたくしに、色々と説明もしてくれた。
「聞こえていたら指を動かしてくれ」
夏彦は、わたくしに負担がないやり方で、コミュニケーションを取り続けてくれた。
「お前が能力を使って島を沈めた後、俺はなんとかお前がいた場所に戻った。だが、そこはもう沈んだ後で、底の方に微かに人影が見えた。それがお前だった」
夏彦は操縦を雪さんに任せ、海へ飛び込んでわたくしを助け出してくれたらしい。
「ここは俺の航空機の中だ。治療のための道具は元々お前が治めていた国の方からもらった。虎雄という奴も、お前のことを心配していたぞ」
聞くところによると、わたくしが国を出てからも、民が国から出ていくまで、チーム長や虎雄、兵の皆は残ろうということになったらしい。
島が沈んでいくとの情報を受けて、民をシェルターから外へ出し、別れを告げていたところに、夏彦が満身創痍のわたくしを連れて戻ってきた。
わたくしを見て、皆がすぐに動いてくれたそうだ。
治療器具や薬、リセットの影響を受けていない、知識を蓄えた医師の調達まで、すべて用意してくれたらしい。
あのとき聞こえてきた医師の声は、昔からわたくしを診てくれている人だったのか。
「お前の人望のおかげだ。俺1人では、医師を見つけることさえ困難だった」
夏彦は、手を握る力を少し強めながらそう言った。
「今は、週に一度、その医師がここまで診に来てくれている」
夏彦は今、航空機をその医師が住んでいるところの近くに着陸させているらしい。
「お前も気づいているかもしれないが、医師の話では、お前の両足はもう回復できないらしい。そして様子を見るに、目も見えていないか?」
少し指を動かす。
「だろうな。目が覚めた時、俺と目が合わなかった」
次医師がきたときに目も診てもらおう、と夏彦は言った。
それから夏彦は席を外すことが多くなった。
やらなければいけない仕事があるから、といつも言っている。
そうして1ヶ月経った頃、ようやくわたくしは話せるようになった。
「お嬢様、お声が戻られて、本当に良かった」
医師の彼は、幼い頃からずっとわたくしのことを「お嬢様」と呼ぶ。
女皇となっても、彼は変わらず「お嬢様」と呼んだ。
「今まで面倒をかけました。ありがとう」
「いいえ、このくらい。国が解体すると知ったとき、もうお嬢様のお力にはなれないのかと少し悲しかったものですから、この老いぼれにも冥土の土産ができました」
「冥土の土産だなんて、縁起でもないわ。これからはわたくしに縛られない、自由な人生を送ってくださいな」
「お嬢様が完治されるまでは、ここに通わせていただきますよ。私は今、この村で町医者をしとるんです」
「まあ!そうなのですか」
「ええ。医者になりたいと言っている若者への指導も担当しております」
「それは、素晴らしいですわね」
彼は、彼の人生を進み始めたのか。
いくつか話をして、では、と彼は去っていった。
「何の話をしていたんだ?」
医師と入れ替わりに、夏彦が入ってきたのがわかる。
「彼の近況を伺っていたのです。彼なりの人生を歩み始めたようで、何よりですわ」
「……もう体調はいいのか?」
「ええ。相変わらず目は見えず足も動きませんけれど、それ以外は何ともありませんわ。こうして話せるようにもなりましたし」
夏彦は、話すときにわたくしの手を握ってくるようになった。
自分はこちらにいると、存在を示すように。
「そうか」
おかげでわたくしは、夏彦がいるであろう方向を予想して見ることができる。
「まあ、目が見えないとかなり不自由ですけれど。わたくしがこうして暮らせているのは、夏彦のおかげですわね。改めて、本当にありがとうございます」
「……お前が回復したら、話そうと思っていたことがある」
「何を、」
額に、銃口が突きつけられている。
感覚でしかわからないが、おそらく夏彦の銃だ。
「……」
抵抗はしない。
わたくしを助けたのが夏彦なら、夏彦の思うままになろうと思っていた。
「抵抗しないのか」
「ええ。夏彦は何も言わずに撃ったりしませんもの。何か理由があるのでしょう?」
「……」
夏彦は答えない。
「これから聞くことに、正直に答えろ」
「ええ」
「お前は、初めから死ぬつもりであの計画を遂行したのか」
「その通りですわ」
「お前は、そのことに反発はしなかったのか」
「……心の中では、何度も」
「お前は、死ぬことを嫌だと思わなかったのか」
「……思わないはずありませんわ」
「あのときお前は、計画を遂行し、何の抵抗もせずに海の底に沈んでいた。それでも、死にたくはなかったと?」
「いいえ。あのときは、もう死んでも構わないと思っていました」
「何故」
「死ぬほどの能力を使用しなくては、あの島を沈めることはできませんでしたから。わたくしが計画を失敗すれば、民を再び『世界』の支配下に置くことなりますもの」
「……お前は、民のためなら死んでもいいと、本気で思っているのか」
「……そのような星のもとに生まれましたから」
「お前は今でも、死んでも構わないと思っているのか?」
「……なんとも言えませんわ。夏彦がわたくしを殺したいと思うのなら、それに委ねます」
「……生きたいと、思わないのか」
夏彦の声が震えている。
「……今は、思います」
銃口を押し付ける力が、少し弱まる。
「死ぬはずだった日を乗り越え、夏彦のおかげで行くことのできない未来へ来ることができました。叶うことなら、これからも生きていきたいと思っておりますわ。できれば、夏彦と」
「!」
夏彦は、銃を下げる。
「夏彦……?」
はあ、とため息が聞こえる。
「お前が、もう疲れたから死にたいと言ったら、俺の手で殺してやるつもりだった」
それもいいかもしれない、と思ってしまう。
「#名前#、お前は、生きたいんだな?」
「ええ」
「わかった。少し抱えるぞ」
「えっ?」
戸惑っているうちに、背中と膝裏に夏彦の手が触れ、抱き上げられる。
「な、夏彦?」
「これから生きていくのに、いつまでも目が見えないと困るだろう」
「それは、どういう……」
「麻酔をかける。俺を信じろ、#名前#」
「え、ええ。それはもちろん……」
夏彦は、わたくしに全身麻酔をかける。
意識を手放した次の瞬間、夏彦の声が聞こえてくる。
「痛みはないか?」
「……ええ……」
目元には、包帯が巻かれている。
「これは……?」
「義眼を入れた。しばらくは不自由だろうが、その包帯が取れる頃には目が見えるようになっているはずだ」
「!」
義眼。
『世界』の医療技術はそこまでいっていたのか。
一条の技術では、まだ飾りの目をつけることしかできない。
「また目が見えるようになるぞ」
夏彦の声が弾んでいる。
目が熱くなる。
グッと涙をこらえる。
「涙は、目が見えるようになった時にとっておきますわ」
「……ああ」
それからまた1ヶ月。
夏彦の支えを経て、包帯を取る日が来た。
「ゆっくり目を開けてみろ」
言われた通り、ゆっくりと瞼を開く。
「っ!」
眩しい。眩しいのがわかる。
「大丈夫か?」
「え、ええ、少し眩しいけれど……」
ぼんやりとした輪郭から、徐々にはっきりとしてくる。
「さすが、夏彦ですわ。調整も完璧です」
わたくしの目が夏彦を捉える。
また、顔を見ることができた。
「まあな」
夏彦は、口ではそう言いながらも、心底安堵した顔をしていた。
「ありがとうございます、わたくしに目を与えてくださって」
「俺がしたくてしたことだ」
瞬きができる。光がわかる。色がわかる。目が、見える。
「失って初めて気づくとは、まさにこのことですわね」
目から、涙が零れる。
「ありがとう、本当に。心の底から感謝しています」
夏彦が、わたくしの手を握り、まっすぐに目を見つめてくる。
「俺と共に生きよう、#名前#」
「!」
「もうお前に、生きることを諦めさせたりしない。次お前が死ぬときは、もっと生きたいと未練を残すようにしてやる」
「……ふふ、あはは」
「な、なんだ」
少し、頬を赤くした夏彦。
ああ、彼はこんなにも愛おしい顔をしていたか。
「ええ、ええ。それはプロポーズかしら?」
「!」
「この目は、指輪代わりかしら」
「……はは、そうだな。まあ、きちんとした指輪はまた後日用意する」
「いえ。指輪はわたくしに用意させてください。素敵な目をいただいたお礼と、これからあなたと生きていく覚悟を込めて」
夏彦は少し驚いて、ああ、と頷いてくれた。
「これからは、どんなことからも俺がお前を守る」
「ではわたくしは、どんなことからも夏彦を守りますわ」
お互いに真剣な表情で言い合って、ふっと吹き出す。
これからは、他愛もないことでこうやって笑いあって生きていこう。
この愛しい人と、一緒に。
〜〜完〜〜