星のもと
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「その剣はなんだ?」
「ああ、これですか?」
夏彦は、わたくしが背負っている剣を指して聞く。
「これは、わたくしの能力の使用を促す装置ですの。剣の形をしていますけれど、切れ味はそんなに良くありませんわ」
「そうか」
「いきなり剣を振り回して暴れ回ったりいたしませんから、ご安心を」
「そんな心配はしていない。お前はそういう考えなしなことをするタイプじゃないからな」
口元に笑みを浮かべながら、夏彦が言う。
流石にそこまでの心配はされていなかったことに、少しだけ安堵した。
心配されるというのは、わたくしがそれだけ頼りなく思われているということだからだ。
「もうすぐ見えてくるぞ」
夏彦の声に、窓の外を覗くと、うっすらと島が見えてきていた。
「これが、『世界』の拠点……」
いよいよだ。
わたくしの、最期の務め。
「着陸するぞ」
「はい」
ズシリと、地に着いた感覚。
夏彦が開けてくれたドアから外に出る。
そこは、科学的に発展した街とは思えないような、森だった。
「ここが『世界』?」
情報としては知っていたものの、実際に目の当たりにすると、やはり驚く。
人が住んでいる気配がない。
少し歩いてみても、住宅らしきものは見当たらない。
「奥へ行くぞ。そこに能力者達もいる」
「ええ」
奥へ進んでいくと、その森に似つかわしくない装置がある。
「あなた……!」
夏彦を見て、声を荒げる少女がいる。
隣に見るわたくしを見て、彼女はまた声をあげた。
「#名前#様!?」
どこで会ったのだったか。
ああ、久我の巫女か。
「お久しぶりですわね、深琴さん。わたくしのことを覚えていてくださったなんて、光栄ですわ」
「知り合いか?」
「ええ、以前二度ほどお会いしたことがありますわ」
久我家は『世界』側の人間だから、ほとんど会うことはなかった。
横には、二条家の人間もいる。
「まさか、その男を仕掛けたのも一条様なのですか?!」
「夏彦?あなた、能力者にも手を出していたのですか?」
「ああ。こいつらを殺すのが、手っ取り早いからな」
目の前しか見えてない作戦だ。
今回のリセットのみを行わせなくていいなら、それでいい。
けれど、今後、何があってもリセットを行わせないためには、『世界』という根本から絶たなければ。
「あなた方を襲撃したことに関しましては、わたくしは何も関係ありませんわ。わたくしは『世界』という集合知の解体を望んでいるのですから、あなた方は無関係に巻き込まれた民ですもの」
能力者達は『世界』から能力を与えられたというだけで、巻き込まれた被害者のようなものだ。
今まで自分達で好き勝手に世界を運営してきたくせに、唐突に、理不尽に、現代の若者にこの地球の行く末を委ねる。
気に食わないにもほどがある。
「皆、リセットの話は聞かれましたか?」
状況を飲み込めず、夏彦を警戒しつつこちらを見ていた彼らは、夏彦が襲撃してこないことに少し気を緩め、わたくしの言葉を聞く。
数名が頷くのが見える。
「そうですか。ああ、間に合ってよかった」
「#名前#?」
夏彦が怪訝にわたくしを見る。
「夏彦、あなたは関係のない命が奪われることを、良しとしない方ですわよね?」
「ああ」
「そこのサングラスのあなた、あなたは夏彦の協力者ですね?」
「うん」
「深琴さん、朔夜さん、あなた方も命が失われることは、好ましく思いませんわよね?」
2人は顔を見合わせ、はい、と答えた。
「皆、科学者の退去はお任せいたしますわね」
「#名前#、何を───」
夏彦が問う前に、わたくしは背負っていた装置を起動させ、地面に突き刺す。
『一条#名前#、承認。起動します』
重い起動音の後、地鳴りが聞こえ始める。
「な、何!?」
「ひぃぃぃ!!!」
「どうなってるんだ!?」
皆が慌てる中、わたくしの狙いにいち早く気づいた夏彦が、通信機で指示を出す。
「この島の標高を監視しろ!」
アイオンと思われる電子の少女は、悲しげな表情を浮かべている。
「……」
「いきなり来て、驚かせてごめんなさいね。あなたのデータのコピーは一条家で保管しています。そこの少年、鈴原空汰でしょう」
「え?僕?」
「アイオンと話はした?」
「まだ……」
「そう。後少しなら時間があるから、この島が沈む前に、話したいことを話しなさい」
わたくしの言葉に、状況を飲み込めていなかったその場の全員が固まる。
「島が、」
「沈む……!?」
それまで能力者から姿を隠していた科学者も、外へ出てきたようで、何人かが銃を持っていた。
「今すぐやめろ!」
「やめないのなら撃つぞ!」
向こうが銃を構えるのと同時に、通信機で指示を出していた夏彦も銃を構える。
「夏彦は皆の避難を優先してください。わたくしは大丈夫ですから」
「……絶対にやられるなよ」
「ええ」
「くっ!」
銃声が響く。
わたくしの周りには大きな土の壁。
「残念ですけれど、その程度の銃は効きませんわよ」
後ろから、新たに科学者が出てくる。
「君、一条家の子だね。何か企んでいたのは知っていたけど、ここまで計画的だとは」
「それは、どういう……」
能力者の1人が聞く。
彼は、『世界』の人間だったのか。
「各地に保管していた『世界』バックアップが次々と消去されている。これも計画の内だろう?」
彼らはよくやってくれているらしい。
わたくしが旅立つ際、いくつかの軍はそのままバックアップ管理施設へと向かってもらったのだ。
そして今、その他の軍隊が、この島に向かっているはず。
それだけ航空機を用意すれば、全員逃げられるだろう。
念の為、船も呼んであるが、島を沈めていっている今、正直海は危ない。
「ええ。今わたくしを殺したところで、この装置は止まりませんし、この島は確実に沈み、『世界』の知識は全て消失いたします。集合知と呼ばれ崇められる時代は、本日を持って終了するのです」
地響きが止まらない。
順調に島は沈んでいる。
「それは困るなあ」
まだ冗談だと思っているのか、科学者は動じない。
それとも、何か隠し玉でもあるのか?
「わたくしは、『世界』の科学者を殺したいわけではありませんの。素直に従って、島から脱出していただけます?」
「そうだね。僕はそうしようかな」
相手はあっさりと諦め、その場を去っていく。
少々パニックを起こした他の科学者は、わたくしに向けて銃を乱射してくる。
「ですから、わたくしには効きませんわ」
装置が土地に馴染んでくると、自然とわたくしの周りに障壁を張る。
わたくしの能力で壁を作らずとも、銃弾を勝手に弾いてくれる。
「っ……」
装置がわたくしの生気を吸っているのがわかる。
次第に立っていられなくなり、その場に膝をつく。
目からは血が流れ、息が荒くなっていく。
「っはぁ、はぁ……」
島は、半分ほど沈んだだろうか。
水の気配が先ほどより近くなっている。
「くそ!」
わたくしへの反抗を諦めた科学者達は銃を捨て、逃げ出していく。
能力者達も、島の外へ出ていったらしい。
銃が出てきたところでアイオンと共に別の場所へ移動した鈴原空汰は、やがてこちらへ戻ってきた。
「お話は、終わった……かしら?」
「うん。お姉さんが、この子のデータを持ってるの?」
「ええ。100年ほど前の、データの、コピーを……」
大丈夫?と問いかける彼に、わたくしは頷きで返した。
「少ししたら、一条の人間が、来るはずです……」
それまで待つよう伝え、傍に控えさせる。
しばらくすると、海水が目視できるようになってきた。
少し、遅いな。
内心焦りながら待っていると、来たのは夏彦だった。
「#名前#!」
「夏、彦!?」
もうぼんやりとしか目が見えていないわたくしは、音や気配で状況を知るしかない。
駆け寄って来ようとした夏彦は、一歩手前で止まる。
障壁を気にしたのだろう。
何かあったのかと顔を向けると、夏彦は端的に状況を教えてくれた。
「一条の航空機が数機来たが、途中で何機か撃ち落とされたらしい」
それで、と夏彦は続ける。
「ここへ辿り着いた航空機も、いくつか通信機能がやられてる」
「そ、んな……」
撃ち落とされた、ということは、ここへ来るまでに襲撃してくるような相手がいたということ。
通信機能がやられている状態で、その中を戻っていくのは難しい。
「科学者達は意地でも一条の世話にはならないつもりらしい。自前の航空機で脱出していった」
つまり、一条の航空機に乗るのは、一条の人間だけ。もしくは能力者。
おそらく、攻撃を仕掛けてきたのは『世界』の科学者達だ。
「深琴、に……。あの、子に……頼んで、ください」
彼女の能力は「結界」。
協力してもらえるかはわからないが、彼女を頼るしかない。
鈴原空汰は夏彦の航空機に乗せてもらおう。
「あなたの、ところに、彼を」
「……いいだろう」
この際致し方ないと思ったのか、夏彦は承諾してくれた。
「あり、がとう…ございます」
へら、と笑った顔は、おそらくかなり弱気なものだっただろう。
「この子を、連れて、早く……」
「しかしお前は、」
「わたくし、は……大丈夫、です」
嘘だと、わかっていただろう。
しかし夏彦は、わたくしが譲らない気だと察してくれたらしい。
悔しそうに舌打ちをし、ついてこい、と空汰を連れていく。
「絶対に迎えにくる。それまで耐えろ」
夏彦はそう言ってくれたけれど、きっと間に合わない。
けれど、そう言ってもらえるだけで、わたくしはもう十分だった。
「ええ」
力を振り絞って声を出す。
それから、どれくらい経ったかわからない。
徐々に足が濡れてきて、もう胸ほどまで沈んだか。
座っているから、沈みが早い。
傍にいたアイオンもやがて姿が見えなくなる。
わたくしは最期の力を振り絞り、島の中心部一帯に土で針山を作る。
確実に機械を壊すためだ。
もう中心部に残っているのは、わたくしだけ。
針山にしたところで被害者はいない。
「っ……」
もう目は見えない。
声も、もう出ない。
身体中が怠く感じる。
徐々に針山を戻していくと、もう限界だった。
首ほどまで沈んでいた身体は、そのまま水中に倒れこむ。
わたくしが持ってきた装置は、わたくしが手を離しても、正常に機能している。
わたくしのお役目は、これで終わり。
最後に思い浮かぶのは、やはり夏彦の顔だった。
彼と共に未来を生きていけたら、そう思わずにはいられない。
けれど、このお役目を与えられたその時から、わたくしは未来など望んではいけなかった。
夏彦のせいで未練ができてしまったな、と思いながら、わたくしは意識を手放した。