星のもと
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屋敷に戻ると、虎雄やチーム長、皆が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、女皇陛下!」
門の前には国民も押し寄せている。
「皆、出迎え感謝いたします。わたくしはこの通り無事ですわ」
「陛下、よくぞご無事でお戻りくださいました」
「たった3日ほどで大げさですわ。皆、息災でしたか?」
「はい!」
「わたくしは仕事へ戻ります。皆も、普段通りの生活を」
わたくしへ恭しく頭を下げると、皆それぞれ散っていく。
虎雄から様々な業務について状況を聞き、チーム長から研究成果を聞く。
「ああ、夏彦、今回は付き合ってくださってありがとうございました。わたくしは業務に戻りますわ」
「ああ。無理はするなよ」
「はい」
夏彦と別れ、わたくしはまた業務に戻る。
これといった特別なことは何もなく、日々は過ぎていく。
施設へ向かうまでと同じように、民からの要望書を整理し、各部署へ指示を出し、時には戦況を判断して隊を動かし、チーム長から研究の成果を報告してもらう。
ご飯は時々夏彦と一緒に食べたが、それ以外で夏彦と過ごす時間はほとんどない。
夏彦は夏彦で、最近また時折出かけていくようになった。
何をしているのか、と聞いても、大したことじゃない、と返ってくるだけ。
気になって虎雄に調べさせたら、また戦地へ赴いたり戦場近くの村に物資を運んだりしているらしい。
能力者達との接触もあったようだ。
「虎雄」
「はっ」
「能力者達の動きは?」
「現在、『世界』の拠点があると思われる方向へと真っ直ぐに向かっております」
「あと、どれくらいかしら」
「おそらく、あと5日ほどで到着するかと」
「……そう」
能力者達があちらへ着いたら、わたくしは最後の務めを果たすことになる。
「……国内放送で、民に呼びかけを」
「ついに、ですか」
「ええ。少し早いかもしれないけれど、いきなり言われては民も驚くことでしょう」
「承知。すぐに準備を進めます」
「ええ」
虎雄が去ったのを見計らってか、チーム長が中へ入ってくる。
「#名前#様」
改まった真剣な表情。
「長い間、お世話になりました」
虎雄とのやりとりを聞いていたのだろう。
ついに、この時が来たのだと。
「おやめになって。お世話になったのはこちらの方ですわ」
「いえ。あなたの代になってから、研究は大きく進みました。先代が不満だったわけじゃありませんが、あなたは我々をよく使ってくださった。文明の廃れたこの時代に、行き場をなくしていた我々に確固たる居場所を築き上げてくださった。それだけでかなり感謝してますよ」
わたくしが小さい頃から、ここで研究者として働いていた彼。
子供相手に活き活きと研究について語る彼の姿を見て、わたくしはもっと彼に自由に研究をさせてあげたいと感じたのだ。
前チーム長が病で倒れてから彼に引き継がせ、そのおかげで我が国はここまで発展することができた。
こんなにも便利な時代を築けたのは、彼に研究と人を使い育てる才能があったから。
「その居場所は、わたくしが築いたのではなく、あなたが自分自身で築き上げたものですわ。わたくしはただ、研究できる場と人員を提供しただけですもの」
「あなたが土台を作ってくださったのです。本当に感謝してますよ」
彼とも、もう会うことはないだろう。
「荷造りは終わりましたの?」
「まだです。そんな追い出そうとしないでくださいよ。せめてギリギリまで、この国にいさせてください」
「そんなつもりでは……」
チーム長は泣きそうな顔で笑う。
「次の行き先は決まっていまして?」
「いえ。僕自身、もう長くないでしょうから、次の土地を最期の地と決めようかと思っていまして。慎重に吟味しています」
「そうですか。……どうか、良い人生をお過ごしくださいませね」
「#名前#様にそのようにおっしゃっていただけただけで、僕の人生はもう良い人生になっていますよ」
それでは僕はこれで、と頭を下げ、チーム長は退室していった。
ふう、と一息ついたところで、虎雄が再び戻ってくる。
「準備完了いたしました。3時間後に屋敷前に集まる手筈です」
「ありがとうございます。虎雄も、よく働いてくださいました」
「……いえ。俺は最期まであなたの傍に」
「いいえ。あなたにも、もう居場所があるでしょう?」
「っ!あんたなら最後にはそういうだろうなって思ってたけど、俺は!あんたに拾われてなかったら今生きてないんだ。最期まで、あんたの傍にいさせてくれよ……」
虎雄は珍しく取り乱す。
そういえば、ここへ来た当初の彼は言葉遣いも乱暴で、周りのみんなに怒られていた。
それを、わたくしや皆が協力して、今の状態まで作り上げた。
尖っていた彼も、ずいぶん丸くなって、部隊の皆に愛される隊長と慣れている。
「虎雄。わたくしはあなたに、生きていてほしいのですわ」
「!」
「警戒心むき出しだったあなたが、今ではこんなに温かな感情を灯すようになった。わたくしはそんなあなたに、これからも生きて、幸せになってほしいのです」
「……」
「虎雄、わたくしは、」
「もういい!!」
部屋に声が響き渡る。
「虎雄……」
「あんたにとって俺は、その程度で切れる存在ってことだろ」
虎雄は俯き、その表情は見えない。
けれど、彼の纏う雰囲気が、傷ついていることをわたくしに知らせている。
「違います、そういうことでは……!」
「っ!」
「待ってください!」
虎雄はわたくしの前から走り出す。
追いかけないと。
こんな別れ方は嫌。
「待って、虎雄……あっ!」
突然走り出したからか、頭痛がする。めまいがする。
わたくしの体が傾く。
今は兵も皆、民の誘導のために出払っている。
転ぶ、と思い目を瞑るが、衝撃はない。
「!#名前#様!」
先を走っていた虎雄が慌てて引き返してきて、わたくしを抱きとめていた。
「お怪我は!?」
「い、いえ。大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「……おい、何をしている」
通りかかった夏彦が、ひくついた表情で立っている。
「貴様、#名前#に何を……!」
「!」
虎雄のせいではないのに、ばつが悪いと思ったのか、再び走って行ってしまう。
「大丈夫か?」
「ま、待って、虎雄!すみません、夏彦。わたくしはここから動けそうもないので、彼を捕まえてわたくしのところに連れてきてください!」
「は、」
「早く!」
「あ、ああ!くれぐれも無理に動くなよ!」
状況を飲み込む前に、夏彦は走り出してくれた。
虎雄は動揺していたから、いつものような動きはできないはず。
それならきっと夏彦にも捕まえられるだろう。
「……#名前#様?」
開発レポートを持ってきたのか、先ほど別れたチーム長がわたくしを見つけ、駆けつける。
「何があったんですか!?」
「いえ、その……」
「まさか、虎雄君と一悶着ありました?」
「……」
チーム長は本当に人をよく見ている。
「まあ、ひとまず僕に掴まってください。部屋に戻りましょう。誰かに追いかけさせたんでしょう?」
「ありがとうございます……」
チーム長の肩を借りて部屋に戻り、椅子に座って一息つく。
彼は「それで?」と事の次第を話すよう促してくる。
彼の空気に負けて、わたくしは事の顛末を話した。
そして、なぜ虎雄に逃げられたのか、なぜ虎雄があのように感じてしまったのか、わからないことも。
「ははあ、なるほど。まあ、#名前#様は虎雄君の決意を軽く考えすぎってことでしょうね」
「え?」
「彼は、あなたのためなら命を投げ打っても構わない、それくらい、というか本当にそう思ってますよ」
「そんな……。そのようなこと、わたくしは、」
「ええ、あなたはそのようなことを望むような御方じゃありません。ですが、彼にとってあなたは、それくらい大きな存在だということです」
虎雄は、わたくしに助けられたことを恩に感じて、それほどまでに想ってくれているのだろう。
けれど、それではダメだ。
わたくしがいなくなっても、彼には生きていてほしい。
「では、どうしたら……。それでもわたくしは虎雄に生きていてほしいのです」
「簡単なことですよ。命令にしちゃえばいい」
「そんな……!」
「あなたは彼に生きていてほしい、でも彼はあなたの傍にいたい。これを何の障害もなく解決なんてできませんよ」
「……」
「あなたが命令として彼に生きるよう命じれば、彼はそれに逆らえない」
「そんな生き方は……」
「あなたは優しすぎます」
「優しいわけではありませんわ。わたくしは、わたくしの勝手で彼を助け、わたくしの勝手で『生きろ』と言っているのです……」
「……」
少し呆れたような顔をしたチーム長は、やれやれ、と肩を竦めた。
「あなたが思っているよりも、虎雄君はあなたのことを想っていますよ。ということだけ、僕はお伝えさせていただきます」
「……ええ。ありがとうございます」
では僕はこれで、と言い、出て行くチーム長と入れ替わるように、夏彦が暴れる虎雄を押さえつけながら入ってくる。
「おいっ離せ!!!」
「#名前#、連れてきたぞ」
「!ありがとうございます、夏彦!虎雄、手荒な真似をしてすみません」
「……」
「俺は、外にいる。また何かあったら呼べ」
「ありがとうございます」
夏彦は微笑み、扉をあけて出て行く。
虎雄はもう逃げる気が失せたようで、黙って俯いている。
「悪かった、逃げたりして」
「いえ……。わたくしも、配慮に欠けた発言でしたわ」
どう伝えたら、彼にわかってもらえるだろうか。
「虎雄」
虎雄の手を取り、真っ直ぐに彼を見つめる。
「っなんだよ、」
恥ずかしいのか、虎雄は顔を逸らす。
「わたくしと、共に『世界』の元へ行きたいのですか」
「!」
わたくしの言葉に、弾かれたように顔を上げる。
「あ、ああ!」
「……では、妥協点です」
「?」
虎雄の要望を受け入れつつ、わたくしの要望も叶えるには。
「わたくしについてきても構いません。ですが、生きて帰ってください」
「……は!?」
「あなたはわたくしとともに計画に同行したい、でもわたくしはあなたに生きてほしい。ですから、これが妥協て───」
「それはダメだ、#名前#様」
珍しく低い声で、虎雄は強く手を握り返してくる。
「え……」
「俺はあんたの計画に付き合いたいんじゃない、俺の知らないところであんたが死ぬのが嫌なんだ」
「!」
「……今回の計画、帰ってこないつもりだろう」
図星だった。
虎雄に計画の全容は話していないけれど、もうわたくしはここに戻るつもりはなかった。
「それは、死ぬってことじゃないのか」
「……わたくしに、嘘をつかせないでください」
死ぬといえば、虎雄は必ずついてこようとする。
でも、死なない、とは言えない。虎雄に嘘はつきたくないから。
「#名前#様……」
「とはいえ、虎雄を連れて行ったからといって、わたくしが生き残れるわけではありませんわ」
「そんなこと、」
「ありますの。わたくしは誰かに殺されるのではなく、能力の過度な使用によって、命の危険に晒されるのです」
「!」
虎雄は唇を噛み締めて俯く。
わたくしはそっと優しく包み込むように、虎雄を抱きしめた。
「どうか自分を責めないで。そもそもわたくしは、そういう星のもとに生まれてきたのですから」
「そんな、悲しいこと言うな……」
「ありがとうございます。あなたのように、わたくしのことを想ってくださる方がいるだけで、もう十分ですわ」
「……っ」
「わたくしにとって虎雄は、とても大切な存在ですの。あなたをこの国へ迎え入れた時から今まで、わたくしの傍にいてくださったこと、感謝していますわ」
「……」
「あなたのことは、本当の弟のように愛しています。血の繋がりはないけれど、あなたと一緒にいられて、わたくしは幸せでしたわ」
「……俺も、」
虎雄は震えた声で言う。
「俺も、あんたに拾ってもらえて、ずっと傍に置いてもらえて、幸せだった……。あんたの役に立てることが、嬉しかった」
「……ええ」
「でも、もう俺の役目は終わったんだな」
「……その通りですわ」
わたくしの言葉に、虎雄の体がビクッと跳ねる。
「あなたのお役目はここまで。これから先は、わたくしのお役目です。ですからここで、わたくしとはお別れいたしましょう。あなたはこれから、わたくしの存在とは関係なく生きていくのです」
「……」
鼻をすする音が聞こえ、ゆっくりと虎雄が体を離す。
「……駄々をこねて、悪かった」
「いいえ。わたくしこそ、あなたに無理を強いてしまって申し訳ありません」
「謝るなよ。俺はあんたにそれだけ大切にしてもらえてるってことだろ」
わたくしの想いは、伝わったようだ。
「ええ。もちろんですわ」
わたくしはもう一度虎雄と抱き合い、部屋の外へ出る。
「お待たせいたしました、夏彦」
「終わったのか」
夏彦はチラリと虎雄を見て、虎雄は夏彦を睨み返していた。
「あんた、#名前#様と一緒に行くんだろ」
「は?」
「この人のこと、頼んだぞ」
それだけ伝えて、虎雄はいなくなった。
夏彦には、まだ計画のことは話していない。
これからきちんと、話をしなくては。
話を促すようにこちらを見てくる夏彦に微笑みだけを返し、わたくしはその場を離れた。