星のもと
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翌日、早朝に夏彦が部屋を訪ねてきた。
「まあ!おはようございます、夏彦」
「ああ」
「……」
「……」
支度を終えて扉を開けると、ちょうど夏彦がノックしようとしているところだった。
夏彦は少し気まずそうに視線を逸らし、何かを言いたそうにしている。
「わたくしに何かご用なのでしょう?お入りになって」
夏彦が通りやすいように少し道を空けると、ああ、とだけ言って、夏彦は中へ入った。
「そちらへおかけになって。今お茶を入れますわ」
「いや、すぐ終わる」
「そう、ですか?では」
わたくしは夏彦の向かい側に腰掛け、言葉を待った。
「……しばらくここに留まることにした」
「つまり、戦場に赴くことを控える、ということですか?」
「ああ」
「……では、これからは毎日会えますわね」
わたくしがそう言って微笑むと、夏彦は複雑そうな顔をした。
「そうなるな」
「……?」
何だか、夏彦の様子がおかしい。
別にお喋りな人ではないけれど、ここまで返事が淡白なことはなかった。
ここへわざわざ訪ねてきて、大人しく座って、それでいて返事はどこか心ここに在らずといった様子。
「夏彦、どうされましたの?何だか様子が変ですわ。もしや、どこかお体の具合でも……?」
「大丈夫だ」
「そう、ですか……」
「お前に、どう伝えたらいいか考えていた」
「?」
「……庇護欲を、お前に対して抱いているようだ」
「庇護欲、ですか?」
「ああ」
庇護欲は、弱い立場にいる人間に対して抱くもので、わたくしには当てはまらない。
国をまとめ、むしろわたくしが民に対して抱く方がしっくりくる。
「それは何とも……不思議ですわね」
「そうか?」
「具体的に、どのようなところに対して庇護欲を抱かれているのか、お聞きしてもよろしくて?」
「……お前と実際に会うまで、1つの国をまとめ、軍の指揮を執り、『世界』と渡り合おうとする一条#名前#という人間は、超人のようなものだと思っていた」
「……」
「だが、実際に会ってみれば、当然ただの人間だ。俺と同じように飯を食い、人の死を悼み、民が安心できるようにと努力している人間だ。睡眠時間を削り、自分の時間を削り、そうして超人的な仕事量をこなしているに過ぎなかった」
夏彦は、これまでのことを思い出すようにして、話し続ける。
わたくしが知らなかっただけで、夏彦はわたくしのことを意外とちゃんと見ていた。
「お前の眠る姿に、俺は一種の危うさを見た。放っておいたら死んでしまうのではないか、誰かが休ませてやらねばならない、そう思い始めると、お前のことが頭から離れなくなった」
夏彦に眠る姿を見せたのは、あの時の一度だけ。
それからずっと、そんなことを考えていたのか。
「夜空を見上げた時も、戦地に赴いている時も、お前が倒れていないか、きちんと眠れているか、気になって気が散る」
思えば、夏彦は帰ってくるたびに、何かを確認するようにわたくしの元へ報告に来た。
わたくしはその報告のおかげで外の状況を知ることができるため、いつも報告を楽しみにしていた。
「俺は、お前を守りたい」
「!」
「お前の支えとなりたい」
「……それは、告白ですか?」
「そう捉えたければそうしろ」
「ふふ、直球で気持ちを伝えてくださったかと思いましたのに、そこはおっしゃってくださらないのですね?」
「……」
夏彦はばつが悪そうに目をそらす。
「わたくしはこの国を、この国の民を愛しています。統治者として、あなた一人を特別視してしまっては問題があるかもしれません。それでもわたくしは、夏彦との関係に名が欲しいと思ってしまうのです」
「……#名前#…」
「共に過ごせる時間は短いでしょう。ですが、夏彦。わたくしと、恋人になってくださいますか?」
夏彦はわたくしが差し出した手を取り、静かに頷いた。
「……さっきは言わなかったが、」
「?」
「……愛している、#名前#」
「!……わたくしも、愛していますわ、夏彦」
それから共に朝食を摂り、わたくしは業務へ、夏彦は研究を始めた。
関係に名前がついたからといって、特に変化はない。
変わったのは、夏彦がこの屋敷に滞在するようになったことと、ご飯を一緒に食べるようになったことくらいだ。
相変わらずお互いに忙しく、ゆっくり話せるのは夜。
それでも、夏彦との時間に、わたくしは安らぎを感じていた。
虎雄が情報を携えてきたのは、そんな時だった。
「女皇陛下」
「虎雄?」
「最後の施設の場所がわかりました」
「!」
「こちら、報告書になります」
「ありがとう」
虎雄から受け取った報告書を早速開く。
そこに目を通しながらも、各地の問題への対処を使いの者に伝える。
「北の地の資源は、東から補給してください。西は豊作のようですから、南への寄付を募りましょう」
「はっ」
虎雄から受け取った報告書にあるのは、『世界』が保有するデータのバックアップがある場所だ。
『世界』は島の中だけでなく、隠された場所にバックアップを取ってあるらしいという噂を聞き、世界中を探させていた。
見つけたのは5ヶ所。
これ以上もう探せるような場所はなく、これが最後だろうと踏んでいる。
一条家の最終計画を実行するには、これらの場所がわかっていなければならなかった。
これで、実際にここへ赴き確認が取れれば、あとは能力者たちが島に到達するのを待つだけだ。
「そこの兵士、夏彦を呼んできてくださる?」
「はっ」
「わたくしはしばらくここを不在にします。その間の指示はこれまで通り虎雄に一任します」
「承知」
しばらくして、夏彦が兵士に連れられてやってくる。
「どうした?」
「わたくしの共に遠出をしましょう、夏彦」
「遠出?」
「ええ。そろそろ保有しているジェット機を出しても支障ない頃合いでしょうし、久しぶりに動かすので、その試運転も兼ねて、こちらに」
虎雄から渡された報告書に載っている地図を見せる。
「ここに何かあるのか?」
「……ええ。とっておきの宝物がありますのよ」
夏彦は、知らされていないのか。
前に聞いた話からすると、機密事項を共有されるような歳になる前に『世界』から逃げたようだし、知らなくてもおかしくはない。
行って設備を見れば、夏彦も『世界』に関係する場所だと気付くだろう。
「今日の夕方頃に出発しますわ。準備を」
「わかった」
それから夕方までできる限りの業務をこなし、夏彦と共に旅立った。