第6章
夢小説設定
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イッキ先輩との誤解も解けて、平穏な生活が戻ってきた、のならよかったのだけれど、FCからの嫌がらせが徐々に悪化していた。
人気のない道を少しでも歩けば上から花瓶が落ちてきたり、人混みの中を歩いていると通りすがりに服を切られそうになったり。
ネットの方はお父様が対応してくれているから、知らない男に声をかけられることはほとんどないが、物理攻撃の方は自分で何とかするしかない。
サカキも、私のすぐ傍を張り込んでいるわけではないので、本当に死にそうなくらいの攻撃から守ってくれるくらいだ。
ちょっとしたことでは出てこない。
「どうかした?」
そんな日々が続いたせいか、私はすっかり警戒心丸出しになってしまっていた。
イッキ先輩と一緒に帰っている時も、常に周りに意識が向いてしまう。
「えっ?」
「さっきからずっとキョロキョロしてるから」
「あ、ああ、いえ、大したことでは、」
「……」
「あ……」
最近のイッキ先輩は、私に対して訴えるような視線を向けてくることが多くなった。
私が未熟なせいで、心配をかけてしまっている。
大したことではなくとも話せと。
「……僕ってそんなに頼りないかな?」
「えっ、そんなことありません!」
「でもマコちゃんは何も話してくれないし、僕は信用できない?」
「そういう、わけでは……」
ただイッキ先輩に余計な気を使わせたくないだけなのに。
でもこのまま「何もない」で終わらせれば、私がイッキ先輩を信用していないことになる。
少なくとも、私の様子がおかしいとイッキ先輩は思っているわけで。
どうしたら、と思っていたその時。
「マコ」
背後から私を呼ぶ声がした。
聞き覚えのある声。
嫌な予感がしながら振り返ると、そこには元婚約者のリョウがいた。
「リョウ……」
ため息混じりにそう言うと、リョウはわざとらしく傷ついた顔をしながら近づいてくる。
「随分な態度だな」
「あ、君、」
「どうも。マコの婚約者です」
「その話ならもう通じない。彼の誤解は解いた」
「誤解、ねえ」
「あなたとの婚約関係は随分前に解消されている。今更何か用でもあるのか?」
「おいおい、仮にも何度も食事に出かけた仲だろう?冷たすぎないか」
ただでさえFCのことで頭を悩ませているのに、何故こいつはこういうタイミングで出てくるのか。
冷静でいるのが、苦しい。
「いつの話をしている?婚約解消してからあなたとは一度も会っていないだろう」
「確かにそうだな、俺の知らない間に勝手に婚約破棄など随分なことをしてくれたものだ」
「……は?」
リョウの両親は、こいつにもきちんと話をしたと言っていたはず。
「突然、もうマコには会うな、と親に言われそのまま留学していたから、俺の知らない間に、で合ってるだろう?」
「……なるほど」
こちらと噛み合っていない原因がわかった。
つまり、リョウの両親は何故私とこいつが破談になったのか、こいつに説明をしていないわけか。
だからこいつは自分に原因があるなんて知らず、のこのこ私の前に現れた。
そしておそらく、親はこのことを知らない。
自分の息子に現実を突きつけられず、もう私と会わなければ伝えていないこともバレないだろうとタカをくくり、黙っていたということか。
留学なんてしてしまえば、こいつは私のことなど忘れると思っていたんだな。
「……」
イッキ先輩は、場の空気を察して、どう動くべきか考えているようだった。
このまま無駄な時間を過ごさせるわけにはいかない。
「リョウ」
「ん?何だ」
「あなたはまず、ご両親に私と会ったことを話せ」
「はあ?何でそんな、」
「そうすれば全てわかる。私は、これ以上あなたに対して時間を割く気はない。そして、ご両親には「もう二度と菓子折りなど送ってくるな」と伝えろ。話はそれだけだ」
「は?菓子折り?一体何の話───」
「行きましょう、イッキ先輩」
私は半ば強引にイッキ先輩の腕を引く。
「いいの?」
「はい」
私は引き留めようとするリョウの声を無視し、どんどん歩いて行った。
「ねえ、」
リョウの声が聞こえなくなってしばらく。
イッキ先輩が口を開いた。
「あの、リョウ君のこと聞いてもいいかな」
「?」
「君と彼の話。……話したくなかったら無理には聞かないけど」
口論を聞いていれば、内容が気になるのは当然かもしれない。
「あまり、楽しい話ではありませんよ」
「うん」
それから私は、イッキ先輩の家に上がらせてもらい、リョウとのことを話し始めた。
「リョウとは、父に勧められたお見合いで出会ったんです」
まだイッキ先輩と出会う前。
私の将来を心配したお父様が、勝手にお見合いを決めてきた。
相手は取引先の社長の息子で、家柄にも申し分ないと。
とはいえ、うちの立場が弱いわけでもなく。
嫌だと思ったらやめていいから、ひとまず会ってみないかと、その程度のお見合いだった。
漫画で読んだような政略結婚とやらかと身構えていたから、「やめてもいい」という一言は、私の心を軽くした。
写真ではキリッとした顔立ちの誠実そうな男だったが、実際に会ってみると、そんなイメージは崩壊した。
「初めから、態度が大きい方だなと思っていたのです。初めてお会いした料亭でも、これが嫌いだアレが嫌だと文句ばかりで、私が美味しいと言って食べても、味覚がおかしいんじゃないかと言ってきたりしましたし」
「そんな人いるんだ……」
「彼のご両親は必死でフォローされていましたけれど、それを見て「ああ、甘やかされて育ってきた人なのだな」と私も父も思いました」
そんな彼と婚約関係を継続してもいいかと思ったのは、何だかんだで話は聞いてくれるし、私自身好きな相手が他にいるわけでもなかったし、時折見せる彼の笑顔に、自分の失ってしまった子供らしさを見た気がしたからだった。
早くから親の仕事を間近で見始めた私は、空気を読んだり、気を使ったり、大人のような振る舞いをすることが身についてしまっていた。
そんな中で彼の子供らしさを見て、少し、羨ましく思ってしまったのだ。
「彼との関係が拗れ始めたのは、彼に私以外の女性との関係ができた時からです」
1年ほど彼との関係が続いた頃、何を思ったのか、彼は突然「恋人ができた」と知らない女の子の写真を私に見せてきた。
初めは理解できなかったが、彼にとって私との関係はその程度の認識だったのかと思い、父には一応知らせて、受け流した。
「それから何度も、恋人ができる度に、彼は写真を見せてくるようになりました。いまだにその真意はわかりませんが、私との婚約を軽んじていることは明らかでした」
「そんな……」
「そんなことが続いていたある日、私はイッキ先輩に出会ったのです」
「え?」
「ずっと言わずにいようと思っていましたが、私、イッキ先輩と同じ高校だったのですよ」
「あ、だから「先輩」?」
「はい。同じ部活だったわけでも、親しくお話をさせていただいたわけでもありませんが、私にとって、先輩と出会ったあの一瞬は、大きな出来事でした」
「ごめん……、見覚えあるなとは思ってたんだけど、思い出せない……」
「いえ!そんな、お気になさらず。私が勝手に重く受け止めているだけですから。……リョウはずっと私に恋人の話をしてきていましたから、私も話そうと思って、イッキ先輩の話を彼にしたのです」
あの時のことは、今でも鮮明に思い出せる。
リョウがいつも自慢げに話していたように、私にも好きな人ができたと。
嬉しい出来事を彼と共有するように、今までのどんな時よりも笑顔で話していたと思う。
「私は彼と会った時、先輩の話をたくさんしました。恋人ではないけれど、廊下ですれ違ったり、ふと見かけたりするだけでも嬉しくなって、毎日が色づいていくようだと」
「……君との出会いを覚えてないことが、今本気で悔しいよ」
「いいんですよ、本当に。そんな運命的な出会いをしたわけでもありませんし。落としたプリントを拾っていただいただけですから」
「うーん……一度だけ、部活の後輩に呼び出されてクラスまで行ったことがあったはず……」
「!」
「あ!もしかして、あの時クラスの子のプリント持って歩いてて、風に飛ばされちゃった子?!」
「そ、そうです!まさか、思い出していただけるなんて……」
「でもそれ以外で関わりって、」
「ありませんよ。イッキ先輩と関わったのは、あの一回きりです。それからはもう一方的でしたから」
見かける度に目で追ったり、人づてに噂話を聞いたり、遠目に体育の授業を見ていたり。
完全に一方通行だった。
「リョウにイッキ先輩の話をした時、何故か彼はすごく怒ったんです。「それは浮気じゃないのか」って」
「えっ」
「彼だって恋人の話を私に散々していたのに、何故私は許されないのか理解できませんでした。でも彼は続けて「俺が選んでやったのに他のやつに惚れるなんてありえない」と言ったのです」
どちらかといえば私は、選ばれたというより、渋々引き受けてあげたという認識だったため、それを言われた時は本当に驚いた。
詳しく事情を聞いてみれば、いくつかお見合いの話を持ちかけられ「みんながリョウと婚約したがっている」と親に吹き込まれたらしい。
他に誰がいたのかと聞いてみると、申し訳ないが、家柄でいえば私が一番なのは誰が聞いても明らかだった。
つまり彼は、自分がモテモテで、相手のステータスを見て自分が選んでやったと思い込んでいたのだ。
「彼は人を疑うことを知りませんでした。私は彼からその話を聞いた時、私を選ぶよう、親に誘導されたのだなとすぐに気づきました」
彼の性格を理解して、私以外の選択肢にどのような人を混ぜればいいかわかっていたのだろう。
「私は父を通して、彼のご両親とコンタクトを取りました。そして、彼抜きでお話をさせていただいたのです。これまで彼にされてきた話と、私が話した内容への彼の態度について」
「ご両親は、その、信じたの?」
「私の話だけでは信じられなかったかもしれませんが、私は彼との会話を常に録音していたのです。今後嫌になって破談にしたくなった時に役立つかもしれないと思って」
「すごいな、用意周到だ」
「音声を聞かせると、ご両親は真っ青になって謝ってきました。私は「謝罪はいらないので破談にしてください」と言ったのです。ご両親は、息子にはよく言って聞かせる、本当に申し訳なかったとおっしゃいました」
「あ、さっき言ってた菓子折りって、」
「はい。この一件があってから、父もあまり彼や彼のご両親に対して良い印象を持っていませんので。それを察してか、毎年一度菓子折りを送ってくるのです。……全て中身も見ずに送り返しているのですが」
「……だから、さっきあんなに怒ってたんだ」
「すみません、お見苦しいところをお見せしてしまって」
「そんなこと言わないで。僕は今君の彼氏なんだから」
「……」
改めて言われると、なんだか恥ずかしい。
「私、そろそろ帰りますね」
「結構遅くまで話しちゃったね、ごめんね。送っていくよ」
「いえ!サカキが迎えに来ますから」
「……そっか。じゃあ、また明日ね」
「!」
そういってイッキ先輩は私を抱きしめる。
驚いて思わず硬直していると、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
「まだ慣れない?こういう時は僕の背中に手を回すんだよ」
「は、はい」
ぎこちなくイッキ先輩の背中に手を添えると、いい子だね、とイッキ先輩は満足げに言った。
少しして、体を離す。
「じゃあ、またね」
「はい。お邪魔しました」
頰の熱を払うように手で仰ぎながら、私は迎えに来たサカキの車に乗った。