第5章
夢小説設定
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イッキ先輩の家に着き、サカキには先に帰るように指示を出した。
迎えが必要なら、また呼ぶからと。
深呼吸をして、イッキ先輩の家のインターホンを押す。
しばらくしても、返事はない。
何度も鳴らしては迷惑かと思いつつ、もう一度だけ押す。
しかし、中から物音はしない。
「留守、かしら……」
諦めてマンション入り口で待とうと戻ろうとした時、眠そうな声で『どちら様ですか?』と聞こえる。
ハッとして戻り、「あの、」と言ったところで、目が覚めたように『あれ、マコちゃん!?』と慌てたイッキ先輩の声が聞こえる。
「すみません、その、ご連絡もなく突然押しかけてしまって……や、やっぱりご迷惑……でしたよね……?お休みになられていたようですし、本日はこれで───」
『───待って。今開けるから、少しだけそこで待ってて』
イッキ先輩の真面目な声音に、少しだけ背筋が伸びる。
何か怒っているのかな、やっぱりご迷惑だったかな、イッキ先輩がドアを開けるまでの数分、色んなことが頭の中を巡った。
ガチャ、という音とともに、中から部屋着姿のイッキ先輩が出てくる。
「お待たせ。入って」
「は、はい。お邪魔します」
中に招き入れられ、何から話そうか定まっていないことに気づく。
きちんと段取りを考えて来るんだった……。
「あ、あの、これ、大したものではないのですけれど……」
そう言って、用意しておいた手土産をひとまず渡す。
「え、そんな気を使わなくていいのに。ありがとう。……これ、コーヒー?」
「はい。イッキ先輩、コーヒーがお好きですよね?インスタントですけれど、そこのコーヒーは美味しいと評判が良いので、よろしければ……と」
「ありがとう。さっそく飲んでみてもいい?」
「あ、はい!どうぞ」
「じゃあ、適当に座ってて」
「は、はい……」
一人暮らしと聞いていたけれど、散らかっていないな、とか。
落ち着いた色合いのお部屋だな、とか。
関係のないことばかり考えてしまって、思考がまとまらない。
他人の部屋に入るのも久しぶりで、ずっとそわそわしてしまう。
「お待たせ」
「あっ、ありがとうございます」
イッキ先輩がテーブルにマグカップを置いてくれる。
「おいしいね、これ」
イッキ先輩は早速カップに口をつけると、そう言って微笑んだ。
「お口に合って良かったです」
それから数分、沈黙が続いた。
私は何から話したらいいか迷って、なかなか話を切り出せず、何度も両手を合わせたり摩ったりしながら、考えていた。
でも、イッキ先輩の誤解を解かないと。
女性不信が加速してしまうかも。
……いや、でももしかすると、私が婚約者にもなびいた方が、『目』に振り回される女の子ばかりじゃないという証明になる?
でもそれだと、FCの子達が3ヶ月で離れていくことの悲しみは拭えない。
3ヶ月以上関係を保つことができる、と証明できない。
でも、でも。
「…っは……」
少し、息苦しくなってきた。
考えすぎるのはやはり良くない。
「大丈夫?」
「!は、い。大丈夫、です」
イッキ先輩に声をかけられたことで、ハッと我に返る。
すると、呼吸も楽になって、だんだん落ち着いてきた。
「今日は、その、どうしたの?って、聞いていいのかな」
イッキ先輩は少し気まずそうに聞いてくる。
たぶん、どこまで踏み込んでいいか、イッキ先輩もわかっていないのだろう。
「……もちろんです。イッキ先輩と、きちんとお話がしたくてまいりました」
「……そっか」
「ええと、どこからお話しするべきか、ずっと迷っていたのですが……。まず、突然過呼吸になって、ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げると、イッキ先輩は、そんなの気にしなくていいよ、と優しい声色で言ってくれる。
思わず涙が出そうになったけれど、ぐっと堪えて顔をあげる。
「それから、婚約者と名乗った男のことですが、」
イッキ先輩が息を呑むのがわかった。
「アレは確かにかつて婚約者でした」
「……」
「ですが、イッキ先輩とお付き合いさせていただくよりももっと前に婚約破棄しております」
「そう、なの?」
「はい。アレが何を考えているのかわかりませんが、先方にもご納得いただき、婚約は解消されております」
「そっかぁ……」
イッキ先輩は力が抜けたようにテーブルに突っ伏す。
「すみません、驚かせてしまって」
「別にいいよ。君が二股かけたりするような子じゃないってわかってたけど、ちょっと不安になっちゃった」
「不安、ですか?」
『目』に振り回される女の子じゃないかもしれない、という驚きではなく?
「何を不思議そうな顔してるの。僕は君が好きなんだから、不安にもなるでしょう」
「………………………………………………えっ」
好き?……いや、いやいや、友好的な意味です。
何を驚いているのか、私は。
「何その長い間。……えっ、もしかして全然僕の気持ち伝わってない?」
「え?い、いえ、そんなことはありません。イッキ先輩が私に好意的に接してくださっていることは常々嬉しく思っておりました!今の間は、その、急に言われたので少し驚いてしまって」
「……好意的、ねえ」
「えっ、ち、違いましたか?気さくに話しかけてくださいますし、親切にしてくださいますし、少なくとも嫌われてはいないと自負したいたのですけれど……」
「ううん、そうじゃなくて」
「……?」
「君は、僕のこと好き、なんだよね?」
「は、はい!もちろんです」
「それは、どういう好き?」
「え、っと……その……………恋愛的な、好き、です」
「うん、ありがとう」
「は、はい」
「僕の好きはね、」
「?」
イッキ先輩が言葉を区切り、不意に顔が近づく。
次の瞬間、唇に柔らかい”何か”が当たっていた。
「こういう好き、だよ」
「………………」
あれ、なんだろう。
今、私は何をされたんだろう。
驚きのあまり全身から力が抜けて、後ろに倒れこむ。
「マコちゃん!?」
床にぶつかるスレスレのところで、イッキ先輩が腕を引っ張って引き寄せてくれる。
「大丈夫?」
なんだっけ。
私は、夢でも見ていたんだっけ。
わからない。
私は、何を、
そこで私の意識は途切れた。