継ぐ者
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大広間を後にして、私はこんのすけにもらったデータを見ながら、本丸を探索してみることにした。
何をするにも、まずは住まいの間取りを理解することが先決だ。
逃げるにしても、戦うにしても、住むにしても。
「畑もあって、厨房もあって、野原もあって……景色を変えることもできるなんて」
まるで魔法のようだと思わずにはいられない。
この広い家に、あの人は住んでいたのか。
「主!」
空気も澄んでいて、どこか懐かしさすら覚える。
「え、ねえ、主ってば!」
まさか戦の最中にあるだなんて思えないくらい、ここはのどかだ。
「ちょっと!」
「えっ」
いきなり肩を掴まれ、思わず体が強張る。
「あ、ごめん、そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど」
恐る恐る振り返ると、そこには綺麗な黒髪に、朱の爪紅がよく映えた男士が立っていた。
「あぁ、なんだ……ええと、加州清光、だっけ?」
「えっ俺のこと知ってるの?」
「知ってるというか、覚えてきたから」
後から来た者がその住まいに馴染むには、まずは全員の顔と名前を一致させることからだ。
何事も、コミュニケーションを取る意思を明確に示さないことには、良好な関係を築きようがない。
「そうなんだ……はは、なんか照れるな」
「それで、何か用?」
「あー、なんか本丸の中を見て回ってるみたいだったからさ、俺でよければ案内するよ」
「……そう。じゃあ、お願いしようかな」
加州は任せてー!と上機嫌になり、ルンルンで本丸を案内してくれた。
今日の畑当番は桑名と松井で、2人は性格が反対に見えるけど何だかんだ仲が良さそうだとか、馬当番の大典太光世は来たばかりの頃は馬にも怖がられていたとか、小夜左文字の手合わせはいつも目が本気で怖いとか。
本丸を案内しながら、加州は色んな話を聞かせてくれた。
「……あの人の話はしないんだね」
「あの人?」
「先代の話」
加州は、あー、と気まずそうに頭をかく。
「何?」
「いや、なんていうか……あんたは主の娘だったわけでしょ?まだ数ヶ月しか経ってないし、あんまり話さない方がいいんじゃないかって」
私が知らない間に、どうやら気を使わせてしまっていたらしい。
「別に、特に悲しみもないよ。あの人が母親っていう実感も、正直あんまりないし」
「え?」
「加州たちなら知ってるでしょ?審神者はなかなか現世に帰れないから会う機会もあんまりなかったし」
実際、思い出らしい思い出もないし。
あの人は私を産んだのだから母親という自覚があるだろうが、物心ついた頃にはあの人と離れて暮らしていた私からすると、特に母親らしいと思ったことはない。
「ただなんとなく、”母親”という存在に興味があるだけで、そんなに思い入れがあるわけじゃないから」
ごめんね、あなたたちの主なのに、と言うと、加州は目を細めた。
「いいよ。むしろ俺こそごめん」
「なんで謝るの?」
「主が帰れなかったの、俺らのせいでもあるから」
「……?それは違うでしょ。審神者が現世に帰れないルール作ってんのは政府だから。強いていうなら政府のせいだし、それを理解した上で私を産んだあの人のせいでもあるじゃん」
誰が悪いとかないけどね、と付け足す。
実際、別に私は可哀想な子ではない。
ばあやがずっと傍にいたし、何不自由ない暮らしもさせてもらっていた。
やりたいことを制限されたこともないし、叩かれたり殴られたこともない。
よく物語に出てくる『幸せな家族』ではなかったが、私は十分に人生を楽しく生きてきたつもりだ。
「……あんた、やっぱり主の子だね」
「……いい意味?」
当たり前じゃん!と加州はニッと笑ってみせる。
可愛い男だ。
「ていうか、あんたも主であの人も主ってちょっと紛らわしいね」
「無理に主って呼ばなくていいよ」
「別に無理にじゃないもーん!」
「でもどっちも主になるじゃん」
「うーん……ちょっとみんなで相談しとく」
別に呼び名なんてなんでもいいんだけどな。
「あ、そういえば今日の夕飯は赤飯にするって燭台切が───」
瞬間、ぞわっと悪寒が走る。
視線だ。どこかから見られている。
刀剣男士ではない、何か。
「……主、もしかして視えるの?」
加州も気配に気づいたらしい。
「まあ……でも大丈夫。こういうのはスルーするしか、」
「こっちきて」
加州は私の手を取り、本丸に向けてズンズン歩いていく。
「ちょ、ちょっと」
「大丈夫だから」
「え?」
加州は私を縁側に座らせ、近くでお茶をしていた鶯丸と三日月を呼びつけた。
「じーさんたち、ちょっと主のこと見てて」
「おや、あまり良くない気だね」
「はっはっは、あいわかった。主のことはこのじじいに任せよ」
私の左右を鶯丸と三日月が挟むように座り、加州は気配がした方へ駆けていく。
「えっと……」
「主も飲むか?」
「お、今日は良き日ゆえ、茶柱が立つかもしれんなあ」
「はあ……」
言われるがままにお茶を注がれ、温かいお茶を体の中に流し込む。
いつの間にか冷え切っていた体が、次第に熱を帯びていくのがわかった。
なるほど、長生きしている刀はやはり察知能力が高い。
「落ち着いたか?」
「……ありがとう」
2振りとも、別に親しみやすいわけではない。
内に秘めた莫大な神気も感じるし、正直人間など到底敵いもしない存在だ。
彼らに敵意を向けられれば、それこそ怪異などなんてことないくらいに恐ろしいだろう。
「ん?どうした?」
私が2振りを見上げると、彼らは優しい笑みを返してくる。
先代の娘というだけではあるが、それでも彼らにとっては守るべき対象となっているのだろう。
私はその事実にひどく安堵し、いつの間にか手の震えも止まっていた。
何をするにも、まずは住まいの間取りを理解することが先決だ。
逃げるにしても、戦うにしても、住むにしても。
「畑もあって、厨房もあって、野原もあって……景色を変えることもできるなんて」
まるで魔法のようだと思わずにはいられない。
この広い家に、あの人は住んでいたのか。
「主!」
空気も澄んでいて、どこか懐かしさすら覚える。
「え、ねえ、主ってば!」
まさか戦の最中にあるだなんて思えないくらい、ここはのどかだ。
「ちょっと!」
「えっ」
いきなり肩を掴まれ、思わず体が強張る。
「あ、ごめん、そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど」
恐る恐る振り返ると、そこには綺麗な黒髪に、朱の爪紅がよく映えた男士が立っていた。
「あぁ、なんだ……ええと、加州清光、だっけ?」
「えっ俺のこと知ってるの?」
「知ってるというか、覚えてきたから」
後から来た者がその住まいに馴染むには、まずは全員の顔と名前を一致させることからだ。
何事も、コミュニケーションを取る意思を明確に示さないことには、良好な関係を築きようがない。
「そうなんだ……はは、なんか照れるな」
「それで、何か用?」
「あー、なんか本丸の中を見て回ってるみたいだったからさ、俺でよければ案内するよ」
「……そう。じゃあ、お願いしようかな」
加州は任せてー!と上機嫌になり、ルンルンで本丸を案内してくれた。
今日の畑当番は桑名と松井で、2人は性格が反対に見えるけど何だかんだ仲が良さそうだとか、馬当番の大典太光世は来たばかりの頃は馬にも怖がられていたとか、小夜左文字の手合わせはいつも目が本気で怖いとか。
本丸を案内しながら、加州は色んな話を聞かせてくれた。
「……あの人の話はしないんだね」
「あの人?」
「先代の話」
加州は、あー、と気まずそうに頭をかく。
「何?」
「いや、なんていうか……あんたは主の娘だったわけでしょ?まだ数ヶ月しか経ってないし、あんまり話さない方がいいんじゃないかって」
私が知らない間に、どうやら気を使わせてしまっていたらしい。
「別に、特に悲しみもないよ。あの人が母親っていう実感も、正直あんまりないし」
「え?」
「加州たちなら知ってるでしょ?審神者はなかなか現世に帰れないから会う機会もあんまりなかったし」
実際、思い出らしい思い出もないし。
あの人は私を産んだのだから母親という自覚があるだろうが、物心ついた頃にはあの人と離れて暮らしていた私からすると、特に母親らしいと思ったことはない。
「ただなんとなく、”母親”という存在に興味があるだけで、そんなに思い入れがあるわけじゃないから」
ごめんね、あなたたちの主なのに、と言うと、加州は目を細めた。
「いいよ。むしろ俺こそごめん」
「なんで謝るの?」
「主が帰れなかったの、俺らのせいでもあるから」
「……?それは違うでしょ。審神者が現世に帰れないルール作ってんのは政府だから。強いていうなら政府のせいだし、それを理解した上で私を産んだあの人のせいでもあるじゃん」
誰が悪いとかないけどね、と付け足す。
実際、別に私は可哀想な子ではない。
ばあやがずっと傍にいたし、何不自由ない暮らしもさせてもらっていた。
やりたいことを制限されたこともないし、叩かれたり殴られたこともない。
よく物語に出てくる『幸せな家族』ではなかったが、私は十分に人生を楽しく生きてきたつもりだ。
「……あんた、やっぱり主の子だね」
「……いい意味?」
当たり前じゃん!と加州はニッと笑ってみせる。
可愛い男だ。
「ていうか、あんたも主であの人も主ってちょっと紛らわしいね」
「無理に主って呼ばなくていいよ」
「別に無理にじゃないもーん!」
「でもどっちも主になるじゃん」
「うーん……ちょっとみんなで相談しとく」
別に呼び名なんてなんでもいいんだけどな。
「あ、そういえば今日の夕飯は赤飯にするって燭台切が───」
瞬間、ぞわっと悪寒が走る。
視線だ。どこかから見られている。
刀剣男士ではない、何か。
「……主、もしかして視えるの?」
加州も気配に気づいたらしい。
「まあ……でも大丈夫。こういうのはスルーするしか、」
「こっちきて」
加州は私の手を取り、本丸に向けてズンズン歩いていく。
「ちょ、ちょっと」
「大丈夫だから」
「え?」
加州は私を縁側に座らせ、近くでお茶をしていた鶯丸と三日月を呼びつけた。
「じーさんたち、ちょっと主のこと見てて」
「おや、あまり良くない気だね」
「はっはっは、あいわかった。主のことはこのじじいに任せよ」
私の左右を鶯丸と三日月が挟むように座り、加州は気配がした方へ駆けていく。
「えっと……」
「主も飲むか?」
「お、今日は良き日ゆえ、茶柱が立つかもしれんなあ」
「はあ……」
言われるがままにお茶を注がれ、温かいお茶を体の中に流し込む。
いつの間にか冷え切っていた体が、次第に熱を帯びていくのがわかった。
なるほど、長生きしている刀はやはり察知能力が高い。
「落ち着いたか?」
「……ありがとう」
2振りとも、別に親しみやすいわけではない。
内に秘めた莫大な神気も感じるし、正直人間など到底敵いもしない存在だ。
彼らに敵意を向けられれば、それこそ怪異などなんてことないくらいに恐ろしいだろう。
「ん?どうした?」
私が2振りを見上げると、彼らは優しい笑みを返してくる。
先代の娘というだけではあるが、それでも彼らにとっては守るべき対象となっているのだろう。
私はその事実にひどく安堵し、いつの間にか手の震えも止まっていた。