愛するために必要なこと
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私はこれまで、霊力が枯渇して意識をなくすなんて経験がなかった。
だからか、なんだか不思議な感覚がある。
夢とも幻覚とも違う、何か。
「ここは……?」
どこか見覚えがあるような、ないような、よくわからない草原に立っていた。
ここが現実ではないという確信はどこかにあったが、ここがどこなのか見当もつかない。
『全く、無茶をする小娘よ』
「!」
声が聞こえて振り返る。
そこには見慣れた姿があった。
「あなたは……」
『覚えておるか。そなたが幼い頃はよく遊んだものだが』
「覚えてます。最後まで名前を教えてくれなかった、近所の神様」
親に外出を制限されたせいで神社に通わせてもらえなくなって、きちんとお別れもできずに十数年も経ってしまった。
『そなたが全く通ってこないものだから、ついそなたの精神世界に我の分霊を忍ばせてしまったが……』
「神様ってそういうところありますよね……」
『我のように力が強ければ造作もないことだからな』
つまり、私が会いにいけなくても勝手に会いにきてたってことか。
彼ら神にとって人間の親が決めたルールなど知ったことではない。
それゆえに、私が急に通わなくなったから、身勝手だと怒って分霊を忍ばせるなんていう恐ろしい行動に移ったわけだ。
「じゃあもしかして、私の霊力が異常に高かったのって……」
『ああ、それは関係ないぞ。元からだ』
「そうですか……」
『ただ、そなたの刀剣男士、と申したか。あやつらのすてえたすが異常値になったのは我の分霊がそなたに憑いていたせいであろうな』
結局何かしらの弊害が出てるってことか。
『まあそう気を落とすな。我の分霊を忍ばせておいたおかげで、そなたは何者にも邪魔されずにここにおれるのだから』
神様の分霊がいるってことは、ここ、私の精神世界だな。
「……本来は何かに邪魔されるってことですか?」
『その通り。本来であれば無抵抗になった霊力の器を求めて、ありとあらゆる怪異がこの体及び精神を奪い合うところだ』
「うわ……」
想像しただけでも気分の良いものではない。
『そなたのような霊力の持ち主は狙われやすいのだが、我の分霊がいることで、雑魚を追い払うことができる。感謝するがよい』
「確かにありがたくはありますけど、分霊が私に憑いていることでデメリットもありましたし、お互い様ってことにしませんか?」
『……そなたは本当に変わらんな』
「神様が教えてくれたんですよ、特に人ならざるものには借りを作るなって」
『はは。我の言いつけをよく守っているようだ』
神様は私の頭を犬を扱うように撫でる。
「ところで、神様の分霊が彼らのステータスに異常をきたしていたってどういうことですか?」
『ああ。我の方が神格が上だからな』
「……ちゃんと説明してください」
それから神様が話してくれたことをまとめると、つまり付喪神である彼らよりも神としての格が神様の方が上だから、その分霊の神気が少し流れたことで異常に強化されてしまった、ということらしい。
どっちも神ではあるけど、そこにもまたレベル付けがあるんだ。
「私の霊力と彼らの相性が悪いわけではなくてよかった……」
『そなたの霊力は人ならざるものにとってはご馳走のようなものだからな。相性が悪いなどということはない』
「彼らの神気と神様の神気も相反しなくてよかったです……」
『我の神気がそなたの霊力と混ざったことで、あやつらとも馴染みやすくなったのであろう』
神様が一瞬虚空に目をやる。
『そろそろ時間か』
「……目が覚めるってことですか?」
『ああ。付喪神の彼らが心配しておる。早く戻ってやるとよい』
審神者が気を失っていては本丸の運営に支障が出てしまう。
申し訳ないことをしてしまった。
『だがその前に、そなたに伝えておかねばならぬことがある』
「何です?」
『そなたが政府とやらから付けさせられていた腕輪のことだ』
私の霊力を制御するための腕輪か。
でもあれはもう、向こうの清光に叩きつけてきた。
『あれはそなたの霊力を吸収して蓄えておる。それは理解しているな?』
「はい」
『そしてあれは、蓄えた霊力を自由に取り出すことができるように作られている。……つまり、そなたから吸収した霊力を好きに使うことができるということだ』
「好きに……それって、別の誰かに纏わせたりとか、そういうこともできます?」
『ああ。可能だな』
「……」
例の清光は、間違いなく私の霊力を纏っていた。
もしかするとそれと関係があるのかもしれない。
『くれぐれも気を付けることだ。何かあれば我が出しゃばることもできるが、そなたはそういうのは好まぬであろう』
この神様は他の神には珍しく、私の意思をある程度尊重してくれる。
「……神様の出番がないようにします」
『うむ。だが忘れるでないぞ。我はいつでもそなたの力となろう』
「ありがとうございます」
その時、急激な眠気が私を襲う。
『時間か。久方振りにそなたと言の葉を交わせて楽しかったぞ』
神様は赤子をあやすように私を寝かしつけようとする。
「……ありがとう、ございました」
眠気に任せて、私は目を閉じる。
ふと、神様の気配が消えた。
「主!?」
ハッと目を開けると、私の周りを刀剣男士たちが囲んでいた。
「っつ……」
起き上がろうとすると、身体中が軋む。
頭も重たく、頭痛がする……。
「無理なさらないでください、主君」
平野と前田が両脇から支えて起こしてくれる。
いつもは滅多に口も開かない大倶利伽羅が、背もたれ代わりに脇息を持ってきてくれる。
「……使え」
「!ありがとう、大倶利伽羅さん」
私は脇息にもたれかかり、かろうじて体勢を維持する。
「あれ……清光は?」
「……」
私の言葉に、みんなは一斉に黙る。
まさか……と思ったが、もし折れてしまったのなら、私がここ本丸にたどり着けているはずがない。
「……こちらに」
宗三が隣の部屋の襖を開けると、そこには眠ったまま息をしているのかすらわからない状態の清光がいた。
「清光……」
さしずめ、私を本丸へ連れ帰って力尽きたというところだろう。
まだ人の体を保っているということは、霊力や神力を失ったわけではないはず。
だが、現在の私に清光を手入れできるだけの力は残っていない。
まずは私自身が回復しないことにはどうにもならないか……。
「誰か、私が眠っている間の状況を報告してもらえる?」
「では、僭越ながら」
そう言って長谷部が説明を始める。
私が眠っている間に資料を作っていてくれたようで、わかりやすく報告書がまとめられていた。
彼の目にはクマができている。
「長谷部さん、丁寧にまとめてくださってありがとう」
「……いえ。お目覚めになられて本当に良かった」
長谷部がまとめた資料にざっと目を通す。
清光がぐったりした私を連れて、ワープ装置も使わずに、政府とは全く異なる座標からやってきた。
それから「政府は敵かもしれない」と言い残して倒れたため、私と清光をこの部屋へ搬送後、転送装置の電源を切った。
ここへ帰ってきてから、およそ1週間が経過していた。
「ありがとう、皆さん。転送装置を切ったのは適切な判断よ」
この間、こんのすけは姿を見せていない。らしい。
審神者が倒れたり緊急事態が起こればすぐにでもこんのすけが現れるはずなのに。
やはりこんのすけから政府に定期的に報告がいっていたと考えていいだろう。
この状況下で姿を見せれば問い詰められると悟ったか……。
なかなかずる賢い狐だ。
「石切丸さん、この部屋から音が漏れないように結界で囲ってもらえる?」
私の指示を予想していたのか、石切丸さんはすぐに取り掛かり、部屋を結界で覆ってくれた。
皆それぞれ、私が眠っている間にできることをやっていてくれたのだと感じる。
私が起きた時にどんなことが必要になるか、よく考えて動いてくれている。
「定例会で起こったことについて、私から詳しく説明するね」
政府から本霊への霊力供給の打診を受けたこと、本霊と思われる清光に遭遇し、その清光が私の霊力を纏っていたこと。
そしてそこから、私の霊力のほとんどを清光に注ぎ込んで命からがら逃げてきたこと。
「まさか、そんなことが……」
「それで、これは私の推測なのだけど」
私は腕を捲って見せる。
「私がいつも付けていた腕輪を覚えてる?」
数振りが頷く。
「あの腕輪、実は上手く霊力をコントロールできない私のために政府が贈ってくれたものなの」
そこまで聞いてもうすでに数振りは怪しさに気づいたようだった。
「まさか……」
「あの腕輪には私の霊力を吸収する機能があって、そして、自由に取り出すことができたそうよ。だから、もしかすると本霊の清光が纏っていた私の霊力は、政府が腕輪から彼らへ流したものかもしれない」
腕輪は定期的に交換し、霊力が満タンになる毎に新しいものと付け替えていた。
「膨大な霊力コントロールを諦めた私の落ち度ね……」
「悪いのは主じゃないよ!」
光忠が真っ先に否定し、それに続くように皆が否定してくれた。
「悪いのは、主からの信頼を利用した政府だよ!」
安定は私の代わりに怒ってくれているようでもあった。
「ありがとう。……今回の一件で、私は政府への信用度がマイナスになった。もはや政府は今後どのような手に出るかわからないわ」
本霊への霊力供給というのは、要するに私の霊力さえ手に入ればいいわけだ。
反抗するような私自身は政府からすれば邪魔なもの。
私を眠らせて霊力を吸い続ける、なんてことも奴らはできるだろう。
それにしても、他にも霊力が高い審神者を囲っているだろうに、どうして私まで欲しがるんだろう……。
「最悪の場合、私に似せた人形のようなものを作り、それに私の霊力を纏わせて皆さんを騙そうとするかもしれない」
「「「!」」」
「皆さんも然り。転移装置を機能させない限りある程度は安心していいと思うけれど、清光が定例会会場から装置を使わずに帰って来れている時点で、油断は禁物よ」
清光に限らず、みんなの本霊が毎日一振りずつこっそり入れ替わる、なんてことが起こったらもう手に負えない。
「私と清光が帰ってきてから、門も開けていない?」
「ああ。俺たちが受け取れない荷物を持った配達員の人間が来たが、審神者不在で追い返したぞ」
「大包平さん!それはナイスね。私が帰り着けていることがバレるのも時間の問題だと思うけれど、まだ別の空間を調査対象にして私を探しているかもしれないから」
いい時間稼ぎになっただろう。
1週間も寝てしまっていたが、大きな被害が出ていないのは本当に皆のおかげだ。
「これより我が本丸は一切の出入りを禁じ、籠城するわ」
「そうなるかもしれないと思って、野菜は確保してあるよ」
「桑名さん……!」
食料の備蓄があるのは本当にありがたいし、必須項目だ。
「何ならみんなで畑も広げたしな!」
「豊前さん、畑に携わってくれた皆さんも、ありがとう!」
私が不在で本丸が機能しないだなんて、私の勘違いだったかもしれない。
私がいない間も彼らは人の体で思考し、自ら行動した。
私が指示を出さずとも、これからどのように事が転がってもいいように、準備をしておいてくれた。
なんて頼もしい仲間たちだろう。
「さて、残る問題はこんのすけね……」
こんのすけが政府と通じているのならばこの本丸から追い出す必要があるし、もしこんのすけも私の刀剣男士たちのように独立して動いているのなら、こちらに引き込むのもアリだ。
ただ、政府から乗っ取られる可能性があるなら、不安要素は取り除いておきたい。
「そもそも彼、どこにいってしまったんだろうね」
にっかりがふと呟く。
そうか、まずは見つけるところからか。
「……石切丸さん、結界を解いて」
「わかった」
石切丸が結界を解いたのを確認して、息を吸う。
「……こんのすけー!!!」
私は今の体から出せる一番大きい声で名前を呼ぶ。
反応は、ない。
「もしもう一度呼んでもこんのすけが出てこないようであれば、問答無用で敵と見做し、見つけ次第切り刻んでミンチにして」
「おう!」
「任せて!」
数振りがノリノリで返事したところで、屋根裏からガタッと音がして穴が開き、こんのすけが落ちてきた。
「み、ミンチはご勘弁を!」
「確保!」
短刀が得意の機動力を活かしてこんのすけを取り押さえる。
「ふふ、ミンチにはしないわ。狐肉は臭みが強いそうなので」
「ひぃ……」
一瞬くらっと目眩がしたが、どうにか耐える。
今倒れるわけにはいかない。
「主?」
「何でもない。短刀の皆さんはこんのすけから絶対に手を離さないでね」
こんのすけの能力は完全に未知数だ。
もしとんでもない機動力を持っていたら、もう捕まえられなくなる。
まさか刀剣たちの手をすり抜ける、なんて機能は持ってないだろう。
「手足はもちろん、瞳孔や耳の動きなど、もし少しでも怪しい動きを見せたら柄までお願いね」
「俺っちの得意分野だな」
「お、お許しを……」
「こんのすけ。これから私が聞いたことに対して以外言葉を発してはだめよ。黙秘権は認めるけれど、嘘は禁止。わかった?」
こんのすけはコクコクと必死に頷く。
「ではひとつ目、こうして私たちがこんのすけを拘束し圧力をかけることで、自動的に政府に連絡がいく機能がある?」
「ありません……」
「こんのすけに危害を加えることで、自動的に政府に連絡がいく機能がある?」
「……あります」
「具体的に、どの程度の危害で連絡がいくの?」
「…………黙秘します」
こんのすけにとっては、答えひとつが命取りとなる。
危害の範囲を私たちに知られれば拷問に近いことをされる可能性もある。
やはり上手いな。
「わかった。では、こんのすけが耳にした内容は自動的に政府に送信されているの?」
「いいえ」
「送信することはできる?」
「できます」
「どういった場合に送信されるの?」
「私が望めばいつでも送信できます」
こんのすけの意志でいつでも送信できるのであれば、今ですらも危険かもしれない。
「それは、押さえつけられていても送信できる?」
「!……できますが、今は誓って送信していません」
「……では最後に、こんのすけ、あなたは当本丸が時の政府と対立した場合、どちらの味方なの?時の政府の味方をしたとしても殺さないから安心して答えて」
「…………私は、時の政府側です」
決裂だ。
これで、私たちとこんのすけは明確に対立することになった。
「わかった……」
「どうする?大将」
「こんのすけを本丸の外へ。転移装置は今使えないので門から出しましょう」
「!」
「あなた、転移装置なしでも政府までたどり着けるでしょう。殺さないとは言ったけれど、敵を本陣に留まらせるほど間抜けではないのよ」
私は長谷部に筆記具を用意してもらい、書状を書く。
こちらが政府へ求めることと、こちらから提供できるものを記す。
籠城が長引けば、負けるのはこちらだ。
それならば早めに交渉して和解に和解に向けた方がいい。
「これを政府に渡しておいて」
「……かしこまりました」
字に霊力を混ぜたから、簡単に改変はできないはずだ。
こんのすけの背に書状を括り付け、門の外へ出す。
「元気でね、こんのすけ」
「……」
こんのすけは何も言わず、外へ歩いて行った。
「門を閉めて。今後は一切、私の立ち会いなく開門してはだめよ」
「「「はい」」」
『私の命令なく』にすると、誰かが騙されて『開けろと言われた』と言い出しかねないから。
「……では、あとは各自自由に過ごして。出陣もないから」
男士たちは突然得られた休日とはいえ、状況が状況なだけにあまり喜べないようだったが、解散するとそれぞれ思うままに過ごし始めたようだった。
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