愛するために必要なこと
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「それでは、これにて審神者研修プログラムを終了いたします。何かご質問はありますか?」
「ありません」
配られたテキストに並ぶ、『神隠し』『付喪神』『真名』の文字たち。
私には見慣れすぎている。
小さい頃に遊んでくれた神社の神様は、人を慈しみ、神隠しから守ろうとしてくれる神だった。
初めて会ったときに何と呼んだらいいか聞かれて、何の抵抗もなく真名を教えてしまった私に、知識を与えてくれた。
私の真名を知っても神隠しをしない、むしろ他の神に隠されそうになったときに助けてくれる。
私を守ってくれる親みたいな存在だった。
「それでは、初期刀の選択に移ります。お好きな刀をお選びください」
目の前に並べられた五振りの刀。
「左から、蜂須賀虎徹、山姥切国広、加州清光、歌仙兼定、陸奥守吉行です」
一番に目に入ったのは、真ん中の刀。
赤の差し色が綺麗だ。
「じゃあ、加州清光を」
役人は刀を私に手渡しする。
えっ、ここで顕現するんじゃないの?
「それでは、こちらの『こんのすけ』が神宮様を拠点へご案内いたします。なお、これ以降我々もあなたのことを真名では呼びませんので、十分にお気をつけください」
「よろしくお願いします、審神者様!」
「え、これって管狐じゃ……」
「ご安心を。あなたに危害は加えません。きっとお役に立つでしょう」
それでは、と役人は足早に去っていってしまう。
私は机に広げていたテキストを抱えて、管狐の後ろをついて行った。
「こちらが、これから審神者様がお過ごしになられる本丸でございます!」
「……その審神者様って呼び方、変えてほしい」
「では仮名の方がよろしいですか?」
「そうしてください」
「かしこまりました!私に対して敬語も不要ですよ。今後、何かわからないことがあれば、このこんのすけにいつでもお尋ねください!」
「ありがとう、こんのすけさん」
むふー、と笑うこんのすけさん。
なんだか親しみやすい管狐だな。
「それでは、さや様、初期刀と共に渡された鍵で、扉を開けてみてくださいませ!」
「あ、これ?」
3つの鍵が連なった鍵束から、『門』と書かれたシールが貼られている鍵を差し込んでみる。
ガチャリ、と南京錠が外れ、門がギギギといういかにもな音を立てながら開いていく。
「この門、自動開閉なの?」
「半自動です!さや様の意思に応じて開閉しますが、南京錠をつけていれば、開くことはありません」
後ほど本丸の詳しい説明書をお渡ししますね!と言い、こんのすけはふわふわした尻尾を振りながら、中に入っていく。
「こちらが玄関です!さや様は玄関からでなくても本丸領域への出入りが可能ですが、刀剣男士は緊急時を除いてこの玄関及び門以外から本丸と外の領域を行き来することはできません」
「つまり、庭に出たりする分にはいいけど、出陣した帰りにはここを通らないと本丸に入れないってことね」
「その通りです!これは万が一遡行軍に跡を尾けられた場合に、玄関前で撃退できるように考えられたものです。刀剣男士も含め、全ての怪異・神を弾く結界が、道の両脇に展開されています」
門から玄関までの石畳の端に並べられている御札、気のせいじゃなかったんだ……。
「結界は突破されることはないの?」
「もちろん可能性がないとは言えません……。ですが、刀剣男士を含めた全ての怪異・神を弾く結界ですので、そう簡単には破れません!」
実際に試されたことはありませんが……とこんのすけは不安そうに続ける。
政府所属の刀剣男士が3振りがかりで本気で斬りかかっても傷ひとつつかなかった、という実験結果はあるらしい。
「……まって、両脇はそれで守られているから安心としても、玄関に何のお札もないんだけど」
「玄関はさや様が本丸に入られてから、その霊力に合わせて結界が設定されます!まずはどうぞ、お入りください」
疑心暗鬼になりながら玄関の戸を開ける。
一歩本丸に足を踏み入れると、バチっと静電気が手に当たる感覚があった。
「っ、?」
「これで結界が完成しました!」
こんのすけに言われて振り返ると、先ほどまで何もなかった玄関に札が現れている。
「これ、霊力に比例するってこと?」
それなら腕輪を外して入ったほうが良かったのでは?
「その通りです!霊力が強いほど遡行軍や神に狙われやすくなるため、より強固な結界となります」
「こんのすけさんは私の腕輪のこと聞いてる?」
「はい!さや様から溢れ出る霊力を外へ流さぬように吸収しているのですよね?大丈夫ですよ。この御札はさや様の器を見ているのです!」
「器?」
「そうです!霊力の強さというよりも、どれだけの霊力を保有できるのか、という点で結界の強さを決定しています」
「へえ……」
意外と高度なんだな。
そもそもこの審神者という仕事自体知られていないし、こんな伝統的な家を拠点にするならもっとアナログな感じかと思っていたのに。
「鍛刀する前に、審神者部屋にご案内いたしますね」
こんのすけの後ろをまたついていく。
ざっと見ただけでも、結構広いな。
審神者部屋は玄関から最も遠いところにあるらしい。
「審神者部屋からはお庭を一望できますから、とても綺麗ですよ!景趣の変更方法や入手方法についても本丸の詳しい説明書に書かれていますので、後ほどそちらをご確認くださいね!」
玄関側の庭も随分整備されていて綺麗だけど、もっと綺麗なんだ。
ちょっとだけ楽しみになった。
「さあ、こちらが審神者部屋になります!簡易的な台所も併設されておりますので、仕事も生活もこのお部屋だけで済ませることが可能です!」
縁側から庭を見る。
池もあって、お花もあって、離れが見える。
今は春の景趣だそうだ。
「桜が綺麗ね」
「春の景趣は政府からの贈呈品となりますが、他にも夏の庭や秋の庭など季節に合わせた景趣が用意されています。詳しくはタブレットから景趣の通販サイトを見てみてくださいね!」
それから審神者部屋の設備について詳しく説明を受けた。
注意事項も。
「審神者部屋は門や玄関の結界とは別に、こちらの水晶にさや様の霊力を注ぐことでより強固な結界を貼ることができます。さや様が結界を張れば、刀剣男士もここへ侵入することはできません」
「この水晶が壊れることはないの?」
「特別な素材でできているため、刀で斬りつけても傷がつくことはありませんし、この部屋から持ち出そうとすると本丸ごと政府の牢に転移する仕様になっておりますので、ご安心を!」
「そう……」
持ち出される可能性を考慮しているということは、刀剣男士が審神者に従わなかった、危害を加えようとした事例が過去にあるということか。
「こちら、この本丸の詳しい説明書となります。防衛システムに関することも書かれていますので、他の方に見られないように離れの刀帳と共に保管することをオススメします」
やはり、刀剣男士の謀反を警戒しているのか。
その後離れの説明も一緒に受けて、言われた通り説明書はそこに保管することにした。
「それでは!審神者部屋の説明も終わったところで、早速初期刀を顕現させてみましょうか!」
「えっ」
「本丸内を歩き回るにも、初期刀と一緒の方がいいでしょう。共に暮らしていくのですから!」
明らかに以前刀剣男士関係で良からぬ事例があると聞いたばかりなのに。
神様は人間にとって理解できない行動ばかりするから、やはり扱いは難しいんだろうな。
「……あの、刀剣男士にはどのように接するべきなの?末席とはいえ神様は神様だし、敬う感じがいいのかな?それとも、人間を相手にするようにフランクな感じでも大丈夫なのかな」
「それは彼らと対面してから、さや様が判断なさってください。彼らは付喪神、人と共にあった神です。あまり心配しすぎないでくださいね」
「それも、そうね……」
私はこんのすけに案内されて鍛刀部屋にやってきた。
そこには言葉を発しない小人が。
「こちらは材料から刀を鍛えてくれる鍛刀小人です!さや様が指定した材料から刀を鍛え、そうしてできた刀をさや様が顕現します」
小人は私に向かってペコリと頭を下げる。
言葉は発しないが、ニコリと笑った顔から感情が読み取れた。
余計なことを言わない分、人間よりも関わりやすそうだな。
「今回はすでに刀が手に入っていますので、顕現してみましょうか!研修で行った実習での感覚は覚えていますか?」
「うん……」
指先に意識を集中させて、自分の中にある物を、指先から刀に流し込むイメージで……。
鞘に入れた状態で、上からなぞっていく。
最後までなぞり終わったところで、辺り一帯が光に包まれ、私の手から刀が離れていく。
「まぶし……っ」
どこからか、花の香りがした。
恐る恐る目を開けると、そこには花びらと共に、1人……いや、一振りの刀剣男士が立っていた。
「あー、川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じってね。……あんたが俺の主?」
「……綺麗」
現れた男士は、私が初めて刀を見た時に思った通り、とても綺麗だった。
「えっ」
「はっ!私ったら、初対面なのにご無礼を……」
慌てて頭を下げる。
フランクにいくべきか、距離を計りかねているのに、綺麗だなんてつい口走ってしまった。
どうしようかな。
「あはは、あんた面白いね。そんなに堅苦しくならなくていいよ。ほら、顔あげて」
「そう、なの?」
「うんうん」
「そっか。私はさや、あなたの主、らしい。よろしくね」
私が名乗って手を差し出すと、加州清光は戸惑ったように視線を彷徨わせている。
「安心して、仮名だよ」
「それは流石に、なんとなく察してたけど……」
「あ、もしかして握手知らない?手出して」
そうだ。彼は沖田総司の刀だから、江戸時代を生きている。
まだ握手という概念がない頃だ。
「こう?」
差し出された手を握り、上下に振る。
「これが握手。初めましての挨拶みたいなものだよ」
「へえ……」
加州清光は握られた手をじっと見つめ、手を離した後も不思議そうに手を握ったり開いたりしている。
そうか。急に人の体を与えられたから、それも含めて戸惑っているんだ。
「この子はこんのすけさん。私をサポートしてくれる……支えてくれる狐さんよ」
「よろしくお願いいたします!……と言っても、私めは皆さんと関わる機会はほとんどないと思われますが」
「え、どうして?」
「霊力が弱い審神者様や政府支給の通信機を信用なさらない審神者様の場合には、戦場に私の分身を送って通信機の役割を果たすこともありますが、さや様は霊力も強く、システムにもよく馴染んでいらっしゃるので」
「ふーん。まあ、なんかよくわかんないけど、とりあえず主の仲間ってことね。よろしくー」
はい!とこんのすけは嬉しそうに笑う。
「それでは地図をお渡ししますね!私はここまでで下がらせていただきます。御用があればいつでもお呼びくださいね」
こんのすけは私に地図を渡すと、煙と共にどこかへ姿を消してしまった。
「……」
手元には本丸の地図。
横にはさっき顕現したばかり、初対面の刀剣男士。
「あんたもここに来たばっかりなの?」
「うん」
「それならその地図見ながら見て回ろっか」
この男士、扱いづらいと自分で行っておきながら、結構気が遣えるようだ。
「うん」
私たちは地図を見ながら全部屋・台所・庭・浴場・厠を見て回った。
「へえ、ここって畑もあるのね」
「そうね。馬小屋もあったけど、まだ馬はいないんだな」
「馬は、明日政府から運ばれてくるって聞いたよ」
「そうなんだ。じゃあ馬の世話係も必要になるってことか」
「そうなるね」
私たちは事務的なやりとりを交わしながら、本丸の全域を見て回った。
そうして元の鍛刀部屋に戻ってきた頃、もう日が暮れていた。
「そろそろご飯にしないとだけど……」
さっき覗いた台所には、何の食材もなかった。
全自動の機械なんてここにはあるわけもなく、食材が落ちてきそうな箱もなかった。
「私が暮らしていた現代では、食べたい料理の名前を入れたら全部機械が食材調達から調理、配膳までしてくれるんだけど」
「えー!超便利じゃん」
「その代わり、料理にこだわる人以外はみんな料理がほとんどできなくなったけどね」
どんどん生活が便利に、手軽になっていったことで、一部の頭の悪い人間は退化していった。
何も自分だけではできず、機械に頼らないと生きていけない愚鈍な生物に成り下がったのだ。
当然貧困層ではそんな全てに機械を導入はできないので、自分で作業ができる=貧困層だ、なんていう偏見が広がった時期もあった。
「ひとまず私の部屋に来て。デリバリーが頼めるかも」
「でりばりぃ?」
こんな初日のご飯問題からこんのすけを呼び出すのも気が引けて、私は首を傾げる加州清光を連れて審神者部屋に戻った。
「あ、そうだ。私あなたのことはなんて呼んだらいい?」
ずっと一緒にいたけど、ねえ、とか、あの、とか、名前を呼んでいないことに気づいた。
物であった彼らは気にしないかもしれないが、人間でいうところの名前がある以上、あだ名でも何でも、きちんとその名で呼ぶのが筋だと思う。
「んー、何でもいいよ。できたら可愛いのがいいけど」
そう言ってウインクをしてくる加州清光。
人の身を受けてまだ一日も経っていないのに、慣れてるな……。
「可愛いの……は、思いつかないから、清光さんって呼ぼうかな」
「うん」
それから私はタブレットを操作し始める。
この画面は別に見せても良いとガイドラインに書いてあったので、横から覗いてくる清光のことは気にせず、デリバリーがないか調べる。
「いずれこの本丸に刀剣男士がもっと増えるかもしれないから、そのためにも畑をちゃんと使わなきゃね……」
食費は経費で落とせないらしい。
その上、刀剣男士にも人間らしい生活を、とのことで全員分ご飯を作らないといけない。
今は1人と一振りだから配達料分上乗せされているデリバリーで賄っても大丈夫だが、これから増えていくとなると、やはり自給自足が肝になってくる。
「ご飯、どんなのが食べたい?」
いつの間にか私の真横に肩をつけて座り、タブレットを覗き込む清光に尋ねる。
彼が人間でなく神様だからか、人には許さない距離でも、そんなに抵抗はなかった。
「俺はよくわかんないから、主の好きな食べ物でいいよ」
「そう?それなら、うーん……」
こうして探している間にも、どんどんお腹が空いてくる。
なんだか頭も重たくなってきて、ついいつも神様にやるみたいに、肩にもたれかかってしまった。
「!」
私の馴れ馴れしさに驚いたのか、清光が私から少し距離をとった。
「あ……」
距離をとった清光も、やってしまった、という顔をしている。
たぶん私も、今同じ顔だ。
「ごめん。ちょっと馴れ馴れしかったよね」
神力ってなんでこんなに心地いいんだろうな。
いや、こんな風にすぐ神様に甘えちゃうから、神力に侵されて神隠しされそうになるんだわ。気をつけないと。
「……俺こそごめん。寄りかかられたの初めてで」
「ああ、刀のときは握られてるんだもんね。いや、私も配慮が足りなくて……」
「でも!嫌じゃなかったから……。その、主さえよければいつでも……」
「そう?じゃあ遠慮なく」
清光から本当に嫌悪感を感じられなかったので、遠慮なく寄りかかる。
まあ、この程度なら神力にも侵されないし、何ならこの腕輪は私の中に入ってきた神力も一緒に吸収してくれるから、これまでのようなことにはならないだろう。
「清光さんはネイルも綺麗に塗ってるし、美容に気を遣うなら健康食品が良さそうよね」
ネイルを褒めてもらえたことが嬉しいのか、自分を気遣ってくれたことが嬉しいのか、清光さんの周りに花びらが舞い始める。
「ガイドラインで見た通り、嬉しいときとかは花びらが舞うって本当だったのね」
綺麗だな、と思って花びらを手に取ってみようとしたが、それは掴めなかった。
床に積もっていくものの、一定量以上は積もらない仕様のようだ。
まあ確かに、延々と積もり続けたら本丸はすぐに崩壊してしまうしな。
「サラダは必須として……あ、清光さん、箸使える?」
「使ったことないけど、大丈夫だと思う」
「おっけー、フォークやスプーンでも食べれるやつにしよう」
せっかくだから日本食がいいかなと思ったけど、もし箸使えなかったらキツいからな。
とりあえずサラダと、グルテンフリーのパスタと、野菜出汁を使ったスープを注文する。
「届くまで30分……半刻くらいかな。それまで清光さんが現段階でわかってる現代知識を確認しよう」
デリバリーが届くまで、清光がどこまでなら言葉の意味がわかるかを探った。
時計が読めるのかとか、字はカタカナも読めるのかなど。
結果は、ほとんど全て理解できてない。
さっきのネイルを褒めたやつも、「綺麗に塗ってる」から意味を推測して、爪のことだと気づいたらしい。
時計の概念はわかっているものの、横文字はほぼ全滅だった。
「まあでもよかった。時間を伝えたときに意味がすれ違うのが一番困ると思うから。横文字は少しずつ勉強しよう」
「俺、頑張る」
「ふふ、私も横文字以外の言い方を考えてみるから、独りで気負いすぎないでね」
「主……」
そんな話をしているうちに、チリンとどこからか鈴の音が1回鳴る。
そこへポンッとこんのすけが出てきた。
「これは宅配受けに物が届いたことを知らせる音です!先程頼んだデリバリーが来たのかもしれませんが、念のため警戒しながら宅配受けを確認してください」
「警戒って、何を?」
「この本丸は今日から開いたので大丈夫だとは思いますが、遡行軍に居場所を特定された場合には、宅配受けに罠が仕組まれている可能性があります」
「へえ。じゃあ清光、見に行こうか」
「そうね」
当然宅配受けにはデリバリーの品が入っているだけで、罠なんてものはなかった。
ただ、拠点が特定されるほどに戦いが進めば、そういう危険なこともあるのだろう。
気をつけなくちゃ。
「さて、ご飯ご飯」
私は箸や各食器の使い方を説明、実演しながら清光の食べ方を見守った。
最初はぎこちなかったけど、人間をそばで見守ってきたからか、物覚えは早かった。
「全然上手く使えなくてご飯食べれないかと思ったけど、案外大丈夫そうね。味はどう?」
「なんか、ご飯を食べるっていうのが不思議な感じ。どんな感覚なんだろうって不思議に思ってたけど、こういう感じなんだね」
「気分が悪いとか、お腹の当たりがムカムカするとかはない?」
「うーん、少しお腹周りがゾワゾワするかも……」
人の身にはまだ慣れないだろう。
あんまりたくさん食べさせない方がいいかもしれない。
「スープは消化にもいいやつだから、そのまま飲んじゃって。もしお腹空いてるっていう感覚がないなら、後のサラダとパスタは私がもらおうかな」
こんなこともあろうかと、念のため取り皿に移させてよかった。
それから食事を平和に終えて、お風呂に入ることにした。
「体自分で洗える?洗い方わかる?」
そもそも、刀である彼らをお風呂に入れていいのだろうか。
……錆びたりしないか?
「ちょっと待ってね、ガイドライン確認するから」
研修での説明ではこんな生活感あふれる話はなかった。
戦闘に関する話とか、神隠しに関する話とか、物騒で危険度が高い話ばかりだったのだ。
「あ、なんだ。ガイドラインに洗い方書いてあるじゃない」
私は刀剣男士向けの研修動画の中にお風呂への入り方の動画を見つけた。
やっぱりこういうのはちゃんとガイドがあるものよね。
「これ見て」
そこには政府所属の各刀種の子たちがそれぞれの体の大きさに合わせてどう洗ったらいいか、何をどう使うのか、お風呂に入ることの大切さなどを解説していた。
これ、なんか教育番組みたいだな。
「なるほどね。だいたいわかった」
「じゃあ、入っておいで。私も審神者部屋のお風呂に入るから」
「ん」
清光は着替えやタオル類を持って浴場へ行った。
私もお風呂に入り、備え付けのシャンプーとトリートメント、ボディソープを使って洗い、ゆっくり湯船に浸かった。
これ、髪キシキシするし、体乾燥するし、早めに買い替えよう……。
「……」
ゆっくりしたつもりだが、清光はまだ上がっていなかった。
「……嫌な予感がする」
もしや初お風呂でのぼせたりしているのでは?
「こんのすけさん!」
「はい!お呼びでしょうか?」
「浴場に行って中の様子を見てきてほしいの。私は出入り口で待ってるから、何かあったらすぐに大声を出して。杞憂だといいんだけど……」
私はこんのすけに浴場に入らせ、何もないことを祈りながら外で待った。
単純にゆっくりしちゃったとかならいい。
でももしのぼせて、溺れていたりしたら……。
「さや様ー!!」
「はい!」
「加州殿が床に倒れております!!私ではどうにも……」
それを聞いて私は浴場に飛び込んだ。
いやまあ、私でも持ち上げるなんてできはしないだろうけど……。
「清光さん!!」
浴場の床に、真っ赤になって突っ伏している清光。
慌てて駆け寄って抱き起こし、体勢を仰向けに変えた。
「しっかりして」
抱き起こしたとき、彼のあまりの軽さに驚く。
人の体重ではない、刀の重さ。
今なら持ち上げられるかもしれない!
「こんのすけさん、あなたはお水を持ってきて。冷たいやつね」
かしこまりました!と焦り気味に駆け出していくこんのすけ。
背中に乗せてでも何でもいいから、水を持ってきてくれればいい。
私は裸の清光にバスローブを着せて、前を閉める。
流石に、今回見てしまったのはノーカウントにしてほしい。
「扇風機……あった」
私は清光を休憩用の台に横たわらせ、扇風機の風で冷やした。
硬い台だったので、クッションでも入れてと頭を持ち上げようとすると、そこで人の体重になっていることに気づく。
もしかしてさっきの、顕現が解かれそうになってたのか?
「さや様!お水を!」
「ありがとう。清光さんが目を覚ましたら、」
「主……?」
「!目を覚ました?」
「俺……」
その後冷たい水を飲んでひとまず落ち着いたらしい清光は、私に向かって土下座をしてきた。
「ほんっっとうにごめん!!!」
「そんなに謝らないで。人の身を得てすぐだもん、わかんないよね」
動画にあった通りに入浴し、気持ちが良くて浸かっていたらだんだん意識がふわふわしてきたらしく、流石にまずいと思って上がったときにはもう手遅れ。
そしてあの床に倒れていた姿に繋がる。
「のぼせないように、初めはみんな入浴時間を短くした方がいいわね。清光さんのおかげで今後の参考になった。ありがとう」
「迷惑かけたのは俺の方だし、俺を言いたいのは俺の方だよ……本当にありがと。こんな頼りない俺だけど、見捨てないで」
「そんな簡単に見捨てないよ。清光のおかげで色々わかったことだし、今日は早めに寝よう」
ずっとしょんぼりしている清光の手を引いて、私たちは審神者部屋に戻った。
「この襖を挟んんだ隣が近侍の部屋になってるから、清光はそこで寝て。もし眠れないとか、何か体に異変があるとか、そういうことがあったらいつでも私に声をかけてね」
再び布団の敷き方の動画を見せ、お休みの挨拶をして布団に入る。
すぐ眠る前に、タブレットに入っている機能を一度確認しておこうと、しばらくタブレットを触っていた。
「……もう寝ちゃった?」
襖越しに、弱々しい声が聞こえる。
「まだだよ。眠れないの?」
「……眠るっていう感覚が、よくわからなくて」
まあ、動画を見ただけではわかんないよな。
目を閉じていれば眠れるとか、それは赤ん坊の頃から寝ている人間だから言えることだ。
眠るってことは、意識を手放すこと、つまり感じ方によっては死ぬときと一緒だと思うこともある。
「もう起きれないんじゃないかって怖いんだよね」
清光の悩みも、やはりそういうことだった。
「うーん……」
ちょうど触っていたタブレットで対処法を調べる。
「……これしかないなら仕方ないか」
私は襖を開け、布団を寄せた。
「清光さんもこっちに布団寄せてもらっていい?同じ向きで」
不思議そうにしながらも、私が襖を開けたことが嬉しいのか、花びらを舞わせながら従ってくれる。
「はい、横になって手を出して」
素直に従う清光を面白く思いながらも、私は出された手を握った。
「今日は手を繋いで寝よう。そしたらたぶん、少しは寝やすくなると思う」
1番の手段は同じ布団で寝ることだが、初対面んで流石にそれは行き過ぎだ。
手を繋ぐくらいが限度だろう。
「!ごめん、なんか顕現されてからずっと、あんたに迷惑かけてばっかりだ」
「大丈夫だよ。もし明日もまた眠れなかったらまた改善策を探ろうね」
私の手の体温に安心したのか、それとも今日色々ありすぎて本当は疲れ切っていたのか。
清光はすぐに規則正しい寝息を立て始めた。
「おやすみ、清光さん。良い夢を」
そうして私も眠りに落ちた。