夜道の先
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満身創痍になったあの日。
松本先生に治療してもらった後、しばらく部屋から極力動かないようにキツく言いつけられた私の様子を、幹部の人たちが見にきた。
そこで初めて雪村さんと対面し、沖田さんが買ってきてくれた新しい男物の服に、私の着替えを手伝ってもらった。
とても優しく、穏やかで、……そして、いい匂いがした。
「お前はひとまずその傷を治すことに専念しろ。今回の報告は山南さんから聞いておく」
土方さんは仕事の合間にわざわざ私の見舞いに来てくれて、傷の具合を見るなり顔を顰めてそう言った。
そして、藤堂さんは仕事の合間にいつも私の部屋に来て、お茶を運んできてくれたり、外であった話を聞かせてくれた。
でもある日を境に、姿を見なくなった。
「最近藤堂さんと会わないのですけど、何かあったのですか?」
ご飯を運んできてくれた雪村さんに何気なく尋ねる。
すると彼女は言っていいものか考えながら、少しずつ口を開いてくれた。
「平助くんから聞いてませんか?」
「?」
「実は最近は伊東さんという方と一緒にいることがほとんどなんです」
伊東さん、という名前自体、ほとんど聞いたことがない。
どうやら、私よりも前に来ていた人らしい。
山南さんが変若水を飲んだことで、彼は死人扱いとなり、参謀役になったのが伊東さん。
なんでも、その伊東さんは藤堂さんが連れ帰ってきた人らしく、彼なりに責任を感じているのだろう。
もしかすると、私のところに来続けていたせいで、伊東さんに何か言われたのかもしれない。
「あれ、でも待ってください。伊東さんは参謀なんですよね?それなら幹部ですし、変若水のことも羅刹のことも知らされる立場なのでは?どうして山南さんの存在を隠しているのですか?」
私もそこまでは……と雪村さんは苦笑いをする。
私よりも前にここへ来て、未だに藤堂さんを横に置いておきたがるということは、多分ここにまだ馴染めていないのだろう。
それか、局長たちの信用を得ていないか……。
それなら羅刹のことを隠したがるのも頷ける。
「まあ、それなら藤堂さんは私のところに来ない方がいいですね。伊東さんに尾けられたりしたら大変ですし……」
「……寂しいですか?」
からかうわけでもなく、雪村さんは心配そうに尋ねてくる。
まあ、まだお礼も言えてないし、寂しい……とはまた違う気もするけど、会いたい気持ちは嘘じゃない。
しばらく会えないと思うと、少し胸が痛んだ気がした。
私がもっと来るようにしますね!と意気込んで、雪村さんは部屋を後にした。
そして夜には、山南さんが様子を見にくる。
「だいぶ良くなりましたね。気分はいかがですか?」
「ええ。もう痛みもほとんどありません」
「……傷跡が少し残ってしまいましたね」
「大丈夫ですよ」
どうせ長生きもできませんし、という言葉は飲み込んだ。
私だけじゃなくて、山南さんにも刺さる言葉だから。
「藤堂くんの血を飲んで以来、血は飲んでいませんね?」
「はい」
「吸血衝動はありませんか?」
「そうですね。あれ以来、不思議と落ち着いています」
あれから数日、私の部屋の前には、万が一私が暴走したときのために、数人が待機しているようになった。
しかし、一向に暴れる気配はなく、そうして7日が過ぎた頃、もう待機することはやめになった。
「あなたが徘徊しているという話も聞きませんし、なぜか落ち着いているのですね……」
治癒力も、一般の羅刹には劣るものの、明らかに人間よりは強い。
吸血衝動だけがなくなり、羅刹としての性能が残った……と思いたいところだが、まだ確信はない。
「もう少し様子を見てみましょうか。痛みが完全になくなったら、少しずつ活動を増やしましょう」
今は動いていないから衝動が落ち着いているかもしれないから、と山南さんは付け足した。
確かに、体力を消費をしてないから血を求めない可能性も考えられる。
「では、今夜も安静に」
そう言って山南さんは部屋を出ていく。
最近は人間と同じように、朝に起きて夜に寝ている。
この生活も、衝動を抑えるきっかけだったり?
「!」
そろそろ寝ようか、と布団に入りかけたところで、外でカタンと物音がした。
「……」
ここに来るのは山南さん含む幹部だけ。
でもそれなら、普通に入ってくればいい。
まだ灯りを消していないし、私が起きていることは外から見ればすぐにわかる。
……伊東さんとかか?
相手の出方を伺う。
「……あの、」
外から聞こえた声は、明らかに聞き覚えがない。
どうする、と考えていると、別の足音が聞こえてきた。
「伊東さん?何か用?」
この声は、沖田さんだ。
「ここは僕の療養部屋なんだけど」
「あ、ああ、そうでしたの。少し散歩していたらここに辿り着いただけです。灯りがついていたので、こんな離れた部屋に誰かいるのかと」
失礼したわね、と言って伊東さんは立ち去ったようだった。
その後、沖田さんはそのまま部屋に入ってくる。
襖を開けると、しーっと人差し指を立ててくる。
私はコクコクと頷き、砂利を踏む音が完全に聞こえなくなるまで黙っていた。
「ごめんね、いきなり」
「いえ、助かりました。それにしても、沖田さんはどうしてここへ?」
体調が悪いんじゃ、とつい口に出てしまった。
山南さんから、沖田さんが労咳になったという話は聞いた。
「なんだ、君も聞いちゃったの?大したことないよ」
そうは言っても、少しやつれている気がする。
「そうですか」
あまり踏み込むのも良くないかと思い、私はそれ以上何も言わなかった。
「なんか、平助が伊東さんに君のこと勘付かれたかもって言うから、様子を見に来たんだよ」
「藤堂さんが……」
まあ、あれだけ来ていれば、ここに何かあると思われても仕方ない。
「部屋、移動した方がいいですか?」
「いや、下手に動くより、ここにいていいと思う。伊東さん諦めてないだろうし、ここ周辺の別の部屋を探すかもしれないから」
「……確かにそれもそうですね。なるべく静かにしています」
「ん、そうして」
沖田さんは本当に私の様子を見に来ただけだったようで、外の状況を確認しながら早々に立ち去った。
「……バレるのも時間の問題だろうなあ」
私はそう思わずにはいられなかった。
もう伊東さんは様子のおかしさに気づいている。
参謀役になるくらいだから、頭は切れるはずだ。
「……」
まあ、私1人がいくら考えたところで、どうしようもないし。
そう思ってその日は寝ることにした。
それからしばらくして、山南さんの存在がバレ、藤堂さん、斎藤さんと仲間を連れて伊東さんは出て行った。