夜道の先
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目が覚めたとき、1番に感じたのは身体中の痛み。
それから、頭の重たさ。
「おや、目が覚めましたか?」
「ぅ……山南、さん?」
「正気のようですね。意識の混濁はありませんか?」
「はい、しっかり、っしています……」
私の正気を確認して、山南さんが鍵を開けて檻の中へ入ってきて縄を解いてくれた。
「ここでは暗いですから、歩けますか?……無理そうですね」
私の状態を見た山南さんは、私を軽々と抱き上げ、外へ連れ出した。
「っつ、」
「痛むと思いますが、少し我慢してくださいね」
外はもう夜。
私は、一日のうちに正気に戻れたのだろうか。
「あの、」
「ああ、口の中も切れているでしょう?あまり話さない方がいいですよ」
「……」
口の中で、確かに血の味がする。
でもこれ、私を正気に戻すために飲ませたものじゃないのか?
「血は飲ませていませんよ。7日経っても戻らなかったり、容態が急変すればどうにかして飲ませようかと思いましたが、あなたはこうして正気に戻りましたからね」
「!」
『羅刹』の説明を受けたとき、治癒力が高いと聞いていたが、私の傷は一切塞がっていない。
これは血を飲んでいないからなのか?
「ちなみに、今日はあなたが正気を失ってから五日目ですよ」
「っえ」
そんなに時間が経ってるの!?
もしかして、五日間暴れ回っていたのかな。それならこの傷も納得だ。
「!」
救護室へ向かう道のりで、ちょうど角を曲がってきた永倉と会った。
「お、って、すげえ怪我だな!?」
ぐったりとした私を見て、永倉さんはギョッとする。
「これから手当てをするところです」
「なんか俺に手伝えることあるか?」
「では、水と手ぬぐいを持ってきてもらえますか?」
「おう!」
救護室に到着すると、山南さんは私を壁に持たれかけさせるようにして、ゆっくりと降ろしてくれた。
そこで初めて、自分の状態をはっきりと確認する。
手の爪は剥がれ、壁を殴ったのか、関節から血が出ている。
縄から逃れようと足掻いたのだろうか、縄と擦れたところは皮膚が裂け、血が流れている。
足は……捻挫なのか、青く腫れ上がっている。
片目が開かないのは、額が切れているからだろうか。
髪は、黒に戻っていた。
「水持ってきたぞ!」
「手ぬぐいもあるだけ持ってきた!」
桶を持った永倉さんと一緒に、なぜか藤堂さんも入ってくる。
満身創痍の私を見て、藤堂さんは複雑な表情を浮かべた。
もしかして、私を生きながらえさせたことに罪悪感を感じていたり……?
いや、それはないか。
単純に、生きているのが不思議なくらい怪我をしているから、驚いているだけだろう。
「ではまず血と汚れを拭きましょうか。着替えは、明日の朝、雪村くんにお願いしましょう」
救護箱から包帯など応急処置ができるものを整理する山南さん、持ってきた手ぬぐいを水につけて私の体を拭いてくれる永倉さんと藤堂さん。
「いっ、」
「痛かったか!?悪い……」
「大丈夫、はは。気にしないで」
これだけ負傷している以上、どうぜどこをどう拭いても痛い。
拭いてもらえるだけでも、すごくありがたい。
「ありがとう、ございます」
結構な枚数の手ぬぐいが血に染まってしまった。
申し訳ない……。
「だいたい拭けたが、手首と額の血が止まらねえな……」
傷口を押さえながら、永倉さんが苦々しい顔をしている。
脈打っているのが自分でもわかる。
「早朝に松本先生がいらっしゃる予定ですが、少し遅いかもしれませんね……」
山南さんも難しい顔をして考え込んでしまう。
本来なら気が遠くなってくるだろうけど、今のところ痛みがあるだけだ。
朝までなら保つと思うけどな……。
「……なあ、こいつって羅刹なんだよな?それなら血を飲ませたらいいんじゃないか?」
「そうですね……。当初は羅刹と相違ないと考えていましたが、どうやら私たちの知る羅刹とは別のようなのです」
「別?どういうことだ?」
「まず、彼女は陽の下を普通に歩き回ることができます。そして何より、吸血衝動を血を飲まずに抑えることができています」
「それを言うなら山南さんもじゃねえか」
「私は、雪村くんの血を飲みました。おそらくそれが関係しているのだと思いますが……この話はここまでにしておきましょう」
雪村さんの話が出ると、2人の視線が険しくなる。
私はまだ会ったことがないけれど、新撰組に保護されている女の子らしい。
初日に土方さんが口にしていた、雪村鋼道という人と関わりがあるのだろうか。
そして、山南さんとも何かあったようだ。
「ともかく、彼女は少なくとも五日間血を飲んでいません。他の羅刹であれば正気は失ったまま、自力で吸血衝動を抑えることもありませんし、それに何より、血を飲まなかったからといって、傷が癒えないということもありません。……彼女は、ただの羅刹とは異なると考えて良いでしょう」
「じゃあ、血を飲ませてもまた回復するとは限らないってことか?」
「やってみないことにはなんとも。栗栖さん、試しに私の血を飲んでみますか?」
「……」
人の血を飲むことに抵抗がなかったわけじゃない。
そうしないともしかしたら死んでしまうかもしれないと思ったから、辻斬りに殺された人や傷を負った人の血を舐めてきた。
心の中の罪悪感に気づかないふりをしながら。
「私は羅刹ですから、栗栖さんのために血を流しても、すぐに塞がりますよ。ご心配なく」
山南さんはそう言うけれど、でも痛いものは痛いだろう。
「ああ、噛む力がなければ刀で……」
「!いや、何もそこまで……」
「ようやく話しましたね。まあ指先程度ですから。飲んでみてください」
鋒で指に傷をつけ、私に差し出す。
私は恐る恐るその血を舐めとる。口の中は鉄の味だ。
「っ、」
苦味に少し顔を顰めると、額の傷が疼いた。
「ふむ。血の量が足りないのか、それとも同じ羅刹の血だから効果がないのか……」
傷口にも出血にも変化がないようだ。
「俺の血を飲んでみるか?」
一刻を争うような出血らしく、藤堂さんの声も焦っている。
山南さんと同じように鋒で指に小さな傷をつける。
藤堂さんは羅刹ではないから、すぐに傷が塞がるわけではないのに……。
「ごめん……」
「いいから早く飲めって」
藤堂さんの指を舐める。
すると、頭に鈍い痛みが走った。
「お、」
額を押さえていた永倉さんがそっと手ぬぐいを離す。
「傷口は塞がってねえけど、出血は止まったみてえだな!」
「手首もだ!」
手首を見てみると、かさぶたのようになっていた。
「やはり、羅刹である私の血では意味がなかったのでしょうね。藤堂くん、助かりました」
「いいって。まあ、出血が止まっただけだから、痛みはあるだろうけどな」
口の中に広がっていた血の味も、切れたところが塞がったのか、かなり収まっていた。
「水を少し、飲んでもいいですか?」
「おう!」
そう言って永倉さんが台所から駆け足で水を持ってきてくれた。
桶の水は私の血で汚れているから、気を遣ってくれたのだろう。
「ありがとうございます」
持ってきてくれた湯飲みを受け取ろうと指を曲げると、かさぶたになったところがまた剥げてしまう。
「痛っ」
「おっと、あんまり動かさねえ方がいいか」
そう言って永倉さんが湯飲みを私の口に近づけてくれる。
水と共に血の味が喉の奥へ流れていく。
口の中がようやくさっぱりした。
「ありがとうございます。……すみません、こんなことまで」
「気にすんなよ。あんたはもう俺たちの協力者だ」
「傷口が完全に塞がらなかったのは、血の量が足りないからなのでしょうか……」
山南さんの目は完全に研究者の目になっている。
このままいくと藤堂さんにもっと血を出させないくらいの様子だ。
まずい、止めなければ、そう思ったとき、機会を見計らったかのように朝日が昇ってきた。
「おや、もう朝ですか。もう少しで松本先生がいらっしゃいますね」
「じゃあ俺は門まで迎えに行ってくるぜ」
そう言って永倉さんは早々に部屋を出ていく。
「……止める隙もありませんでしたね。日の出と共に松本先生がいらっしゃるわけではないのに」
「まあ、新八っつぁんもじっとしてられないんだろうぜ」
女の子がこんなに傷だらけでよ、と藤堂さんは付け足す。
優しい人だな、と思う。
「ごめんなさい、なんだか大事になってしまって……」
「元はと言えば私があなたを五日間何の対処もせずに観察していたのが原因なので、気に病むことはありませんよ」
「いえ。そういった扱いを望んでここにいるのは私ですから。……結果的にこれだけ迷惑をかけていますけど」
気にするなと言われても、やはり気にする。
私がそもそもあの夜、彼らに見つかっていなければよかったのに。
「どんどん考えが暗くなってるぞ。いいって言ってんだから、素直に受け取っとけ」
藤堂さんはまた眩しい笑顔で笑う。
「……ありがとう」
その後、永倉さんが連れてきてくれた松本先生が私の状態を見て驚愕し、慌てて治療をしてくれた。
私に関する報告会はまた後日行うことになった。