夜道の先
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夢を見ていた気がする。
記憶を失くして、血を求めて彷徨って。
知らない男たちに襲われかけて、助けてくれたかと思ったのにその人たちにも刀を向けられて。
居場所も帰る場所もなく、自分が何なのかもわからず、絶望した夢。
「あれ、でも……」
もう夢から覚めたはずなのに、自分のことがわからない。
親はいたはず、誰かに育てられたはず。
何も思い出せない。
わかるのは、夢から覚めても癒えない喉の渇きと、自分の名前だけだ。
「ん……」
目を開けると、私は布団の上にいた。
手足を縄で縛られて。
「っ!」
起きようにも、体に力が入らない。
「あれは、夢じゃなかったのね……」
襖が開く。
「起きたか?」
入ってきたのは、私を始めに助けてくれた男だった。
「あなたは、あの時の……」
彼の目には殺意がない。
あるのはただ、疑念と戸惑いだ。
「起きれるか?」
私が体を起こそうともぞもぞ動いていることに気づき、手を貸してくれた。
「……ありがとうございます」
ただ、起きた体勢を自力で保ちきれず、壁に寄りかかれるようにしてもらった。
「あの、ここは、いや、それよりもあなたは……いえ、私から名乗るべきですね。ええと、でも先に私の事情を、」
「落ち着け。他のみんなを呼んでくるから、あんたのことはそれから聞かせてもらうよ」
「わかりました。……あの、一つだけ聞かせてください」
「ん?」
「私は、殺されるのですか」
「……あんた次第、だな」
そういって彼は行ってしまった。
彼が開けていった襖から、陽の光が差し込んでくる。
血を舐めていないせいか、白髪のままだし、日差しによる倦怠感が強い。
「まぶたが重い……」
うっかり目を閉じてしまう。
ハッと目を覚ました時には、もう夜になっていた。
「!っいた、」
驚いて手足を動かそうとし、身動きをとれずにそのまま倒れてしまう。
こんな手足も縛られて殺されるかもしれない状況で、また眠ってしまうなんて。
「!」
私が倒れた音を聞いて、男たちが中に入ってくる。
それと同時に私に刀を向けた。
「えっ?これはいったい……」
「……」
私に刀を向け、かなり警戒している様子が見て取れた。
眠る前は白髪だった私の髪は、黒くなっている。
「あの……」
「動くな」
そういえば、眠ってしまう前よりも縄がキツく結ばれているような。
「いったい何があったんです?」
「本当に覚えていないのか?」
「覚えているも何も、眠っていただけですし……夢すら見た覚えはありません」
当惑する私を見て、嘘はついていないと理解してくれたのか、とりあえず刀を鞘に収めてくれた。
「私が眠っている間、何があったのか教えてもらえませんか」
男は、はあ、と大きいため息を吐いて、私の前に座った。
「藤堂に呼ばれてここへ駆けつけた時、お前はもう自力で縄を解いて外へ出てきていた」
「えっ」
「それからお前は、突然俺に掴みかかり、噛み付いてきやがった」
男は包帯で巻かれた腕を見せてくる。
包帯を解くと、そこには明らかに人間の歯形がついていた。血が滲むほどに。
「…………これを、私が?」
「ああ。お前は俺の腕を噛んだ後、すぐに気を失い、その隙をついて縄を縛り直して、今に至る」
信じられない。
信じたくない。
けれど、寝る前にあった喉の渇きが、今は癒えている。
それが何よりの証拠だった。
「そんな……」
頭に浮かんだのは、絶望だ。
血を飲まなかったところで、私の髪が白く染まったり、癒えない喉の乾きに苦しむ程度だと思っていた。
私が辛いだけで、別に誰にも迷惑はかけないだろうと。
……どうして、そんな安易なことを考えてしまったんだろう。
「謝って済むことではないけれど、本当に申し訳ありません」
私はこれから眠気が来る度に、人を襲うかもしれないという恐怖を抱えなければならないのか。
いや、それよりも、私は生きていていいのだろうか。
「……お前が正気のうちに、いくつか確認しておきたいことがある」
「……何でしょうか」
「まず、名前は?」
「栗栖 奏です」
「『羅刹』という言葉に聞き覚えは?」
「いえ……」
「『変若水』も『雪村鋼道』にも聞き覚えはないか?」
「ゆきむら……?あるような、ないような……」
「?」
私のはっきりしない回答に、男は眉を寄せる。
「あの、実は記憶がないんです」
「……は?」
「数日前にこの京に、いつの間にか辿り着いていて、それまでの記憶が一切ないんです。名前くらいしか、覚えていなくて」
男たちは一斉に頭を抱えた。
「じゃあ君は、京に辿り着いてからどうやって暮らしてたの?知り合いもいないのに」
「裏道に隠れて夜を明かしたり、食べられそうな雑草を食べたり……、あとはお優しい茶屋の方がお茶を分けてくださいました」
「だがあんたは、吸血衝動があるだろう」
「それは……辻斬りにあった方から一滴いただいたり、怪我をしている方の傷口を舐めたりしてやり過ごしました」
「それで、血の匂いを辿っていたら、羅刹に会った、ってところか」
「あの、先ほどから言っている、らせつ、とは何ですか?」
「お前が見た、白髪の男たちのことだ」
「…………私も羅刹なのでしょうか」
「何とも言えんが、少なくとも現段階ではそう判断せざるを得ない」
私の目の前で『羅刹』を斬殺した彼ら。
彼らにとって『羅刹』は間違いなく敵なのだろう。
「では私は、殺されるのですか」
「……」
沈黙が流れる。
彼らは迷っているのだろうか。
自分たちの仲間に無意識に噛み付くような私の処分に?
どう考えても殺される。聞くまでもない。
けれどこの沈黙はなんだろう。
私は今、利用価値を推し測られているのだろうか。
「…………何か私に、できることがあるのですか」
これだけ大変なことをして、これだけ他人に危害を加えてなお、私は死にたくないのだと痛感する。
なんて見苦しいんだろう、私は。
「何でもお手伝いします。私にできることがあるのなら、何でも。……襲っておいて言えることではありませんが、何もわからないまま、何も思い出せないまま、わけもわからず死にたくはないのです」
泣く資格なんてない。
苦しいと弱音を吐く資格もない。
でも私は、自分がなぜこうなってしまったのか、それを知るまでは死ねない。
そうでないと、自分がなぜ生まれてきたのか、なぜこんな状態になってまで生きて京まで辿り着いたのか、その時の私のことも否定しなければならないから。
自分の人生のどこかに、少しでも正しく在れた瞬間があったと信じたい。
「どうか……」
私の懇願に、それまで悩んでいた男たちが、顔を見合わせた。
「トシ」
大柄の男が、初めて言葉を発した。
「近藤さん……」
「少し様子を見ないか。トシを傷つけたことは当然許しがたいが、彼女には何か、手がかりがあるような気がするんだ」
「……近藤さんがそう言うなら」
おそらくこの組織の頭だ。
彼の一言で、空気が変わった。
「私は近藤勇。この新撰組の局長を務めている。新撰組のことは、知っているかな」
私は近藤という男の一言によって、一命を取り留めた。