夜道の先
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「……」
薫は、刀を構えたまま動かなかった。
「薫……」
「っは、その顔……むかつく……」
ドサッと倒れた薫を抱える。
「どうせ私もすぐに合流だよ」
「まあ、せいぜい、ッあがきなよ……」
目の前で、薫は灰になった。
そのときぶわっと実感が湧いてきた。
私もいつか、いや、近いうちに同じようになるんだ。
もしかしたらそれは今日かもしれない。
「またね、薫」
私はすぐに平助くんたちのところへ加勢に駆けつける。
「遅くなりました!」
二人もかなり消耗しているのが見て取れた。
「薫は?」
「……」
「……そうか」
平助くんは私の表情から察し、それ以上は聞いてこなかった。
「羅刹隊はキリがありません!何か一掃できる方法があれば……」
「……こいつら、指示通りに動くはずですよね?」
「でもそれは綱道さんか薫じゃねえと無理なんじゃねえか?」
「もし、薫や綱道さんが、こいつらの指揮を私が取ることも考えていたとしたら……」
それに何より、門の時点で私と薫が友好的に話しているのを見ていたはず。
「二人とも、刀を納めて私の後ろへ」
「……」
二人は顔を見合わせ、一旦私の後ろへ退いた。
……思惑通り、羅刹は私に斬りかかろうとしたところで、刀を止めた。
「羅刹隊、後退しなさい」
羅刹たちは虚な目のまま、刀を抜いたまま、少し後退した。
「そのまま待機」
私が計画を遂行しようと言っていれば、そのまま羅刹の国建国計画は進められていただろう。
「一掃するには、この城ごと壊す必要があると思います」
「ええ」
「平助くんと山南さんは先に外へ向かってください。私は城に火を放ちながら後を追います」
「……必ず、外まで出てきてくださいね」
「はい、必ず」
「待ってくれ。奏がここに残るなら俺も残る」
「でも……」
「一人で火を放つより、二人でしたほうが早いだろ」
「……わかった。山南さんは怪我のこともありますし、おそらく私たちの中で一番羅刹としての寿命が短いと思います。ですので、なるべく戦わずに早く外へ出てください」
「ここまできて迷惑をかけてしまうなど……」
「大丈夫ですよ。迷惑なんかじゃありません。私は山南さんのおかげで新撰組での役割を見出せました。その恩返しには足りないかもしれませんが、これくらい任せてください」
山南さんは私の言葉に何か言いたげだったが、ありがとう、と言って先に走って出て行った。
「そこの棚に油があったはずだから、それをまいて蝋燭の火をつけよう」
「ああ」
燃えにくそうな廊下などに少量の油をまき、灯りとして使われている蝋燭の火をつけていく。
羅刹たちは指示通りにそこから動かず、それは火の手が広がってきても同じ様子だった。
「あとは勝手に燃え広がると思う」
「そうだな、早く外へ出よう」
平助くんと城の中を駆け回る。
すると途中に血痕を見つけた。
「これ、まさか、」
血痕を追っていく。
まさか、山南さん?
もしかしてまだ外で待機していた羅刹がいたのか?
「山南さん!」
嫌な予想ほどよく当たる。
羅刹の力ではすぐに塞がらないほどの怪我をした山南さんが壁にもたれていた。
近くに寄ってきていた羅刹を斬り伏せ、傍に駆け寄る。
「ごめんなさい、まさかこんな……」
「謝らないでっください、奏くん……私が、油断しただけで……っかは、」
「山南さん……」
「私は、大丈夫ですから……」
山南さんは私たちに先に行けという。
山南さんが限界なのはもうわかってる。でもこんなところに置いていけないよ……。
「いいえ、山南さん。外まで一緒に行きましょう」
「……」
平助くんは黙ったままだ。
「平助くん、他に羅刹が残ってないか確認しながら気をつけていこう」
私は山南さんを抱え上げる。
でも状態ひどく、抱え上げた瞬間に山南さんが吐血した。
「!」
「…… 奏」
平助くんが私を諭すような声を出した。
その声に応えるように、山南さんが頷く。
「…………山南さん」
「奏くん……、私の、無茶な研究にも……、付き合ってくれて、ありがと、ございました」
「とんでもないです。さっきも言ったように、山南さんのおかげで私は新撰組の役に立つことができたのですから」
私と平助くんは山南さんの手を握る。
「大丈夫ですよ。最期までここにいます」
火の手がどんどん広がってきているが、それと同じように山南さんも徐々に灰になっていく。
「ありがとう……」
その言葉を最後に、握っていた温もりが灰と化す。
「……行こう」
私は平助くんに手を引かれて走り出した。
羅刹が出てくる度に待機の指示を出す。
「きひひひ!!」
「平助くん!」
私の指示が通らなかった羅刹が平助くんに斬りかかった。
私は咄嗟に手を引き返して庇う。
「っぐ……」
「奏!」
おそらく、指示すら聞けない羅刹たちがこの火の手に乗じて檻から抜け出してしまったのだろう。
「私は大丈夫。でもこれ……どうにかしないと外には出れなさそうだね」
ざっと二十体ほどか。
「平助くん」
「ああ。奏、無理はするなよ」
私たちは最後の力を振り絞り、なるべく怪我をしないように攻撃をかわしながら着実に一体ずつ倒していく。
「っくそ、」
さっき斬られた傷が、まだ塞がらない。
私の力ももう限界か……。
「っおらあ!!」
羅刹たちを次々に斬り倒す。
自分の体を庇いながら戦っていては、消耗戦になってしまうから。
「これで、最後!」
私は自分の周囲にいる最後の羅刹を斬り伏せ、その勢いのまま平助くんを囲んでいる羅刹にも斬りかかった。
「奏!?」
「っせい!」
「奏、後ろ!」
私が最後の羅刹を斬ったと油断したところで、後ろにまだ一体残っていた。
ドンッと平助くんに突き飛ばされる。
「平助くん!!」
「っくらえ!」
斬られたにも関わらず、動揺も見せずに羅刹を斬り伏せる。
でも、傷が塞がらない。
「あれで最後だったけど、平助くん、傷が……」
「っはは、格好つかねえ」
「どうしよう、血が止まらない……」
「奏もさっき斬られたところ治ってねえじゃん……」
お互いの死期を悟るも、互いに肩を貸しあって外へ歩き出す。
「……思えばさ、平助くんがいなかったら、私はもうとっくの昔に死んでたんだよね」
「……?」
「だって平助くんが言ってくれたから、私は土方さんを傷つけてなお新撰組にいさせてもらえたんだもん」
「そんなこともあったな……」
「……すごく感謝してるし、私、平助くんのこと大好きだよ」
「!」
平助くんがパッと私を見る。
「俺も……、俺も奏のことが好きだ」
「もっと早くちゃんと言葉で伝えておけばよかったな……」
思わずそんな言葉が出る。
「これから……これから何回でも言えばいいだろ」
「!」
これから、なんて。
この状態から回復は望めない。
それでも平助くんはこれからの話をしてくれるんだ。
「……そうだね」
外へ出ると、もうすぐ日が昇る頃だった。
私たちは城から少し離れたところに倒れ込む。
「はあ……」
「外に出てこれたな……」
沖田さんと千鶴さんは、無事に綱道さんと決着をつけれただろうか。
そんなことに思いを巡らせながら、ふとこれまでのことを思い返した。
「……私、屯所の近くの、茶屋のお団子また食べたいな……」
そうぼそっと呟くと、平助くんの笑い声が聞こえてくる。
「ハハッ、ぅ、いて……」
笑った振動が傷に障ったようだった。
「大丈夫?」
「あはは、ああ。そうだな、また食べに行こうぜ」
徐々に明るくなる空を眺める。
「ねえ、平助くん」
「うん?」
「手、繋いでもいい?」
「……ああ」
平助くんと手を繋ぐ。
指先まではもう力が入らない。
手の感触も薄いな……。
もっと早く伝えていれば、もっと早くこうしていれば、そんな思いが溢れそうなのを抑える。
「奏」
「うん」
「ありがとう。あのとき、新撰組に残ってでも生きることを選んでくれて」
「!」
「お前は俺のおかげで生きれたって言うけどさ、お前が生きようとしなかったら無理だった」
夜が、明ける。
「お前が生きていてくれたから、俺はお前を愛せたんだ」
「平助、くん……」
手の力が抜け、瞼が重くなってくる。
「お前と出会えて、お前を愛せて、俺は幸せだったよ」
「……私も!私も、平助くん、に、助けてもらえて、よかっ、た……。幸せだった……だい、すき……」
もう体に力が入らないけど、私の目は確かに平助くんを捉えている。
灰になっていく、平助くんを。夜明けの空を。
「ありがとう」
私はゆっくりと目を閉じた。