夜道の先
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結局、血に関しては無理に傷をつけるのではなく、千鶴さんがうっかり怪我をしてしまったりした時に、少し舐めさせてもらうことに落ち着いた。
また、土方さんたちにも情報を共有し、今後幹部の誰かが怪我をした場合にも血を分けてもらえることになった。
「それで、千鶴の血を舐めた後、記憶に変化はあったのか?」
「はい。両親のことを思い出しました。……そして、その家が焼け落ちてしまったことも」
千鶴さんの血を飲んだ後、夢に両親が出てきた。
私は元々農民の娘で、平和に、穏やかな生活を送っていたこと。
そしてその家が地域同士のいざこざに巻き込まれて燃えてしまい、両親もその火事から私を守るために焼け死んでしまったこと。
「でもまだそれくらいです。任務などの核心に迫るような記憶は戻っていなくて……」
「……そうか」
土方さんは短くそう言っただけだった。
私を憐れむでもなく、淡々と話してくれるその姿が、私にはありがたかった。
「また何か思い出したら報告しろ」
「はい」
失礼します、と私は部屋を出る。
肝心なことを思い出せないのがもどかしい。
でもだからといって血を催促するようなことはできない。
ふぅ、と息を吐いて部屋に戻っていると、少し遠くからバタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
「奏さーん!」
「?」
振り返ると、炊事場から出てきたらしい千鶴さんが腕を捲った状態のまま、駆けて来ていた。
よく見ると、片手から血が出ている。
「先ほど料理のお手伝いをしていたときにうっかり切ってしまいまして……」
……本当にうっかりだといいんだけど。
そう思いながらも、ありがたく舐めさせてもらう。
「傷口は塞がっているのね」
「はい。治りは早いですから」
「わざわざありがとう。でもね千鶴さん、あまり無理はしないで。怪我も極力しな方がいいんだから」
「はい!もちろんです」
そうして千鶴さんは嵐のように去っていった。
それから千鶴さんは毎日のように私のところへ通って来てくれるようになった。
私は初めの頃、千鶴さんがわざと怪我をしたフリをして私のところへ来てくれているのかと思った。
しかし、彼女にわざと怪我をしているのではと聞いても、彼女はキョトンとして首を傾げるだけだった。
千鶴さんは嘘がつけるような器用さを持ち合わせていないから、彼女は本当に『うっかり』怪我をしているのだろう。
だが、それにしても多すぎる。
「……あの、山南さん」
「はい?」
「千鶴さんってこんなによく怪我をする方でしたか?」
「……私も、土方くんや沖田くんに確認してみたのですが、よくうっかりをしているところは見かけても、そんなに怪我をしているとは知らなかった、と言っていました」
「……もしかして、怪我がすぐ治ってしまうから、怪我に対する危機感が人間よりも薄いのでしょうか?」
「その可能性は十分にあり得ると思いますね」
千鶴さんのおかげで、私の記憶はどんどん蘇っている。
薫や綱道さんと過ごした時の記憶も、変若水を飲まされた時に記憶も。
あと残すは任務に関する記憶だけ。
「記憶が戻るのはありがたいですが、千鶴さんが私たちの知らないところでこんなに小さな怪我を頻繁にしていたとは……」
「今回こうした形ではありますが、それを知れたことはよかったと思いますよ」
「だといいんですけど……」
そう話していると、遠くから足音が聞こえてくる。
もう、千鶴さんの足音を覚えてしまった。
襖を開けて待っていると、今日は足を擦りむいたらしい千鶴さんがやってきた。
「先ほど走っていたら転んでしまって、布と擦れて血が出てしまったんです」
今回は膝だということで、山南さんには一旦外へ出てもらった。
血を舐めとれば、千鶴さんの傷口はもう塞がっている。
「……千鶴さん、おそらく今日が最後になると思う」
「え?」
「複雑な気持ちだけど、千鶴さんのおかげで記憶がほとんど戻ったの」
「そうなんですか!?」
「ええ。千鶴さん、毎日のように私のところへ来てくれたでしょ?」
「はい!お役に立てて良かったです」
「……うん、あのね。こういうの、血をもらうだけもらってから言うのはずるいと思うんだけど」
「はい?」
「もう、たとえすぐに治るような小さな傷であっても、怪我をしないように気をつけてほしい」
千鶴さんは、わかりました、気をつけます!と元気に頷く。
「千鶴さんのうっかりのおかげで私は助かったけど、怪我をしてほしいわけでは絶対にないからね」
「はい。奏さんはお優しいですね」
「本当に優しかったら、私のところに毎日来だした時点で注意してるよ」
はは、と誤魔化すように笑うと、それでも千鶴さんは私を優しいと言ってくれた。
その言葉に報いれるように、今日の夢でしっかり任務のことを確認しないと。
夢を見た。
薫たちと話している夢。羅刹の今後について会議している夢。
「今のところ、変若水飲んでも正気を保ててるのは奏だけ。なんでかもわかんないし……」
「言うことを聞く羅刹を量産できても、それはただの有象無象だし、戦力と言っていいかどうかも怪しいんじゃない?私は散々研究に協力したわよね」
「うむ……」
「なあ、本当に何もわからないの?父様」
「なにしろ、奏だけだからな……あと数人いれば共通する何かがわかるのだが……」
「誰に飲ませても、狂うか従順になるかだからね」
この頃、変若水の改良を重ねていたが、どうにも行き詰まっていた。
羅刹の国を作るという綱道さんの夢のためには、変若水を飲んでも正気を失わない人間がもっと大量に必要だった。
唯一正気を失わなかった私に対して色んな実験や研究を行い、正気を失わないための鍵を知ろうとしたが、成果は出なかった。
「こうなれば、奏を我ら鬼と同程度に鍛えた方が、統率者を増やせて良いかもしれんな……」
「二人と同程度にって……どうやって?私は二人と違って鬼の血は引いてないし、羅刹の力を使いすぎると灰になっちゃうわよ」
「……ひとつ、試したいことがある」
「?」
「羅刹となったお前の体に、より濃い鬼の血や強者の血を取り入れることで、人間としてのお前自身の血が薄れ、強くなれるのではないか……」
「……ってことは、二人の血を飲み続ければいいってこと?」
「いや……薫はともかく、私は混血だ」
「じゃあ俺の血をあげればいいってこと?」
薫は少し不服そうにしていたが、何かを思いついたようにニヤリと笑う。
「……ねえ、俺にいい考えがあるんだけど」
そうして告げられたのが、私を新撰組へ潜入できるように仕込み、千鶴の血をもらうということだった。
そうしてもし強くなれた暁には千鶴を連れてこの拠点に戻ってくること。
「千鶴って、あんたの双子の片割れであり、綱道さんの娘じゃないの?」
「千鶴の血は確かに薫と同じ純血だが……」
南雲家で散々苦しんできた薫の手前はっきりは言えないようだが、綱道さん千鶴に痛い思いをさせるのが嫌な様子だった。
「そこは奏の努力次第でしょ。元々この羅刹の国だって千鶴を掲げて雪村一族を復権させ、鬼が堂々と生きていけるようにするためだろ?それなら千鶴にもちょっとは協力してもらわなきゃ」
薫の言うことはもっともだと思う。
会ったことはないけど、その千鶴のために薫も綱道さんもこんなに大掛かりに取り組んでいるわけだし。
……あっちが望んでるかどうかは知らないけど。
「でも私、演技とか自信ないんだけど?」
「そこは俺に任せなよ、ッ!」
そこで私は薫に不意打ちで後頭部を殴られ、意識を失った。