夜道の先
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「体調はどう?藤堂くん」
藤堂くんが羅刹になって帰ってきてから、新撰組は旧伏見奉行所を拠点として動いていた。
「ああ。昼間はやっぱだるいけど、夜はどうってことないよ。昼も元気に動き回れる奏の凄さがやっとわかった」
「そっか……もう少し改善が必要だね……」
藤堂くんは隊士から隠れて過ごしている上に、街でも顔が知れているため、下手に動けなくなっていた。
あれから私は何度も外出したけど、記憶に進展はない。
「山南さんは?」
「部屋にこもって薬煎じてる」
「今日も収穫はなしか?」
「うん……。はあ、もう一回薫に会えたら、また思い出せるのかなぁ……」
「そいつは、お前の記憶が戻るのを望んでるんだよな?」
「そうみたい。……今ね、記憶を思い出したい気持ちはもちろんあるんだけど、怖い気持ちもあるんだ」
「怖い?」
「うん。薫の口振りからすると、私が記憶を取り戻して任務を遂行すれば、たぶんそれは新撰組と敵対することなんだと思う」
藤堂くんは真剣に耳を傾けてくれている。
薫は新撰組と敵対している。
記憶を取り戻した私が薫の元に戻ることになるなら、それはやはり、新撰組と敵対するということだろう。
「今の私は記憶がないから、絶対そうはならないって強く思えるけど、もし、その記憶の中に薫たちに従わなきゃいけない理由があるとしたら……私は……」
考えただけでも頭が痛くなってくる。
薫はどうして、わざわざこんな回りくどいことをしたんだろう……。
「心配すんな!」
バシッと藤堂くんが強めに私の背中を叩く。
「記憶をなくす前のお前がどんな奴だったかは知らねーけどさ、俺が知ってる奏は、黙って俺たちに危害を加えるような奴じゃないぜ」
「藤堂くん……」
そんな話をしていると、急に奉行所が騒がしくなる。
何かあったのか確認しに行こうにも、私たちは下手に動けない。
しばらく情報を待っていると、こそこそとやってきた山南さんが状況を教えてくれた。
「どうやら、御陵衛士の残党がいたようです」
近藤さんが撃たれたらしい。
すぐに治療をしているが、状態は芳しくなく……。
「……でも、近藤さんですから。きっと回復しますよね」
今は、信じるしかない。
変若水を飲めば治るけど、近藤さんが新撰組から欠けてしまえば、新撰組は格好の餌食だ。
薩長の人、鬼、この組織の敵は多い。
藤堂くんや山南さんが表立って動けないだけでも痛手なのに。
「そして、沖田くんの容態も安定しません……」
「そんな……」
治りはしないだろう、とは思っていた。
でも、またいつか戦えるくらいには回復するだろうと勝手に踏んでいた。
違ったんだ……。
変若水では病は治せない。
「……?」
……どうして、変若水では病を治せないと思ったんだろう。
試したこともないのに……。
「奏?どうかしたか?」
「あ、ううん、なんでもない……」
記憶と関係してるのか……?
わからない。
けど、こんな不確かな情報を伝えるわけにもいかない。
私に今できることはないんだ……。
それから数日して、近藤さんは起き上がれるくらいに回復した。
沖田さんは……相変わらず調子が悪い。
会いに行っても、顔も見せてくれなくなった。
「沖田さん、ご飯もあまり食べていないみたいだけど、大丈夫かな……」
「総司のやつ……食べねーと治るもんも治らねーってのに」
あれ以来、藤堂くんとは基本的に一緒に行動している。
私に何かあった時に異変に気付きやすいし、守りやすいからだと藤堂くんが山南さんに申し出てくれたらしい。
「本当に、そ……っぐ、」
急に腹の底から熱いものが込み上げてくる感覚。
「奏?」
「っげほ、」
血。
これは、血だ。
なんで。
「奏!!」
藤堂くんの声が遠くに聞こえる。
でも、私の意識は飛ばない。
「おい!聞こえるか!?」
「ち、から、が……」
手足から力が抜け、その場に倒れる。
意識はなくならない。
「っくそ、とりあえず山南さんのところに!」
藤堂くんが私を抱えて走ってくれる。
その間ずっと、私の頭の中では様々な考えが巡っていた。
最近記憶に変化はない。
吸血衝動もない。
だから血も飲んでいない。
でも、こんなに長い期間何ともなかったのに?
薫なら何か知ってるのかな。
ああ、また迷惑かけて……。
私が倒れたのが昼だったら、藤堂くんももしかしたらここまでの力は発揮できず、そのまま外で野垂れ死んでいたかもしれない。
最近陽光を浴びていると肩が凝るような感じがしていたから、もしかすると陽光への耐性も弱まっていたのかもしれない。
「山南さん!!」
無事山南さんの部屋に着いた後は、いつも通り薬を飲んだり、横になったりしてみたが、回復しない。
「……ちょっといいかな」
どんどん身体中の感覚が鈍ってきていた時、襖の外から沖田さんの声が聞こえた。
「総司?」
藤堂くんは不思議に思いながらも襖を開ける。
するとそこには、羅刹となった沖田さんがいた。
「お前っ……!」
「……奏ちゃん、もしかして倒れた?」
「それよりお前、言うことがっ」
「いいから!答えて」
「……ああそうだよ。さっき吐血して倒れたんだ。薬飲んでも効かねーみたいで」
「どうやら……沖田くんは何かを知っているようですね」
「はは……さすが、山南さんは鋭いなあ」
沖田さんは疲れ切った表情をしていたけど、それでも私を案じている様子だった。
「さっき南雲薫に会った」
「!」
「……僕が羅刹になったのも、まあそいつに唆されちゃったからなんだけど」
まさか、病気が治ると言われて飲んだのか。
「労咳は結局治らなかったけど、前に比べたら体は軽いし……」
沖田さんは確かめるように手を握りしめる。
「それより、あいつが言ってたんだけど、奏ちゃん」
「……?」
「君、これ以上血を飲まずに生活してたら、死んじゃうって」
「っえ、ゲホッ、ぅ……」
死ぬ?なんで?これまで何ともなかったのに。
それから沖田さんは薫から聞いた話を全て話してくれた。
私が記憶を取り戻す鍵は、血を飲むこと。
力のある人間の血か、鬼の血を飲めば記憶が戻るらしい。
そして、血を飲まなければ、徐々に体から力が抜けていき、いずれは死に至るという。
「そんな……」
ここにいるのは全員羅刹。
変若水を飲む前であれば全員力のある人間に該当しただろうが……。
「俺じゃあ、もう……」
「あの!」
その時、突然千鶴さんが現れた。
「すみません……沖田さんの様子がおかしかったので、後を尾けてしまって」
「僕、千鶴ちゃんに気づけないくらい焦ってたのかな……」
「奏さん、私の血を飲んでください」
「!」
ここに来てから、千鶴さんの血について話すのはご法度だった。
新撰組が囲ってる女の子。
変若水を新撰組に置いていった、雪村鋼道の娘。
手を出しちゃいけないことくらい、誰でもわかる。
「私の傷はすぐに塞がります。その、薫さんは、どれくらいの量とかは話していなかったんですよね?」
「まあ、そうだけど……」
「それなら、指先を少し切る程度でもいいかもしれませんし」
この日の千鶴さんは、押しが強かった。
自分のせいで新撰組が鬼に狙われているとか、自分は足手まといでしかないんじゃないかとか、彼女なりに色々考えていたんだろう。
そこで、私に対してではあるけど、役に立てることを見つけた、といったところか。
「……ひ、とまず、っ、こん、ぁい、だぇ……」
今回だけ。
喉奥から必死に言葉を紡ぎ出す。
すると、千鶴さんは意を決して刀で自分の指を切り、私に差し出してくれた。
それを舌でどうにか舐め取る。
「ぅぐ、」
体の中で、ボキボキと鳴ってはいけない音が鳴っている。
「奏!」
また薫に騙されたか?
そんな考えが一瞬浮かんだが、薫は私に任務を思い出して帰ってきてほしいはず。
「……っ」
しばらく体の異変に耐えていると、今までの不調が嘘のように体が急に軽くなった。
「っはあ、」
ようやく深呼吸する。
もうどこもおかしな音はならないし、感覚も、むしろ鋭くなっている。
「何ともないか?」
「……うん。さっきまでの苦しみが嘘みたいに消えてる……」
千鶴さんも沖田さんも山南さんも、みんなほっとした顔で私を見る。
藤堂くんは少し泣きそうですらあった。
「本当にありがとう、千鶴さん。これからは千鶴さんに頼らなくても大丈夫な方法を見つけるから……」
「そんな!これくらいのこと、私を頼ってください」
私も皆さんの力になりたいんです、と千鶴さんは泣きそうな顔をする。
「でも……いくら傷がすぐ塞がるからといっても、千鶴さんの指に傷をつけてまで血を飲むのは、気が引けるよ」
うっかり怪我した時とか、どこかで引っ掛けて切れちゃった時とか、そういう場合に血を少し舐めさせてもらうならともかく、わざわざ傷をつけるなんて……。
「奏くんのことについては、また詳しく話し合う必要がありそうですね」
「そうだな……今日のところは一旦みんな部屋に戻ろうぜ。総司も、な」
「……そうだね」
沖田さんは千鶴さんを連れて部屋を出て行く。
千鶴さんの、ここで役に立ちたいという気持ちは理解できる。
でも、新撰組の誰もが千鶴さんにそんな役割を望んでいないのだ。
彼らにとって千鶴さんは守る対象であり、自分たちの作戦の要員に千鶴さんを加えて考えたりしていない。
役に立ちたい彼女と、新撰組との間で、心構えに差が出てきているのかもしれない。