終わりから始まった恋
私は早々に準備を済ませて、昼過ぎくらいにイッキを招き入れた。
「来てくれてありがとう」
「こちらこそ。お招きありがとう」
昨日と同じように、イッキにコーヒーを出す。
何から、どこから話そう。
まずイッキの気持ちを確かめるべき?
というか、確かめてから呼ぶべきだったんじゃ……。
「話って?」
「えっと……」
「ゆっくりでいいよ、時間はあるから」
イッキは私がいろんな男と話をしていることを知っていた。
でも何も言ってこなかった。
ということは、今後長続きさせる気はないのかな。
私から言ってくるのを待っていた、とかなら……いいんだけど。
「……」
だんだん手が冷えてきた。変な汗も出てくる。
今気持ちを確かめたとして、もしイッキに関係を続ける気がなかったら、今日呼んだ意味もなくなってしまう。
「#名前#?」
わざわざ家にまで呼んで振られるの?
いやでも、リカさんの話通りにいくなら、イッキは私に対して今までの女の子と違う反応を示してる。
本気で好きになってくれてる……のかな。
「#名前#」
「っ!あ、ご、ごめんなさいっ」
「ううん。大丈夫?もし体調が悪いなら、」
「……大丈夫」
一度、深呼吸をして肩の力を抜く。
ここまできたんだから、もう聞くしかない。
「あのね、」
「うん」
イッキの優しい目に、なんだか泣いてしまいそうになる。
「っ、ずっと聞きたかったことがあるの」
拳を握る。
「イッキは、私とこれからも付き合いたいと思ってくれてる……?」
「え?」
「ほ、ほら、そもそも3ヶ月で別れるみたいな感じだったじゃない?でもイッキが私のことを好きになってくれて3ヶ月経っても別れずにいたいと思ってくれてたりしないかなーなんて!あ、あは……」
「……」
イッキはびっくりした顔で固まっている。
……どうしよう。違ったかな。
不安が一気に押し寄せてきて、視界が滲む。
「……ごめんなさ、」
「好きだよ」
「!」
イッキは席を立って、私の横に膝をつく。
硬く握られた私の手を取って、優しく包みこんでくれた。
イッキの温かさに、冷えた心が溶けていく。
「これ以上ないくらい、君が好きだよ。ごめん、まさか伝わってないとは思わなくて」
「ほ、本当……?」
「うん。確かに初めは3ヶ月のつもりだった。でも本当に最初だけ。僕の目を見なくても真っ直ぐに慕ってくれる君を見て、ずっと一緒にいたいと思ったんだ」
イッキが優しい眼差しで真っ直ぐに私を見つめる。
「嬉しい……」
手の力が抜けて、イッキが指を絡ませてくる。
「……ねえ、もしかして君が嫌がらせのことを教えてくれなかったのって、それが原因?」
「やっぱり気付いてたんだ……」
「気付いたのは最近だけどね。3ヶ月で終わるから、我慢すればいいと思ってた?それとも、僕はそんなに頼りなかった……?」
「違うの!もしイッキが3ヶ月で別れる気でいるなら、残りの数日も楽しく過ごしたかっただけ……。嫌がらせを受けてるなんて、そんな話したらそっちに気が逸れちゃうでしょ?」
イッキの手を握り返して、自分の気持ちを素直に伝える。
「だから、イッキの気持ちをちゃんと確かめるまでは、言わないでおこうって思って……。でも確かめたら、もしかしたら、そこで全部終わっちゃうかもって思ったら怖くて……」
ずっと堪えていた涙が、頬を伝って手に落ちる。
「ごめん……」
「君が謝ることじゃないよ」
イッキの前でこんな風に泣いたのは初めてだ。
涙が止まらない私を安心させるように、イッキが背中をさする。
「不安にさせてごめん。もっと早く伝えておけばよかったね。好きだよって、ずっと一緒にいようって」
「うぅ……」
イッキは私のことを想ってくれていたんだ。
さっきまでの不安が嘘のように、今は未来が明るく見える。
「よしよし、こんなに泣く君は初めて見たな。君はいつも笑っている印象が強かったから」
「ぅ……んふ、それなら、私の計画通りだね」
鼻をすすりながらも、顔が綻ぶ。
「もっと君の気持ちに気づけるようにならないとね」
それからイッキにこれまでの嫌がらせについて話した。
集めた証拠やデータと一緒に説明した。
「……証拠があるのはこれで全部だよ」
「……」
話し終えても、イッキはしばらく呆然としていた。
「……こんなことを、君はずっと耐えてたの?」
「耐えるっていうか、郵便受けのとかはそんなにダメージないよ。管理人さんが優しくて、掃除してくれたりしたから」
それからFCがやったという証拠はないけど、私の情報が勝手に登録されている出会い系サイトについても説明した。
いくつかは協力してくれた男性たちのおかげもあってか、アカウントが停止されていた。
「これって、もしかして前に君が知らない男に追いかけられてたのと関係ある?」
「うん。あの後、他にも何人か声をかけてきた人がいて、」
「ごめん」
説明しようとすると、イッキが私の話を遮って頭を下げる。
「?」
「君のこと、尾けてたんだ」
「あ、それ昨日リカさんに聞いたよ。私が男の人と色々話してるの、見てたんだって?」
「リカが?……いや、まあうん。君のことが心配で、送迎は断られたけど気になって……」
「心配してくれてありがとう。ちょっと危ないこともあったけど、情報を集めて協力してもらってたの」
「……うん」
「その成果かなー、アカウント停止になってるの。あんまり悪質なサイトじゃなかったみたいだから、マトモな人もいたんだよね」
「ねえ、」
イッキが私の手を取る。
「うん?」
イッキの手が、微かに震えている気がした。
「今度からは、僕を頼って。1人で危ないことしないで」
「……」
少し迷った。
あんまりイッキを変なことに巻き込みたくないから。
「#名前#」
「っ……うん!もちろん」
いつもの優しい声に、少し圧が加わる。
「でもたぶん、もう大丈夫だと思うよ」
「?」
昨日リカさんと話した内容をイッキにも伝える。
それはつまり、これまでのことはFCからの嫌がらせだと裏付けることにもなる。
「……つまり、リカも嫌がらせに加担してたってこと?」
イッキは神妙な顔をしている。
もしかして知らなかったのかな。
そういえばリカさんとイッキは古い友人だし、イッキはずっと、リカさんがFCを抑えていると思っていたのかもしれない。
「イッキ?」
「ねえ、君はどこまで知ってるの?」
「え?どこまで、っていうほどは知らないよ。今話したことが全部。あとはリカさんに聞かないと……」
今の段階では、イッキより私の方が情報量は多い。
でも、イッキが知りたいと思えば、すぐに追い抜かれるだろう。
リカさんはイッキに嘘をつかないはずだから。
「……それもそうだね。ごめん、取り乱して」
「ううん。今日は何より、イッキがこれからも私と一緒にいてくれるって知れて嬉しかった。FCのことは……イッキに任せるよ」
私がどうこうしようと思っても、たぶんどうにもならないから。
私がどれだけFCを恨んだとしても、イッキにとっては自分に好意を寄せてくれる人で、たぶん「目」の被害者だと思ってるから、あまり酷い仕打ちは出来ないだろうし。
「わかった。……少し考えさせてくれる?」
「うん」
その時、ふとイッキの目がカレンダーに止まる。
「ねえ、5日後に何かあるの?」
何だか気まずくなって思わず立ち上がり、カレンダーを背で隠した。
「え、あ、これは……。イッキが私のこと好きになってくれなかったら、別れる日だよ……」
「!」
「ここのところずっと残りの日数を数えてて……。もう、後何日とか考えなくていいんだよね?」
だんだんと喜びが湧いてきて、顔が綻ぶ。
「うん」
イッキは真面目な顔で私を見つめ、そっとキスをした。
「ずっと不安な思いをさせていてごめん。もう期限なんか気にしなくていいから。ずっと僕のそばにいて」
「うん!」
優しく触れ合うだけのキスが、少しずつ深まっていく。
口から伝わる、イッキの熱い愛に体が蕩けていくのがわかった。
イッキの手が、私の足を這う。
「んっ……ぁ、ちょっと、まっ、」
「!ごめん、嫌だった?!」
「そうじゃ、ないけど……。はぁぁ……」
ようやく解放されて、床に膝をつく。
全身から力が抜けていくようだった。
私の様子を心配そうな、不安そうな顔でイッキが見ている。
床に座り込んだ私に合わせて、イッキもスッと目線を合わせてくれる。
「いきなりで、びっくりして。ごめん……」
今まで誰とも体の関係を持ったことがない、というのも相まってお腹の奥から恥ずかしさがこみ上げてくる。
「……初めて?」
何が、とは聞かない。
でもイッキはどこか気遣うように聞いてきた。
「……………………うん」
少しの沈黙の後、私は頷いた。
めんどくさいとか、重たいとか、思われたかな。
ネットやフィクションの知識だけど、経験がないと重たく感じられて、それが原因で別れたりもするらしい。
「はぁ、」
イッキのため息に肩が跳ねる。
「ご、ごめん」
「どうして謝るの?」
「この歳で初めてとか、お、重たいかなって、」
自分で言ってて何だか泣きたくなってくる。
今日はどうにも情緒が安定しない。
「ごめん、違うよ」
イッキが優しく包み込むように私を抱きしめる。
私を落ち着かせるためか、イッキの温かい手が私の頭を撫でた。
「僕が性急だった。本当にごめん」
優しい温もりを求めて、イッキの背に手を回す。
「大丈夫だよ。むしろ僕が初めてで嬉しい。これから2人のペースで距離を詰めていこう」
「うん……」
「ごめんね」
額にイッキの唇が触れ、チュッと音を立てて離れる。
「びっくりしたよね」
今度は頬に。
「いきなりしてごめん」
次は鼻に。
「怖かったでしょ?」
そして瞼に。
「大丈夫?」
そして最後に口に。
「は、恥ずかしい……」
これまでもハグやキスはしてきたけど、何だかこれまでとは雰囲気が違う。
甘ったるくて、でも嫌じゃなくて。
「ふふ、可愛い」
イッキは何度もキスをした。
触れるようなキスから、お互いに重ね合わせるキスに変わる。
「んっ、は、ふぅ、」
しばらくして口を離すと、イッキは私の頬を撫でた。
「今日はここまでにする。色々……全部片付いたら、続きしようね」
私の中でイッキに対する意識が変わったのもあると思うけど、それ以上にイッキが私を見つめる瞳には熱が込められていた。