終わりから始まった恋
昨日の夜、別れた後にイッキから『今日は色々ありがとう、ごめん』とメールがきた。
家に帰って、冷静になったのかもしれない。
イッキが他の子に告白されるのは、昨日が初めてじゃない。
でも、それで弱ったところを私に相談してくれたのは、昨日が初めてだった。
それだけ私を信頼してくれているのは、単純に嬉しい。
「うーん……」
だけど、昨日のイッキを見てしまうと考えてしまう。
イッキにとっては、どっちがいいんだろう?
私と今後続いていかなければ、昨日みたいに告白を断らなくていい。
言われるままに受け入れて、付き合うことができる。
今までだって、彼はそうしてきたんだから。
私と3ヶ月を超えて付き合うことにしたとして、その告白が止むとは思えない。
「それなら、イッキは特定の相手を作らず、期間限定で恋人にした方が平和なんじゃないかな……」
本人はどう思っているのかな。
そもそも私と続けていくつもりがないなら、今ここで私が悩んでいても仕方ない。
結局は彼の気持ちを確かめるしかない。
「……私だっさいなぁ……」
ずっとイッキに何も聞けていないのは、怖いから。
もしこれだけ想いを寄せているのが私だけで、イッキが私に対して3ヶ月だけと割り切っていたらと思うと、声が出なくなる。
イッキからの愛を信じ切れていないのだ。
「……」
でも聞かないと。確かめないと。
イッキが私とのことをどこまで本気で考えてくれているのか。
もし振られても……それでも。
「……笑っていられるかなあ」
イッキにとって、振られた後に泣かれたりするのは重荷でしかない。
それは十分にわかっている。
私はそういう面では冷めた性格だと思っていたけど、振られたときのことを考えただけで泣きそうになる。
こんなこと初めてだ。
「……」
イッキに連絡してみようか。
そう思って携帯を開くと、インターホンが鳴った。
「誰?」
今日は誰とも約束はしていないはず。
モニターを見ると、派手な格好の女性だった。
『初めまして。#名前#さんのお宅でお間違いありません?』
「え……そうですけど、どちら様ですか?」
『わたくし、イッキ様のファンクラブの会長をしております、リカと申します。少しお時間いただいてもよろしいかしら?』
「!」
ついにボス?
なんで?もう1週間を切ったから?
『よろしければお宅に入れていただきたいのですけれど』
「えっ」
入れるのはまずい気がする。
『あなたと2人で、誰にも聞かれない場所でお話がしたいのです』
意図がわからない。
今までの嫌がらせは、彼女の指示じゃないのか?
それなら家に入れるのはまずすぎる。
どうしたら……。
「……」
『……まあ、入れていただけないのも無理ありませんわね』
「あの、」
少し俯いた顔に、期待した。
「お一人でしたら、どうぞ」
『ええ、わたくし1人ですわ』
オートロックを解除する。
相手が1人なら。目を離さなければ。
何かあってもいいように、服の中に警棒を忍ばせる。
華奢な女の子みたいだし、大丈夫なはず。
念のためにICレコーダーも電源を入れて隠しておく。
「お邪魔いたします」
所作がとても優雅なリカさん。
嫌がらせを指揮するような人には見えないけどな……。
「え、っと、お茶出しますね」
「いいえ、お構いなく」
そう言われても出さないわけにもいかず、極力目を離さないようにしながら、お茶を用意した。
「あの、それで、今日は……?」
お茶を出しながら用件を聞き出す。
「ありがとうございます。……そうですわね、今日はあなたに聞きたいことがあって伺いましたの」
「聞きたいこと、ですか?」
「ええ。……今、イッキ様とお付き合いなさっていますわよね?」
「はい」
「#名前#さん、単刀直入にお聞きいたしますけれど、イッキ様のことを心の底からお慕いしていらっしゃいますの?」
「もちろんです」
「……妨害されたと思いますけれど」
「郵便受けや、出会い系サイトのことですか?」
「それだけではありませんわ」
「待ち合わせの時にイッキに皆さんが絡んでいたことですか?」
「……」
「他にも何か?」
「掲示板への書き込みも」
「……やはり、あなたが指示されていたんですね」
「そうですわね。FC会長として、イッキ様を独占しようとなさるあなたを妨害するよう、指示を出しました」
「それが今になって、私が別れるように説得されにきたんですか?」
「……いいえ」
リカさんって、確かイッキの幼馴染みだったはず。
それなら、それこそ、イッキの味方でいてほしかった。
イッキの周りがこんな嫌がらせに加担していたら、イッキはいつまで経っても本当に好きな人と一緒になることができない。
友達も確実に減っていく。
「……イッキ様の様子が、」
「?」
「イッキ様の様子が、おかしいのです」
「おかしい?」
リカさんは顔を俯かせながら、呟くように言う。
「これまでは、どなたとお付き合いになられても、わたくしたちとの時間を取ってくださっていました。イッキ様はお優しいですから」
私と付き合っている間も、そういうことはあった。
「ですが、このところ、あまり時間を取ってくださらなくなって……」
「え?」
「あなたが、不審な男につけ狙われているから、目を離すわけにはいかないと」
「え、でも、私はイッキの送迎を遠慮しましたよ」
まさか……。
「イッキ様はおそらく、あなたのことを遠目に見守っていらしたのだと思いますわ」
「そんな……」
「非常識にも、その理由に納得がいかないからとイッキ様のところへ駆けつけた小娘どももおりました」
こ、小娘ども……?
「いつもでしたら、それなりに応対してくださるのですけれど、その日はイッキ様に『いい加減にしてほしい』と言われたそうですわ」
「イッキが、女の子に?」
「ええ……」
珍しいな。
イッキ今まで適当にあしらいながらも相手はしてたのに。
「FCとしても、現状に戸惑いを感じている者が多いのです。……わたくしたちは今までイッキ様の優しさに甘えすぎておりましたわ」
戸惑い、というようにリカさんは誤魔化したけれど、たぶん私に対する不満が爆発寸前のところまで来ているのだろう。
「それでどうして私の気持ちを確かめに来たんですか?」
「もしイッキ様とのことを3ヶ月で終わる関係だと割り切っていらしたら、少し早いですが別れていただくようにお願いしようと思っておりました」
この人、どっちなんだろう。
これまでは、イッキの人間関係をぶち壊していく敵だと思ってたけど、今の話を聞くと、イッキが傷つく前に別れさせようとしているように見える。
「そのお願いの意図を聞きたいです」
「意図、ですか?」
「はい」
「……イッキ様の『目』について、ご存知ですか?」
「ああ、はい」
「イッキ様はそのせいで、これまで好きになった方に何度も裏切られてきているのですわ」
「裏切る?」
「……好きになったとしても、イッキ様の目から離れたらその気持ちを忘れてしまったり、イッキ様が何を言っても全肯定したり……、イッキ様の求める関係にはなれませんでした」
それは確かに。
あの『目』であればあり得る。
「ですから、今回もあなたがそのようにあるなら、イッキ様の傷が深まる前に別れていただこうと思いましたの」
リカさんは、他の女の子よりは冷静にイッキを見れているのかもしれない。
「ですけれど、あなたはイッキ様の『目』がなくても、イッキ様をお慕いしていらっしゃるのですね」
「はい。そうでなかったら、嫌がらせをされた時点で早々に別れていると思います」
「……」
リカさんはお茶を飲み終えて、静かに席を立った。
「帰りますわ。お邪魔いたしました」
「えっ、はい」
私も慌てて席を立つ。
「今度、またゆっくりお話いたしましょう」
「は、はい……」
「あなたには手出ししないよう、小娘たちは抑えておきますわ。……今まで、申し訳ありませんでした」
「……まあ、許す気にはなれませんけど」
私はリカさんを下まで送ることにした。
「リカさんの考えは把握しました。許すことはできませんけど……」
「……ええ。十分ですわ」
それでは、とリカさんが頭を下げる。
去っていくリカさんと入れ違いで、イッキの姿が見えた。
「あれ、リカ?」
「イッキ様!これから彼女のお家へ?」
「うん……」
「イッキ?」
私がイッキに声をかけると、リカさんはもう一度頭を下げて去っていった。
「いつの間にリカと仲良くなったの?」
「うーん、別に仲良くなったわけではないかな……」
「そう……」
イッキはリカさんが去っていった方を眺めている。
「それより、今日はどうしたの?」
「ああ、ちょっと様子を見に来ただけ」
「様子……?」
「うん。とか言って、君に会うための口実なんだけど」
色々バレたのかと思った。
……いや、リカさんの話が本当なら、イッキはもう嫌がらせのこととかも気付いてるのかな。
「……ねえ、イッキ」
「ん?」
「明日、時間取れる?できればゆっくり話したいんだけど……」
イッキは携帯を取り出してスケジュールを確認する。
「うん、いいよ」
「ありがとう」
ギュッと、自分を安心させるためにイッキとハグをする。
「じゃあ明日、私の家に来て」
「わかった」
それじゃあ、とイッキは本当に私の様子だけ見て帰っていった。