終わりから始まった恋
イッキと会えなかったこの5日間。
私はイッキとのこれからについて考えた。
今後イッキがもし私と一緒にいてくれるのなら、真っ先に解消しなければならないのはFCの嫌がらせ問題。
正直、これ以上続けられると管理人さんにも迷惑だし、外で知らない男に尾け回されたりすると私も迷惑。
バイト先まで送ると言ってくれたイッキの申し出を全て事前に断り、私は声をかけてくる男と人目の多い場所で何度か話し合った。
どこで私を知ったのか、どんなやりとりをしたのか。
善良な相手なら、私が嫌がらせでそのサイトに偽情報を登録されていると話せば、情報を開示してくれた。
ついでに他の、私に声をかけようとしている人たちに注意喚起もしてくれた。
「情報はそれなりに集まったかな……」
もちろん善人ばかりじゃないから、何度か路地裏とかに連れ込まれそうになったけど、念のために携帯していた防犯ブザーを鳴らして怯ませ、近くの交番に駆け込んだ。
最終手段として針でチクッと刺して逃げたこともあった。
何度も怖い目にあったけど、イッキとこれから一緒にいるためだと思って耐えた。
「でも一番大事な、イッキの気持ちを聞けてない……」
どれだけ情報が集まっても、イッキに別れを告げられてしまえば、その先の迷惑行為にどうやって耐えたらいいんだろう。
FCが嫌がらせをやめても、今ではもうネット上で私の情報がひとり歩きしている。
イッキと別れたからといって、すぐに止むわけではない。
一番効果的なのは、FCが掲示板に書き込んだ私の情報はデタラメだと謝罪し、勝手に作ったアカウントも自主的に消すこと。
でもそれをしてもらうには、たぶんイッキから言ってもらわないとダメだ。
「!」
まだデート前なのに、イッキから着信がくる。
今日は夜に待ち合わせをしてたはず。
イッキが、昼に予定が入ったと言っていたから。
「もしもし……?」
予定はもう終わったのかな。
『……もしもし、#名前#?僕だけど』
心なしか、声が疲れている。
「何かあった?」
『あー……。ちょっと早いけど、今から会える?』
「んー、うん。いいよ。うちに来る?外がよかったらどこかで待ち合わせしよう」
ちょうど開いていたパソコンで個室のあるお店を探す。
『ううん……、実は#名前#の家の前まで来てるんだよね』
「えっ」
私は開いていたパソコンを慌てて閉じ、鏡で身嗜みを確認する。
まだ髪結えてないけど、メイクと服はもうデート用で仕上げてる。
「今もう下にいるの?」
レースを開けて窓から覗くと、下にイッキの姿があった。
「あ、ほんとだ」
上に気づいたイッキに手を振る。
「上がっておいで」
『ありがとう』
それからすぐにインターホンが鳴って、イッキの顔がモニターに映る。
やっぱり少し、表情が暗い。
「どうぞー」
私は慌てて出していたメイク道具や洗濯物を片付ける。
外で足音が聞こえ、もう一度鏡で身嗜みをチェックして、玄関を開ける。
「どうぞ!」
「わっ、ビックリした」
「あはは、足音聞こえたから開けちゃった。上がって」
「お邪魔します」
中に招き入れて、コーヒーを出す。
「髪、下ろしてるの珍しいね」
少しドキッとする。
「えへへ、うん。ちょっとまだ結えてなくて。おかしい、かな」
「ううん。下ろしてるのも綺麗。似合うね」
「……ありがとう」
恥ずかしくて、なんだかそわそわしてしまう。
「隣に来て」
「?うん」
言われた通り隣に座ると、イッキが徐に私の手を取る。
「……何かあった?」
やっぱり様子がおかしい。
「話したくないなら、無理に話さなくていいよ。イッキの気持ちが落ち着くまで傍にいるから」
何かあって元気がないとして。
その状態で私の家までわざわざ来たってことは、そういう状態の時に私に傍にいてほしいってこと。
話を聞いてほしいのか、ただ傍にいてほしいだけなのか。
それはイッキが望む通りにするしかない。
「……」
イッキが握る手を強める。
「……実は……」
少し震えているようにも見えた。
「さっき、女の子に……告白されて」
まあ、それくらいの時期かなとは思った。
噂通りにいくなら、私とはあと5日で別れる。
キープでいいから次は私ね、という気持ちなんだろう。
「うん」
「君と別れて、付き合おうって」
それはちょっと予想外。
FCの様子からあんまり待てができない子たちだとは思ってたけど、そこまで待てないなんて。
別れたら私と付き合って、じゃダメだったのかな。
「君っていう彼女がいるのに、どうしてそんなことを言えるのかな……」
付き合い始めた頃、イッキは普段女の子たちを上手く受け流しながら楽しんでいるように見えるから、好意を向けられる状況に耐えられるんだと思ってた。
でもだんだん、告白とか、そういう好意を断ることがキツいんだろうなと気づいた。
だからいつも受け流してる。
上手く好意を流しながら、断らずに、壁を作る。
「そうねえ」
「……君は、そんなことしないよね?」
しない、って答えてほしいんだろうな。
「どうかな。相手が別れそうだな〜って思ったら、声かけちゃうかも」
実際、その子もそう思って告白してきたんだろうし。
流れ的に、イッキはあと5日で別れるから、ちょっとフライングしてもいいかもって思ったのかも。
「そっか……君がそうするなら、そうなんだろうね」
「私、イッキが思ってるほど性格良くないからね」
あはは、と笑ってみせる。
だって本当に、好きな人が彼女と別れ際だったら声かけちゃうから。
相談とか色々名目作って、意識を向かせるかも。
「そう?君はたぶん、僕が振ってても泣かなかったでしょう」
「うーん……まあ、たぶん……」
「君は、あの時僕が振ってたら、その場で「わかった」って普通に言って、二度と会いにこなかった気がする」
「それはそうね。振られても私がずっと通ってきたら気まずいでしょ?」
「うん。君は、そうやって相手を思いやれる子だよね」
「買いかぶりすぎだよ」
今日の子、泣いたんだな。
「女の子が、すごく勇気を出して告白してくれてるのは知ってる。女の子はやっぱり可愛いし、柔らかいし、そういう風に思ってもらえるのはありがたいと思ってるよ」
「うん」
「でもね、時々……重いなって思うことがあって」
「……うん」
「泣かれたり、死にたいって言われたりすると、ちょっとね」
それはたぶん、イッキだけじゃなくてみんなキツい。
好意を持っていない相手に、それだけの感情を向けられて重いと思わない人はほとんどいないだろう。
「無理に笑ってくれる子もいるんだけど、やっぱりちょっと、重い」
日頃から好意に刺されまくっていると、時々どんな好意も重たく感じてしまうのかもしれない。
「君の、そういうのが無さそうなところも、好きなんだ」
「そういうの?」
「僕に振られても、泣いたり、無理に笑ったりし無さそうなところ。何気ない話をしているときと同じテンションで、わかったって、頷いてくれそうなところ」
「それは、うん……」
確かにそうだろうな、と自分でも思う。
振られたところで、たぶん涙が出てくるのは後からだから。
その場では、普通に「わかった」と返して早々に立ち去るんだと思う。
「君の傍にいると、息がしやすいんだ。……ごめん、酷い言い方だよね」
「ふふ。その辺の人だったら今頃殴ってるけど、イッキは状況が特殊だからね。存分に私の横で息をするといいよ」
「あはは。そういう正直なところも好きだよ」
ちょっと元気になったみたいね。
「また何かあったら、こうして話してくれたら嬉しいな」
「うん。……ありがとう」
それから予定通り夕食を一緒に食べて、他愛のない話をして解散した。
結局、イッキがどこまで先のことを見据えてくれているのか、わからないまま。