魔女は快眠を望む
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「光希、支度できたかー?」
「うん!お待たせ」
いざという時のためにローブをカバンの中に入れて、平士くんたちに追いつく。
「お前……船降りたら飛ぶのやめろよ?」
「それはもちろん!まだ船の中だから飛んで来たんだよ」
へへ、と笑って暁人くんに応える。
もうみんな私が飛び回ることには慣れてきたみたいだ。
「光希ちゃん荷物多いね」
「そう?ローブ入れてるだけだよ。知り合いとかに会いたくないから」
チャックを開けて中を見せる。
「ほんとだ。荷物持とうか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう、一月くん」
「早く行こうぜー!」
先に走り出した平士くんを追うように、3人で走り出す。
あまり地に足つけて走らないから、ちょっとキツイ。
「ま、待って」
「普段から飛んでばっかだから体力落ちんだよ」
「ごめん、はあ、ちょっと体軽くする……」
空中を指で上になぞる。
飛ばない程度に重力を弱めた。
「ふぅ〜、だいぶ走りやすい」
「ったく、そんなことばっかしてっと、そのうち地に足つけられなくなるぞ」
「あはは……、これからはたまに歩くようにするよ」
船から街までは少し距離がある。
船の中でも飛んで移動することが多いから、ちょっと疲れる。
「光希、大丈夫かー?」
「うん、なんとか……」
「もうちょっとだからな!」
杖とか持ってくればよかったな、と思っているうちに街にたどり着いた。
「つ、着いたぁ……」
「おい大丈夫かよ」
「光希ちゃん、ちょっと休む?」
「ううん、大丈夫!」
指で喉元をなぞると、乾いた口が潤う。
「さて、何から買う?」
街の入り口で買い物の順番を決める。
「じゃあ俺と加賀見、乙丸と光希で手分けするか」
「了解!よろしくね、平士くん」
「おう!じゃあまず店を探すかー!」
平士くんと歩きながら辺りを見回すと、なんとなく見覚えがある気がした。
たぶん、一時期暮らしていたんだと思う。
ここはどうだったんだっけ。私はどうして、ここを離れたんだっけ……。
「光希?」
「……あ、うん?」
「大丈夫か?ボーッとしてるみてーだけど……」
「うん、大丈夫。お店は見つかった?もう一つ隣の通りに行ってみる?」
「そうだなー。あ、あそこの店行ってみよーぜ!」
平士くんが私の手を取り掛けて、その手を引っ込める。
前回お互いに弾き合ってしまったことが響いているのかもしれない。
私はどうして弾かれたのかわからないし、平士くんもわかっていない様子だったから。
「い、行こーぜ!」
気を取り直して、2人でお店に入った。
「いらっしゃい!」
そこは小さな雑貨店だった。
食器の予備と調理器具を買い足すには十分なお店だ。
「へえ〜、デザイン可愛いね」
「そうだな〜!あ、これとかいいんじゃねーか!?」
平士くんが手に取ったのは桜の絵が描かれた平皿だった。
お皿の中心からは波紋が広がっている。
「すごく綺麗!」
「なー!」
「おっ、それが気に入ったのか?センスあるねえ」
店主らしいおじさんが上機嫌で話しかけてくる。
少し心臓が跳ねた。
「そいつは俺の自信作でなあ」
「えっ、これおっちゃんが作ったのか!?すげー!」
平士くんはキラキラした目でおじさんを見つめる。
おじさんもそんな目で見つめられてどんどん上機嫌になり、他にも色んな品物を見せてくれた。
「ん?これ、絵本か?」
見せられた品物の中に混じって、淡い色使いで描かれた絵本があった。
平士くんは徐に手に取り、表紙をまじまじと見つめる。
「『魔女の呪い』?」
「あー、それは売り物じゃないんだ」
おじさんは照れ臭そうに頬をかく。
「絵本っつーか、まあ、絵本だな。子供向けじゃないんだが、ここらの地域に伝わる話を絵に書き起こしてみたんだよ」
「へえー!読んでもいいか?」
「あ、ああ。へへ、大したもんじゃないけどな」
そう言いながらも、おじさんは嬉しそうにしていて、平士くんの反応が気になるのか、少し体が揺れている。
「……」
内容が気になって横から覗いてみる。
平士くんはパラパラとページをめくって読み進める。
物語が展開していく毎に、私は妙な既視感を覚えた。
「……これ、悲しい話なのか?」
「あー、まあな……」
物語の内容は、森に住む魔女を好きになった青年が、魔女に魅入られ家の仕事をしなくなって森に入り浸るようになり、だんだん家に帰ってこなくなるというもの。初めは魔女の存在を信じていなかった街の人も、少しずつ異変に気付き始める。そうして青年が家を空けて10年ほど経った頃、不意に帰ってきて、魔女のことなど何ひとつ覚えていなかった。
「これで終わり?」
「続きはあるんだが、まだ描いてなくてな、」
この『魔女』って。
「この後どうなるんだ!?」
平士くんはよほど続きが気になるようで、食い気味で店主に尋ねる。
続きが気になってくれたことが嬉しいのか、店主も口元を緩めながら上機嫌に話す。
「その青年はそれ以降魔女のことを思い出すことはなかった。で、あんなに執心してたのに何かおかしいと思ったその青年の元婚約者が、森に入って魔女に会いに行ったんだ。まあ、いるかどうかもわからない魔女を理由に婚約を破棄されたんだ、忘れたなんて言われちゃあプライドが傷付いたんだろう」
平士くんはゴクリと喉を鳴らして、話の続きをうずうずしながら待っている。
「だがその元婚約者の嬢ちゃんも、数時間後になぜ森に入ったのかわからないと言って森から出てきたんだ」
「そいつも魔女のこと忘れてたのか?」
「おそらくな。で、あまりにもおかしいと思った街の人間が、今度は複数人で森に入った」
「……っ」
ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえた。平士くんが前のめりになっている。
「1時間で戻ると言って入って行った5人は、一日経ってようやく帰ってきた。ご想像の通り、森に入ってから出てくるまでの記憶をすっかり失くしてた」
「!」
「あまりにも奇妙だ。そう感じた街の人間は、様々な年齢の人間でグループを組んで、子供も連れて森に入った。1時間経って出てこなかったら、応援部隊を向かわせてほしいと言い残して」
だんだんと記憶が呼び起こされる。
「1時間経って、やはり彼らは出てこなかった。そこで追加で何人か向かわせた。その応援部隊にいたのが、俺の先祖らしい」
「おお……!」
平士くんは紙芝居を初めてみる子供のように、無邪気な目をしている。
この話は、初めに言っていた通り、子供向けじゃない。
「ご先祖さんは魔女の姿をはっきりと見た。そして、先に入っていた人間が地面に寝かせられているところも見た。気づいた時には、自分以外の人間は全員眠りについていた」
そうだ。あの時、1人だけ人間を残した。
私のことを覚えている人間を。
「魔女は言った。『あなたがこの人間たちのリーダーか』」
その男は頷いた。
だから私は、
「『もう二度と私に関わらないよう、この一帯の人間を制御しなさい』魔女は宙に浮いたまま、そう言った。男は逆らえば殺されると思い、素直に頷いた。魔女はそれを満足そうに見ると、眠っている街の人間たちを次々に宙に浮かせ、森の入り口まで飛ばした。タネも仕掛けもない、魔女は本当にいたのだと確信したそうだ」
その時、私はその人間の瞳に、欲望を感じ取った。
こいつは金になるかもしれない、という欲望を。
人間は想像以上に愚かな生き物だ。大勢で来れば敵うとでも思っているのだろう。
「男が帰ろうとした時、魔女がふと地に舞い降りた。それはそれは綺麗な姿だったらしい。そして指で男の首元に触れ『私のことを口外すれば、あなたは土へ還るだろう』と言った」
「土へ還る?」
「死ぬってことだな」
「!」
だが私は、その人間を殺したいわけではなかった。
「魔女は優しく微笑み『お喋りな人間のために、血縁者に話すことは許そう。だがそれ以外にも口外して回り、もしまた私に関わるようなことがあれば……許しはしないぞ』と言ったそうだ」
「……え、今俺らに話しちまってるけど大丈夫なのか?」
「まあ所詮は先祖の戯言だしな。先祖はその後うっかり口を滑らせちまって砂になったって話だが……まあ与太話だろう。それに、その魔女が住んでたっていう森はとっくの昔に伐採されて放牧場になってるよ」
「えー!?やっぱり伝統は伝統なのかー。ちょっとその魔女さんに会えるかなって期待したんだけどな」
「……その魔女の話、他に知っている人はいるの?」
「いや?まあ、俺の絵本を読んでいったダチくらいだな。っても、信じてるやつはいないよ。森ももうないし……あー、でも俺の先祖が残したっていうその魔女の絵ならあるよ」
「!」
「え!見たい!」
「あー?確かここに……」
無造作に置かれた箱を開け、ガサゴソ漁る。
あったあったと店主が取り出したのは巻物だった。
「随分年季が入ってるんだな!」
店主は慣れた手つきでくるくると巻物を解いていく。
おそらく、他のそのダチとやらにも見せたのだろう。
「別嬪だぞ。……そういやあ、そこの嬢ちゃんどっかで……」
「……」
私がさりげなくその場を去るかどうか悩んでいるうちに、巻物が開く。
そこには大きな木と、その太い枝に座る少女、そしてその木の下に膝をつく男が描いてあった。
「これ……」
少女の髪型、目の色、服装。
それは、平士くんが私だと気づくのに十分だった。
「やっぱり!嬢ちゃん、この魔女さんにそっくりだなあ!」
そっくり、というか、これでもう確定したがそれは私だ。
そして私が住んでいたあの森、牧場になるために開発されるより前に、人為的な火事が起こった。
この愚かでお喋りで子孫に伝えている男の家族が、男が狂った原因である森を燃やそうと提案したようだった。鳥から聞いた話だけど。
「……あの、そろそろ買い物をしても?」
「おっと、そうだな。どれがいい?最近は俺の話を聞いてくれるやつが少なくてなあ。聞いてくれたお礼に安くしとくよ」
「ありがとう」
私はいくつかのお皿とコップ、調理器具や消耗品を買って、早々に外へ出た。
「どうもー!また来てくれよ!」
もう二度と来ない。
「……」
店を出てから、平士くんはずっと黙っている。
「平士くん?」
「……なあ、あの、さっきの魔女って、」
「ああ、そっくりだったよねー、私に」
どうにか誤魔化そうと微笑んで見せる。
「あれさ、光希、だよな?」
「えー?でもあれ、めちゃくちゃ前の話だよ?」
平士くんが足を止める。
「……ごめん」
「平士くん……?」
「俺、見ちまったんだ。お前が、」
「待って」
何を言おうとしているかはわからない。
でも、精神間能力を持つ彼なら、真実に気づいたと考えてもおかしくはないと思った。
その話をしようとしているのなら、こんな場所ではまずい。
「向こうに少し休めるところがあるみたいだから、そこでちょっと休憩しない?」
私たちは気まずい空気のまま移動した。
平士くんはずっと思いつめた顔をしていて、その気持ちがこっちにまで伝わってくる。
「それで、平士くんは何を見たの?」
近くで飲み物を買って、ベンチに座る。
平士くんは力のこもっていない手で飲み物を受け取り、少し溢しそうになりながらベンチの上に置いた。
「……あの絵本に出てきた魔女みたいに、もう誰にも関わってきてほしくないって強く思ってる、お前の気持ちを見ちまったんだ」
「……あー、っと、もしかして能力で?」
「そんな盗み見るつもりじゃなくて……!」
「この間手が触れた時かな?」
「……」
図星のようだ。
平士くんは申し訳なさそうに俯いている。
彼は能力のコントロールが上手くいってないみたいだ。
「……そっか。人の気持ちが流れ込んでくるって、どんな感じ?気持ち悪かったでしょ」
「そんなこと……!でも、お前のは、今までの誰よりも複雑で、最初はよくわかんなかった。びっくりして手が離れたし、それで終わりだと思ってた」
「うん」
「でも、なんか、こう……後からこみ上げてきて。俺も初めてのことであんまよくわかってねーんだけど、お前のその、人に対する色んな気持ちが、混ざり合ってた気持ちが、だんだん分解されていくっつーか……」
平士くんは話しながらどんどん混乱していっているみたいだった。
あー!と頭をかきむしり、はあ、とため息をついている。
「悪い、本当に上手く言えねーんだけど……」
「ううん。よく伝わったよ」
「え?」
「ねえ、平士くん。船にいた時、私と手が触れたことがあった?」
私の問いに、平士くんは首を傾げる。
「手?そうだっけ?」
「じゃあ私の勘違いかも。あ、そういえばさっきの魔女の話、面白かったね」
「そうだなー!魔女の顔はあんま覚えてねーけど、雑貨屋のおっちゃんが『すげー別嬪だ』って言ってたことは覚えてる!嘘でも本当でも、あの魔女さん平穏に暮らせてたらいいな」
「そうだね。私あの魔女さんの気持ち、よくわかるな」
「関わってほしくないってやつ?意外だな!光希はみんなと仲良くしてるから、人と関わるのが楽しいタイプかと思ってた。違うのか?」
「楽しい時もあるけど、一人になりたいなーって時もあるじゃない?」
「なるほどな!それは俺もあるかも」
「ふふ。……そろそろ行こうか。後何を買ってないんだっけ?」
「後は……あ!こないだ駆が千里の部屋のドア壊してたから、それ直すためのネジも買っとかないとだな」
「そんなことあったの?それは早く直してあげたいね」
私と平士くんは一緒にベンチを立つ。
飲み干したカップをゴミ箱に捨てて、歩き出す。
それからウキウキの平士くんと買い物をして、暁人くんたちと合流して、無事にノルンに戻ることができた。