魔女は快眠を望む
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隠れ身の術をかけながら空を漂う。
こんなに清々しい青空をしっかりと見たのはいつぶりだろうか。
「ど、どうしよう……とりあえずまた逃げてきちゃったけど、次の行先決めてないなあ」
宿に泊まろうにもお金はないし、そもそも今の通貨は何だろう。
それくらい長い間私は森に引きこもっていたから、右も左もわからない。
「とにかく近くの森を───っ!?」
本来人間がたどり着けないはずの高度を、悠然と浮かぶ球体が通っている。
「あれ、もしかして……」
前回のリセットが行われてからの期間だけでは、あれほどの機体を普及させることは不可能だろう。
しかし下の住民たちの間で騒ぎになっていないということは、『世界』のものだ。
能力を持ち去って以来、彼らとは気まずくて接触を避けていたけど、世界中の人間の記憶操作を行なっている彼らを調べた方が、私のこの能力を効率的に使う方法が見つかりやすいことは確か。
「……もし受け入れてもらえなかったら、逃げちゃえばいいし」
スッと指で空中をなぞると、私の体は球体の方へ飛んでいく。
少し離れたところから中の様子を伺うと、人影が見えた。
「若い子が乗ってる!ってことは、今回の能力者だわ!」
私はあのキナ臭い大人たちではなかったことに安堵して、つい急降下してしまう。
「いっ!」
球体から離れた位置で、私は額を何かにぶつけた。
「あ、結界か……」
つい、と結界の位置のところに円を書くように指でなぞる。
自分が書いた円を潜るように体を滑り込ませると、今度は問題なく通れた。
「結界を張ってるってことは、きっと何か危険なことがあったのよね」
少し考えて、今度はスタンプを押すように、円を書いたところに手のひらを添えた。
手で触れて結界に弾かれることを確認し、私は球体の中へ入る。
「あの!」
「……えっ!?」
「わ、私、」
「動かないで!」
「えっ、と……」
なんだか険悪なムードだ。
登場の仕方を間違えたかもしれない。いや、大いに間違えたのだろう。
「敵じゃ、ないんだけど……」
「あなた、今空から降りてきたわよね?!」
女の子は私に向かって手をかざして狼狽えている。
「でも、あなたも特異な能力を使えるんだよね?」
「どうして」
「普通の人なら、私みたいなのに出くわしたら、真っ先に背を向けて逃げるから。でもあなたは私に手をかざして、それで安心しているのがわかる」
「!」
「もしかして、外の結界を張っていたのもあなた?」
「まさか……!」
球体を包む結界を破られたのかと、女の子は不安になって意識を集中させる。
「あ、大丈夫!穴を開けたところは戻しておいたよ」
「戻すって……あなたも結界を扱う能力者なの?」
「ううん、あなたが張った結界を動かすことはできるけど、私は結界を張れない。でも能力者だよ」
「……あなたのことをどうするかは、みんなと話し合って決めるわ」
「ありがとう!優しいな。一応手は縛っておくね」
私は両手首を揃えてグッと拳を握る。
近くの草木の力を借りて、腕を縛った。
「あなた……」
「私は光希。優しいあなたは?」
「……深琴、久我深琴よ」
目は合わせてくれなかったけど、名前を教えてくれた。
「深琴ちゃんね、覚えた!」
普通に接してもらえるのがなんだか嬉しくて、私は深琴の名前を繰り返した。
そうして当然のように大した会話もなく、私は人が多く集まる部屋に連れてこられた。
「君が……新しく空から降ってきた能力者?」
「光希だよ。名字はもう忘れちゃったけど」
「君が能力者だっていう証拠は?深琴は何か見たの?」
「この子が私の結界をすり抜けてきたところと、蔦が勝手にこの子の手首に巻きついたところを見たわ」
「……ということは、俺と同じ緑を操る力なのかな」
「ううん、私が割り当てられた能力はそれじゃない。見せた方が早いね。深琴ちゃん、私の名前覚えてる?」
「ええ。光希でしょう?」
「ふふ、嬉しい。そうだよ。もう一度呼んで」
「え?だから………………え?」
「深琴?」
「な、名前よね。あなたの……」
「!」
1人の女の子の顔色が変わる。
今回は彼女が記憶操作の能力者かな。
「……思い出せないわ」
「うん。これが私の能力、記憶消去。新しい記憶を植え付けたりはできないから、消去するだけなんだけど」
「なるほどね」
「私の名前は光希だよ、深琴ちゃん。勝手に能力使ってごめんね」
「さっきまで険悪だったのに、馴れ馴れしいわねあなた……」
「普通に話してくれる相手が珍しくて、嬉しいの」
「そうなると、」
考え込んでいた緑の能力者らしい男の子が手を上げる。
「うん?」
「君のその腕に巻きついてる蔦についてはどう説明するんだい?」
「これは私の元々持っていた力だよ。例えば……」
少し考えて、縛られたまま指を動かす。
するとたちまち密閉空間であるはずの部屋に風が吹き始めた。
「こういうこともできる」
そしてまた指を滑らせると、私の体がふっと浮き上がり、彼らの周りをスイスイと移動した。
「!」
「これは……」
「これはあなたたちみたいに『世界』から割り当てられた能力じゃなくて、私個人の能力なの」
仕上げにパチンと指を鳴らすと、それまで私を縛っていた蔦がひとりでに切れて床に落ちた。
「お前……」
そんな様子を見て、体を震わせる男の子が1人。
「すっげー奴だな!今みたいなの、俺初めて見た!」
「!」
予想外の反応に、目をぱちぱちと瞬かせる。
「えっと、」
「俺は乙丸平士。よろしくな!」
「ちょっと平士、よろしくするかはまだ決まってないんだけど」
「でもこいつから悪意も敵意も感じねーし。能力者なら仲間だろ?」
少し考え込んだ後、何人かが目配せをして、頷いた。
「そうだね。疑って悪かったよ」
「乙丸が悪意も敵意も感じねえんなら大丈夫だろ」
ということは、今回の精神感応力は彼に割り振られているのか。
「平士くん、ありがとう」
「いいって。それより、改めて自己紹介しようぜ!」
「私は光希。これからよろしくね」
どうやら私が来る前からすでに部屋数が足りていなかったらしい。
今回の旅は、私が経験した時とは違うようだ。
「居住スペースを増やしていいなら、自分で寝床を用意できるよ」
「えっ」
私を含めてどう割り振りするかを話し合っていた面々は顔を見合わせる。
「それも君の力?」
「そうだね。十分なスペースがあればどうにかできるよ」
それなら、と駆くんが船内を案内してくれた。
「どうかな。ここなら建物が建ってもいいと思うけど」
「うん、いいと思う」
私が両手をかざして意識を集中させると、徐々に家が形を現し始める。
「!」
「……」
屋根まで姿が見えたことを確認して、手を下ろす。
「私の家だよ」
「家!?」
追われる度に家ごと空間を切り取って、別の場所に移動して生きてきた。
あまり大きな家だとスペースの確保が面倒だから、それなりの大きさに留めている。
「便利でしょ?」
「なんでもありだな……」
駆くんは少し呆気にとられていたけど、すぐに気を持ち直した。
「それじゃあ、部屋割り問題は解決だね」
「なあ、光希」
「うん?どうしたの、正宗くん」
「まさ……いや、いいか。聞きたいことがあるんだが」
見た目で言えば、私は正宗くんよりも若く見えるのだろう。
呼び方が少し馴れ馴れしかったかもしれない。
「何?」
「この力は、その、お前の体に負担がかかるものなのか?」
「いいえ。基本的にはほとんどを自然の力で賄っているから、私から何か吸い取られることはあまりないの。だからと言って無尽蔵に使えるわけじゃないけどね」
「それなら、もしスペースさえ確保できれば全員分の部屋を確保することも……?」
なるほど。そういうことか。
「それは難しいかな。私のこの家は、別の場所からここに持ってきただけだからスペースさえあればいいけど、他の家を作ろうとすると、石材だったり木材だったり、家を建てるために必要な材料がいるの。ここにはそれほどの材料があるように思えないし……」
チラリと周りを見回す。
「不足分を補う材料を揃えるのにお金をかけるより、現時点で何組かの同居に問題がないなら、別のところにお金を回せるじゃない?」
「それもそうか……」
部屋が確保できたところで、また皆で集まる。
「それから、光希が入るグループだけど、」
「グループ?」
「ああ、掃除とか料理とか、役割分担してるんだ」
「へえ〜!」
「深琴のところが少ないから、そこにしよう」
「助かるわ」
「それから、ペアも深琴と一緒でいい?」
「ペア?」
「うん。実は……」
そこで初めて、私は襲撃犯の話を聞いた。
私たちの時代には、そんな人たちはいなかった。
「えぇ、そんなことが?怖い時代になったのね……」
「だから光希が入ってきた時、襲撃犯の仲間かと思ったんだよ」
確かに、そんな状況の中に空中から侵入してくる輩がいたら、そう思っても仕方ないだろう。
「それで内部犯がいる可能性が高いから、ペアで行動することにしたんだ」
「内部犯、ねえ」
「深琴は内部犯の可能性が一番低いから単独行動をOKにしてたんだけど、やはり1人は危ない。内部犯の可能性がない光希と一緒に行動した方がいいだろう」
「……まあ、その子を1人にしておくのもね」
「よろしくね、深琴ちゃん」
「ええ」
私はとんでもない時代の旅に合流してしまったような気がして、少し後悔した。