魔女は快眠を望む
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私は自分の境遇を、一種の童話のようだと思っていた。
だから、愛を知るとか、王子様からのキスだとか、そういうのでこの呪いはいつか解けるのだと。
不老不死などという呪いは、いつかそうして解けて、ハッピーエンドを迎えるに違いない。
ーーーーーーどうして、そう信じて疑わずにいれたのか。
「は、はは……」
「おい光希!しっかりしろって!」
平士くんが私の肩を抱こうとして、その手が私の体をすり抜ける。
「!?」
『私にハッピーエンドなんて用意されてなかった』
ついに声が過去の私と重なる。
『考える余地もない。責める相手すらいない。私はこの地球にいつか吸収されるときまで、また、悠久の時を』
「光希!!!!!」
平士くんの大きな声に、肩が跳ねる。
『平士、くん……」
今の私と過去の私の境界が曖昧だ。
私は今、どこにいるんだっけ……。
「戻ってこい!お前は過去に戻りたいんじゃなくて、自分のことを知りたかっただけだろ!!」
『そう、私……』
「私は、自分がどうしてこうなったのか、知りたかっただけ……」
その時、ガシッと力強く腕を掴まれる。
「っ、平士くん?」
「……よかった」
『……』
さっきまで曖昧になっていた境界が、くっきりとしてくる。
過去の私と、今の私に分かれることができたのだ。
一度は過去に吸収されそうになったけど、平士くんが引き戻してくれた。
「ありがとう。ごめんね、ちょっと、わかんなくなっちゃって……」
「自分の過去を知ってショックなんだろうけどさ、頼むから今に戻ることを諦めないでくれ」
「平士くん……」
「俺にできることなんかないかもしれないけど、一緒に生きる方法を探そう」
それはもはやプロポーズのような……。
『……私、こんな力なんて要らなかった』
過去の私が震える声で話し始める。
少女はいつの間にか、大人になっていた。
『どうしてこうなってしまったの……?お父様とお母様の言うことを聞かなかったから?』
「……」
『お婆様もひどいわ……自分が疲れたからって私に押し付けるなんて』
「そうね……」
『周りと違う体になった私は、もうみんなと一緒には生きていけない』
そう。私はこの頃から両親と距離を置き始めた。
大人になってから、老いが止まったことが顕著に現れ始めたからだ。
両親はどんどん年老いていくのに、私はこの姿から一向に老けることはなく、隣人たちからも怪しまれていた。
そしていつしか。
『お宅の娘さん、あの魔女が化けてるんじゃないかい?』
ある日、隣人が訪ねてきてそう言った。
両親は当然否定するものと思ったが、二人とも何も言い返すことができなかった。
実際に娘の成長は止まっているし、例の魔女が姿を現さなくなったと噂されていたから。
『私は私よ。中身は変わってなんかないわ』
「でもそう思っていたのは、私だけだった」
「光希……」
平士くんが私の手をギュッと握る。
まるで私の存在を確かめるかのように、力強く。
『お母様もお父様も、私が別人と入れ替わったと思ってる……二人に追い出されたら、もうこの村にはいられないわ』
この時の私は、唯一味方だと思っていた両親に疑われたことで、もう何も信じられなくなっていた。
二人に追い出される前に、と思って荷物をまとめて、
『私は変わってなんかいないけれど、成長しない娘だなんてお父様とお母様からすれば不気味ですよね。今まで育ててくれてありがとうございました。さようなら』
と、当てつけのような置き手紙をして家を出た。
その後、両親がどうしたかは知らない。
私を疑ったことを悔いたかもしれないし、それでもやはり信じられなかったかもしれない。
でも、置き手紙を見て少しの罪悪感が芽生えたことは確かだろう。
「嫌な奴でしょ、私」
平士くんは何も言わない。
否定も肯定もせず、私の手を握る力を強めた。
「ここからずっと私は各地を転々として、数千年の時を経て能力者に選ばれ、それからまた時が経ち、みんなと出会った」
これ以上過去を見せても、気持ちの良いものじゃないかもしれない。
「平士くん、手袋を外したいから少しだけ手を離してくれる?」
平士くんは少し躊躇っていたけど、すぐに手を離してくれた。
私は手袋を外して平士くんに手を差し出す。
「実はね、平士くんに私の感情を見られないように手袋をしていたの。……でも、平士くんがさっき一緒に生きる方法を探そうって言ってくれて嬉しかった」
平士くんがもし許してくれるなら。
私を、受け入れてくれるなら。
「もし、私の中にある感情を見ても一緒に生きたいと思ってくれるなら、手を離さないで」
「!」
「手を離したとしても私は現実に戻るから、罪悪感は感じなくていいよ。平士くんの本心で、どうするか選んでほしい」
平士くんはごくりと唾を飲み、神妙な面持ちで私の手を取った。
「っ、う」
私が数千年間感じてきた想いが、平士くんに一気に流れ込んでいるのだろう。
平士くんは苦悶の表情を浮かべながらも、私の手を離そうとしなかった。
それが嬉しくもあり、申し訳なくもあった。
「平士くん……」
平士くんはついに立っていられなくなり膝をつく。
私もだんだん不安になってきた。
今こうして平士くんを苦しめることは、果たして正しい選択なの?
私が平士くんを好きだからってこうして苦しめてまで一緒にいてもらおうとするのは自分勝手なんじゃない?
「そんなに苦しいなら、もう、」
「離すな!」
私が平士くんから手を離そうとすると、それ以上の力で握りしめてくる。
立っていられないくらい辛いのに、どこにそんな力があるのか。
「でも……」
平士くんの額には汗が滲み、顔色も悪い。
「大丈夫、っだから」
私は平士くんの言葉を信じて、本当に倒れそうになったら突き飛ばしてでも離れるつもりで時を待った。
しばらくして、平士くんの呼吸が次第に落ち着いてくる。
「平士くん……?」
「……なあ、」
「うん?」
「光希、俺に対して何か悪いと思ってること、ある?」
「それは……」
記憶を操作したことだろう。
こんなに耐えてくれた彼に対して、もう誤魔化すことはできない。
「……それはもちろん、今もだけど」
「……」
「私ね、前に平士くんの記憶を操作したの」
「!」
「一緒に街に降りた時、魔女の話を聞いたでしょう。あれが私だって平士くんが勘づいたから……」
両親や隣人たちのように、気味悪がられてしまうのが怖かった。
みんなに嫌われて、『世界』に辿り着けなくなることも、怖かった。
「ごめんなさい」
「そっか……はは、なんかさ、あの時聞いた魔女の話がいつまでも忘れらんなくて」
記憶を操作したにも関わらず、平士くんは魔女の話をずっと覚えていた。
「今、その意味がわかった気がする」
「え?」
「お前のことだと思ったら、力になってやらなきゃって思ったんだ」
「平士くん……」
「何年も生きてる存在だとか、今さら気にしねーよ。俺たち能力者だって『普通』じゃねーだろ」
「そうだけど、みんなは『世界』から選ばれた優秀な人たちじゃない」
「お前だって、その、魔女?のおばあさんに選ばれた優秀な人材だろ」
この力のことをそんな風に言ってくれたのは平士くんが初めてだ。
すると、平士くんは握っていた私の手を強く引き寄せ、私を抱きしめてくれた。
キツい能力の使い方をしたからか、体温が低下している。
私はパチンと指を鳴らして、近くの空気を温めた。
「はは、格好つかねーな……」
「……そんなことないよ」
私は平士くんの背に手を回す。
「平士くんのおかげで、初めて本当の意味で自分のことを受け入れられた気がする」
どうしたら誰にも迷惑をかけずに死ねるのか、平士くんと一緒に歳を重ねることができるのか。
方法は何もわからないけれど、平士くんが傍にいて支えてくれるなら、私はなんだってできる気がしてくる。
「ありがとう、私を受け入れてくれて」
「当たり前だろ!」
平士くんがニカッと笑う。
……彼を、信じよう。
これから先、たぶんたくさんの困難にぶつかることになる。
それでも、平士くんを信じて、私は進んでいこう。
誰に蔑まれてもいい、誰に傷つけられてもいい。
平士くんと、生きていけるなら。
「愛してる、平士くん」
「ああ。俺もだ!」
私たちは触れるようなキスをした。
「私の愛は重たいよ?」
「上等だ!お前の気持ち、全部受け取ったからな」
平士くんは清々しい笑顔を見せてくれる。
私のドロドロした感情も全て受け入れてくれた、太陽みたいな人。
彼と一緒に歳をとりたい。
私は切に願った。