最終章:『世界』
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目を覚ますと、私は島の集中治療室のベッドの上にいた。
声は、出ない。
まだ回復できていないのだろう。
点滴と呼吸器で、かろうじて命を繋ぐことができたのは自分でもわかった。
私が目を覚ましたのに気づいて、部屋の外にいた誰かが離れていく。
医師を呼びに行くなら、そこにブザーがあるのに……。
それに気づかないということは、島の人間ではない。
しばらくしてやってきた医師は、私の状態をくまなく見る。
そして頷くと、また外へ出て行った。
すると看護師が何人か入ってきて、私のベッドを移動させる。
「よかったですね、東条さん、目が覚めて」
「これから別の病室へ運びますね。大丈夫です、あなたは助かったんですよ」
優しい声を聞いたからか、目が覚めたことに安堵したからか、私は何故か涙が溢れてきた。
すると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「東条!」
さっき医師を呼びに行った人と、同じ足音。
「東条、よかった、目が覚めて……!」
宿吏だ。
目を潤ませた宿吏は、私の手に触れる。
優しく、暖かく、包み込むように。
声が出ない私は、お礼も言えず、ただ泣くことしかできない。
宿吏は私の涙を拭い、そのまま一緒に病室へ入った。
「よかったですね、東条さん、彼氏さん来てくれて」
看護師が微笑むと、宿吏は顔を赤くして否定した。
「あら、違うんですか?でも、東条さん、あなたが来てからなんだか安心したみたいですし、てっきり恋人なのかと……。では、私達はこれで失礼しますね。また検査の時に来ますから、安静にしていてくださいね」
腕を上げるのもやっとの私に、宿吏は何か機械を出してきた。
「吾妻が、これがあれば起きてすぐでも会話できるだろって」
それは、私の話したい言葉を汲み取って、代わりに話してくれる装置だった。
それを私の額に乗せると、気持ちをくみ取って音声が流れ始める。
『ありがとう、手を握ってくれて』
「あ、ああ、いや、急に触って悪かった。なんかこう、気持ちが昂っちまって」
『私は、どれくらい寝てた?』
「……1ヶ月くらいだ。目を覚ますかどうかわからないって言われてた」
『心配かけて悪かった』
「全くだ」
そう言って、宿吏は泣きそうな顔で笑った。
それから他の奴らの話を聞いた。
久我や二条、加賀見は実家に帰ったこと、夏彦、室星、不知火は一緒に結賀史狼の遺した兵器を片付けに行ったこと、こはる、結賀は2人でこはるの家に行ったこと、乙丸は旅の一座がどこにいるか探しに行ったこと、市ノ瀬と正宗は島にいること。
『そうか。結局、リセットはできずに終わったか』
「ああ。……『世界』の統治もここまでだと。炎の能力を使えばまだ統治できる、とか言ってた奴もいたみたいだが、あいつは駆と一緒に出ていくことを決めたから、諦めたらしい。さすがに無理強いはできねえだろ」
『皆、それぞれの道を歩き出したんだな』
「そうだな」
『……』
「……」
お互いに沈黙する。
この状態で将来の話をしていいものか、私は考えてしまう。
「なあ、」
『あの、』
2人の声が被り、動揺する。
『先にどうぞ』
「いや、お前から話せよ」
『私はいいから、宿吏が先に話して』
「……」
そう言うと、宿吏は背筋を伸ばし、ひとつ咳払いする。
「その……、一緒に、この島を出て暮らさないか」
『!』
それは、私も言おうとしていたことだった。
「千里は、家に帰りたくないって言うし、俺も別に行くところねえから……その、」
『いいよ』
「……本当か?」
『もちろん。私もその話をしようと思ってた。市ノ瀬も一緒に、3人で暮らそうって』
「そ、そうか……!」
宿吏は嬉しそうに笑う。
素直な彼は珍しいかもしれない。
『じゃあ手始めに、親睦を深めるためにも、下の名前で呼ぼうかな、暁人』
「おっ、まえ……それ話せるようになってから言えよ」
『ほら、暁人も』
「……アリサ」
『聞こえないー』
「だぁーっもう!アリサ!」
『うん、暁人。まだ動けるようになるには時間がかかるが、それまで待っててくれるか?』
「当たり前だ」
『ありがとう、暁人』
正宗は、この島に残るらしい。
元々、リセット後の『世界』のあり方について考えるための判断材料として始めたこの旅だったが、思いもよらぬ方向に進んでしまった。
リセットできなくなり、アイオンは停止した。
島の科学者達が必死に修復を試みているようだったが、空汰や夏彦レベルでないと修復は不可能だろう。
私は、この島から解放された。
アイオンを守れなかったことは悔しいが、きっと、空汰が、兵器としてでも、『世界』としてでもない、元の『アイネ』をまた作ってくれるだろう。
アイオンが船に乗せてくれたおかげで、私はかけがえのないものを手に入れることができた。
本来なら研究に没頭して費やしたはずの時間を、誰かと一緒に過ごすことができるのは、アイオンのおかげだ。
私は、今は亡きアイオンに感謝しながら、再び目を閉じたのだった。