Up to you【長編/跡部景吾】
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密な時間をテニスコートで過ごし、やや疲れた身体をそうとは見せずに帰宅した跡部にまず飛び込んできたのは、この家の人間以外の革靴だった。父の客人かとも思ったが、仕事相手にしては靴が小さすぎるし何よりその靴は女物。
「……ミカエル、父上の客か?」
「大広間にて旦那様がお待ちです。そちらで全て分かるかと」
「…そうか」
どこか意味深な執事の言葉に眉を寄せつつも、父親が呼んでいるのなら行かねばならない。鞄を預けて父が待つ大広間へと歩を進めると、目的の扉から漏れ聞こえてきた歌声に足が止まった。
優しくて、柔らかな歌声。どこか懐かしさを覚えるその歌に跡部は疑問を覚える。
なぜ、この歌を知っている気がするのか。この女が歌っているところなど聞いたことがないのに。
「……九条」
「っ、!跡部…」
________聞いたことがない、はずなのに。
扉を開けると案の定そこにいた九条理央奈は跡部到着のタイミングが予想外だったのか歌っていたポーズのまま止まる。
やや間の抜けたその姿勢に反応することなくソファで静かに紅茶を飲んでいた自身の父へ跡部は開口一番問いかけた。
「父上、なぜここに彼女がいるのですか?」
「そうだね、一つずつ説明しよう。景吾、座りなさい。理央奈さんも」
「……はい、失礼します」
ミカエルが跡部の紅茶を運んできて、それぞれが一息ついたその時に、跡部家当主は本題を切り出した。
「それでね、理央奈さんには今日からこの家に住んでもらおうと思っているんだ」
「…父上。何が“それで”なのですか?」
「叔父様、それは」
「二人とも聞きなさい。景吾、先に君の質問に答えようか…“藍音”の名前に聞き覚えはないかい?」
藍音。その久方ぶりに聞く響きに跡部の記憶が少しずつ呼び覚まされる。
否、ずっと霧がかって朧気だった景色が段々と鮮明になっていくようだった。
「…イギリスにいた頃、父上とよく仕事をしていた雅仁さんの家ですね」
「その通り。藍音雅仁、彼は私の仕事仲間であり、奥方である美沙子さんは私の元同級生だ」
「…、理央奈ってまさか」
「そう。ここにいる理央奈さんは二人のお嬢さんだ」
今朝、感じた違和感の正体が分かった。なぜ彼女から上流階級特有の所作を感じたのか、それは思った通り彼女がそれ相応の教育を受けていたからなのだ。
だが、それならば跡部にはまだ疑問が残っている。
「色々あって理央奈さんは御両親と離れて日本に帰ってきた。それで御両親と縁が深い私が彼女を援助しようと決めたんだ、といっても衣食住の提供だけどね」
「父上、突然説明を省きましたね」
「これより詳しいことは私的な問題になる。知りたければ君が本人に聞きなさい」
疑問は即座に封じられる。プライベートの話ならたしかにこれ以上踏み込むのも無礼であると納得した跡部は素直に引き下がった。
そしてこれだけ理由を説明されたら彼にもう言うこともなく。
「分かりました、父上。では彼女は今日からここに?」
「その通りだ。私は暫く仕事でここを留守にするから、当分は君たちで上手くやってほしい」
「そうですか、では彼女にここを案内します」
「え、あの、ちょっと…!」
もっとごねるかと思いきやあっさりと自身の同居を認めた跡部に理央奈は困惑し、突然腕を掴まれたことにも反抗できずに立ち上がる。
小さく名前を呼んでも答えは返ってこない。結果として残す形となった跡部の父に立ち去りながらではあるが言葉を残すと、二人の姿は扉の向こうに消えた。
「叔父様、ご好意に感謝します。しばらくの間お世話になります…!」
「あぁ、ゆっくり過ごしてくれ」
慌ただしく消えた二人とは反対に落ち着いた様子を崩さない跡部家当主は飲む人間がいなくなった二人分の紅茶から立ち上る湯気に目を細める。
息子はストレート、そして新たな住人となった娘はミルクティー。背丈も雰囲気も、時に変えられてしまった彼らに残された変わらないものを見た気がして。
「昔に、戻ったようだね」
その言葉の意味が良いのか悪いのか、知るのは再び紅茶に口付けた彼だけだった。
「……ミカエル、父上の客か?」
「大広間にて旦那様がお待ちです。そちらで全て分かるかと」
「…そうか」
どこか意味深な執事の言葉に眉を寄せつつも、父親が呼んでいるのなら行かねばならない。鞄を預けて父が待つ大広間へと歩を進めると、目的の扉から漏れ聞こえてきた歌声に足が止まった。
優しくて、柔らかな歌声。どこか懐かしさを覚えるその歌に跡部は疑問を覚える。
なぜ、この歌を知っている気がするのか。この女が歌っているところなど聞いたことがないのに。
「……九条」
「っ、!跡部…」
________聞いたことがない、はずなのに。
扉を開けると案の定そこにいた九条理央奈は跡部到着のタイミングが予想外だったのか歌っていたポーズのまま止まる。
やや間の抜けたその姿勢に反応することなくソファで静かに紅茶を飲んでいた自身の父へ跡部は開口一番問いかけた。
「父上、なぜここに彼女がいるのですか?」
「そうだね、一つずつ説明しよう。景吾、座りなさい。理央奈さんも」
「……はい、失礼します」
ミカエルが跡部の紅茶を運んできて、それぞれが一息ついたその時に、跡部家当主は本題を切り出した。
「それでね、理央奈さんには今日からこの家に住んでもらおうと思っているんだ」
「…父上。何が“それで”なのですか?」
「叔父様、それは」
「二人とも聞きなさい。景吾、先に君の質問に答えようか…“藍音”の名前に聞き覚えはないかい?」
藍音。その久方ぶりに聞く響きに跡部の記憶が少しずつ呼び覚まされる。
否、ずっと霧がかって朧気だった景色が段々と鮮明になっていくようだった。
「…イギリスにいた頃、父上とよく仕事をしていた雅仁さんの家ですね」
「その通り。藍音雅仁、彼は私の仕事仲間であり、奥方である美沙子さんは私の元同級生だ」
「…、理央奈ってまさか」
「そう。ここにいる理央奈さんは二人のお嬢さんだ」
今朝、感じた違和感の正体が分かった。なぜ彼女から上流階級特有の所作を感じたのか、それは思った通り彼女がそれ相応の教育を受けていたからなのだ。
だが、それならば跡部にはまだ疑問が残っている。
「色々あって理央奈さんは御両親と離れて日本に帰ってきた。それで御両親と縁が深い私が彼女を援助しようと決めたんだ、といっても衣食住の提供だけどね」
「父上、突然説明を省きましたね」
「これより詳しいことは私的な問題になる。知りたければ君が本人に聞きなさい」
疑問は即座に封じられる。プライベートの話ならたしかにこれ以上踏み込むのも無礼であると納得した跡部は素直に引き下がった。
そしてこれだけ理由を説明されたら彼にもう言うこともなく。
「分かりました、父上。では彼女は今日からここに?」
「その通りだ。私は暫く仕事でここを留守にするから、当分は君たちで上手くやってほしい」
「そうですか、では彼女にここを案内します」
「え、あの、ちょっと…!」
もっとごねるかと思いきやあっさりと自身の同居を認めた跡部に理央奈は困惑し、突然腕を掴まれたことにも反抗できずに立ち上がる。
小さく名前を呼んでも答えは返ってこない。結果として残す形となった跡部の父に立ち去りながらではあるが言葉を残すと、二人の姿は扉の向こうに消えた。
「叔父様、ご好意に感謝します。しばらくの間お世話になります…!」
「あぁ、ゆっくり過ごしてくれ」
慌ただしく消えた二人とは反対に落ち着いた様子を崩さない跡部家当主は飲む人間がいなくなった二人分の紅茶から立ち上る湯気に目を細める。
息子はストレート、そして新たな住人となった娘はミルクティー。背丈も雰囲気も、時に変えられてしまった彼らに残された変わらないものを見た気がして。
「昔に、戻ったようだね」
その言葉の意味が良いのか悪いのか、知るのは再び紅茶に口付けた彼だけだった。