短編
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「あんたなんか跡部様に釣り合うわけがない」
「身の程知らず」
そんなこと、私が一番分かっている。
氷帝学園中等部男子テニス部の頂点。誰もが敬い、跪く絶対的王様。そんな人間の隣に立つ人間に要求されるものが、どれだけ大きいか。
そんなこと、私が一番知っている。
「理央奈」
「……跡部」
「またこんな時間まで残っていたのか。夜道は危ねぇから帰れって言ったの忘れたか、あーん?」
最終下校時刻ぎりぎり。
テスト前でもない限り部活の無い生徒が残ることもないだろう時間。そんな時に一人図書室で勉強をしていた私のもとに、部活終わりであろう跡部が現れた。
どうしてここに、等ということは思わない。私が事前にそう彼に伝えていたし、ここ数日はいつもここにいた。それを知らない彼ではないだろう。
「忘れてないけど…家で勉強は集中出来ないから」
「熱心なのは結構だがそんなに必死にやることか?テストも近くねぇし、お前がやってることは予習復習ってわけでもねぇだろ」
こちらの許可も得ずにノートをぱらぱらとめくり始める彼の行為は何も今に始まったことではない。俺様何様跡部様、である彼の前では私の抵抗なんて気にする必要も無いのだから。突然何かを始めて、一人で全てを決めてしまう彼の行動力にはもはや文句を言う気も起きなかった。
しかし、今回だけは違った。
「返して…っ!」
「あーん?別に困るようなノートじゃねぇ…だろ…」
立ち上がって取り戻そうとする私の手をひらりとかわし、ページをめくり続けていた彼の瞳がある一点で停止する。
驚愕に見開かれたその瞳はやがて鋭いものに変化し、私を映した。
「…これはなんだ」
だから、見せたくなかったのに。
そう思っても時すでに遅し。机にノートを置いた跡部はたった一点を指して私を問い詰めた。
前半は何の変哲もない私の数学のノート。定理や公式、先生の言葉など必要なものを書き込んで問題でそれを活用しているか確認する。自分で言うのもなんだがかなり綺麗にまとまったノート。
しかし後半、否、ある一ページだけがそことは違った。ちょうど前回のテストの最重要事項が書かれた箇所。私も苦手としていて、赤線やら後からの書き込みやらしていたページ。
マジックペンで見るも無残に汚された、その一点を。
「答えろ、理央奈。これは何だ、誰にやられた」
「……別に、跡部には関係ない」
「関係…っ、ないわけないだろうが!!」
跡部の顔を真っ直ぐに見ることも出来ず、苦し紛れに出した一言は彼の怒りに触れた。誰もいないとはいえ図書室だ。マナーを知らないはずがない跡部が所構わず大声を出すことが、彼の怒りの程度を思い知らせる。
そう、関係ないはずがない。
その汚されたページに書きなぐられた言葉は跡部の恋人として立つ私への罵倒だったから。犯人がどういう人物かなんて、考えるまでもなかった。
跡部と付き合い始めて三ヶ月。初めは陰口、やがて物が隠されるようになり、そして最近はこうして生活に支障を及ぼすような嫌がらせが増えてきた。彼には知られないようにしてきたのに、早くもバレてしまった。
「言え、お前誰だか分かっているんだろう」
「……言わない」
「なぜだ。俺は、お前を…」
「守られるだけの女は嫌なの!」
跡部がこんなにも怒りを顕にするのは、私を大切に思ってくれているから。それはとても嬉しいことで、すぐにでも縋ってしまいたい思いは確かにある。
でも、きっとそれでは駄目なのだ。
「跡部がその人に言えば、こんなことはなくなるのかもしれない。でもきっと、その人が私を跡部の隣に相応しいと思う日は来ない。そんなのは嫌」
ようやく、跡部の顔を真っ直ぐに見る。先程とは違う、呆気に取られたような驚きの表情でいる彼にほんの少し笑みを浮かべた。
「私は認めさせてみせる。この学園の生徒にも、教師にも、他校の生徒にさえ。跡部景吾の隣に相応しいのは私だと。認めさせた上で堂々とあなたの隣で笑いたい」
守ってもらうのは簡単だ。跡部の庇護のもとで、彼に包まれながら、安穏とした日々を過ごす。
でも、そんな日々はやがて壊れる。跡部景吾という人物が今後高みに登れば登るほど、彼に想いを寄せる女性は増えるだろう。そんな人たちに敵意を向けられて、一々助けてもらっていては下手すれば彼の邪魔をしかねない。
だから、私は自分を彼と同等、もしくは限りなく近くまで高めていくことを決めた。そうすれば、周囲の人間だって負けを認めざるをえない。私を認めざるを得ない。
跡部景吾の女だと。
「だから私一人に戦わせてほしいの。跡部、お願い。手を出さないで」
ここ最近残って勉強していたのもそれが理由だ。元々中の上あたりにいた私が、成績さえも最優秀の跡部に並ぶのには並大抵の努力では足りないから。
暫くの静寂。視線は絡まったまま離れない。
やがて、折れたのは跡部だった。
「……分かった」
「跡部、ありがとう」
「ったく…ここで俺様に泣きつくような女ならまだ可愛げがあったが…だからこそ惹かれたのかもな」
彼が見せた笑みは思いの外優しい。
帰るぞ、そう言った跡部に頷くとノートや教科書をまとめて鞄にしまう。鞄の口を閉めて肩に掛けると、待たせたお詫びを言おうと同時に向き直った私の視界が塞がれた。
「……跡部?」
目の前にあるのは跡部のブレザー。
自分が抱きしめられていると理解するのに時間はそう必要じゃなかった。真意を聞くために彼の名を呼ぶも、返事は聞こえない。
どれ位そうしていただろうか、最終下校時刻を告げる鐘が鳴り響き、その音に身体を震わせると上から彼の声が降ってきた。
「俺様は、お前を助けない。お前がそれを望むなら」
「……」
「だが、支えさせろ。覚悟していても何も感じないわけじゃねぇだろ。辛いなら、苦しいなら、いくらでも俺様にもたれかかれ。そんなこと忘れてしまうくらい、愛してやる」
跡部の表情は見えない。
彼が今、どんな思いを抱えて言ってくれているのかは分からない。
けれど、ただ嬉しかった。
どこまでも優しい、彼の気持ちが。
ありがとう。そう告げようと顔を上げるとそのまま頬を彼の手に包まれる。まるで私がそうすることを予想していたかのような滑らかな動きに、この人には一生勝てないことを悟る。
それでも構わない。勝てずとも、隣にいれば負けることはないのだから。ほかの人間に負けることはないのだから。
「…好き。大好き、跡部」
「あぁ、知ってる」
重なる唇の温かさは、彼の気持ちそのものだった。
「身の程知らず」
そんなこと、私が一番分かっている。
氷帝学園中等部男子テニス部の頂点。誰もが敬い、跪く絶対的王様。そんな人間の隣に立つ人間に要求されるものが、どれだけ大きいか。
そんなこと、私が一番知っている。
「理央奈」
「……跡部」
「またこんな時間まで残っていたのか。夜道は危ねぇから帰れって言ったの忘れたか、あーん?」
最終下校時刻ぎりぎり。
テスト前でもない限り部活の無い生徒が残ることもないだろう時間。そんな時に一人図書室で勉強をしていた私のもとに、部活終わりであろう跡部が現れた。
どうしてここに、等ということは思わない。私が事前にそう彼に伝えていたし、ここ数日はいつもここにいた。それを知らない彼ではないだろう。
「忘れてないけど…家で勉強は集中出来ないから」
「熱心なのは結構だがそんなに必死にやることか?テストも近くねぇし、お前がやってることは予習復習ってわけでもねぇだろ」
こちらの許可も得ずにノートをぱらぱらとめくり始める彼の行為は何も今に始まったことではない。俺様何様跡部様、である彼の前では私の抵抗なんて気にする必要も無いのだから。突然何かを始めて、一人で全てを決めてしまう彼の行動力にはもはや文句を言う気も起きなかった。
しかし、今回だけは違った。
「返して…っ!」
「あーん?別に困るようなノートじゃねぇ…だろ…」
立ち上がって取り戻そうとする私の手をひらりとかわし、ページをめくり続けていた彼の瞳がある一点で停止する。
驚愕に見開かれたその瞳はやがて鋭いものに変化し、私を映した。
「…これはなんだ」
だから、見せたくなかったのに。
そう思っても時すでに遅し。机にノートを置いた跡部はたった一点を指して私を問い詰めた。
前半は何の変哲もない私の数学のノート。定理や公式、先生の言葉など必要なものを書き込んで問題でそれを活用しているか確認する。自分で言うのもなんだがかなり綺麗にまとまったノート。
しかし後半、否、ある一ページだけがそことは違った。ちょうど前回のテストの最重要事項が書かれた箇所。私も苦手としていて、赤線やら後からの書き込みやらしていたページ。
マジックペンで見るも無残に汚された、その一点を。
「答えろ、理央奈。これは何だ、誰にやられた」
「……別に、跡部には関係ない」
「関係…っ、ないわけないだろうが!!」
跡部の顔を真っ直ぐに見ることも出来ず、苦し紛れに出した一言は彼の怒りに触れた。誰もいないとはいえ図書室だ。マナーを知らないはずがない跡部が所構わず大声を出すことが、彼の怒りの程度を思い知らせる。
そう、関係ないはずがない。
その汚されたページに書きなぐられた言葉は跡部の恋人として立つ私への罵倒だったから。犯人がどういう人物かなんて、考えるまでもなかった。
跡部と付き合い始めて三ヶ月。初めは陰口、やがて物が隠されるようになり、そして最近はこうして生活に支障を及ぼすような嫌がらせが増えてきた。彼には知られないようにしてきたのに、早くもバレてしまった。
「言え、お前誰だか分かっているんだろう」
「……言わない」
「なぜだ。俺は、お前を…」
「守られるだけの女は嫌なの!」
跡部がこんなにも怒りを顕にするのは、私を大切に思ってくれているから。それはとても嬉しいことで、すぐにでも縋ってしまいたい思いは確かにある。
でも、きっとそれでは駄目なのだ。
「跡部がその人に言えば、こんなことはなくなるのかもしれない。でもきっと、その人が私を跡部の隣に相応しいと思う日は来ない。そんなのは嫌」
ようやく、跡部の顔を真っ直ぐに見る。先程とは違う、呆気に取られたような驚きの表情でいる彼にほんの少し笑みを浮かべた。
「私は認めさせてみせる。この学園の生徒にも、教師にも、他校の生徒にさえ。跡部景吾の隣に相応しいのは私だと。認めさせた上で堂々とあなたの隣で笑いたい」
守ってもらうのは簡単だ。跡部の庇護のもとで、彼に包まれながら、安穏とした日々を過ごす。
でも、そんな日々はやがて壊れる。跡部景吾という人物が今後高みに登れば登るほど、彼に想いを寄せる女性は増えるだろう。そんな人たちに敵意を向けられて、一々助けてもらっていては下手すれば彼の邪魔をしかねない。
だから、私は自分を彼と同等、もしくは限りなく近くまで高めていくことを決めた。そうすれば、周囲の人間だって負けを認めざるをえない。私を認めざるを得ない。
跡部景吾の女だと。
「だから私一人に戦わせてほしいの。跡部、お願い。手を出さないで」
ここ最近残って勉強していたのもそれが理由だ。元々中の上あたりにいた私が、成績さえも最優秀の跡部に並ぶのには並大抵の努力では足りないから。
暫くの静寂。視線は絡まったまま離れない。
やがて、折れたのは跡部だった。
「……分かった」
「跡部、ありがとう」
「ったく…ここで俺様に泣きつくような女ならまだ可愛げがあったが…だからこそ惹かれたのかもな」
彼が見せた笑みは思いの外優しい。
帰るぞ、そう言った跡部に頷くとノートや教科書をまとめて鞄にしまう。鞄の口を閉めて肩に掛けると、待たせたお詫びを言おうと同時に向き直った私の視界が塞がれた。
「……跡部?」
目の前にあるのは跡部のブレザー。
自分が抱きしめられていると理解するのに時間はそう必要じゃなかった。真意を聞くために彼の名を呼ぶも、返事は聞こえない。
どれ位そうしていただろうか、最終下校時刻を告げる鐘が鳴り響き、その音に身体を震わせると上から彼の声が降ってきた。
「俺様は、お前を助けない。お前がそれを望むなら」
「……」
「だが、支えさせろ。覚悟していても何も感じないわけじゃねぇだろ。辛いなら、苦しいなら、いくらでも俺様にもたれかかれ。そんなこと忘れてしまうくらい、愛してやる」
跡部の表情は見えない。
彼が今、どんな思いを抱えて言ってくれているのかは分からない。
けれど、ただ嬉しかった。
どこまでも優しい、彼の気持ちが。
ありがとう。そう告げようと顔を上げるとそのまま頬を彼の手に包まれる。まるで私がそうすることを予想していたかのような滑らかな動きに、この人には一生勝てないことを悟る。
それでも構わない。勝てずとも、隣にいれば負けることはないのだから。ほかの人間に負けることはないのだから。
「…好き。大好き、跡部」
「あぁ、知ってる」
重なる唇の温かさは、彼の気持ちそのものだった。
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