Up to you【長編/跡部景吾】
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「本日からお世話になります、九条理央奈です。よろしくお願いします」
次の日、相変わらず何を考えているか分からない静けさを纏いながら理央奈は再び跡部の前に現れた。ただし、その顔にはやや微笑みを浮かべて。昨日は全く見せなかったその綺麗と言える表情だが、自分とはなくとも他者とは友好的に接するつもりがあることを見せつけられたようで跡部は気に入らなかった。それにより教室に歓迎の空気が広がったことで尚更。
しかし、そこで彼はふと視線を止める。
ゆるやかに髪を波打たせながら歩くその姿が、それなりに上に立つ者としての教育を受けたかのように見えたのだ。氷帝学園では一般家庭で生まれ育った者も多いが、跡部のように御曹司であったり社長令嬢であったりする者も一定数いるためそんな歩き方も珍しいことではない。しかし、特待生として学費を免除された人間がそう歩くことに微かな引っ掛かりがあった。
家同士の付き合い。親の仕事相手。将来その仕事を受け継ぐためイギリスへの留学も決めている彼だが、それまではテニスに情熱を注ごうとあまり関わっていないその交流関係の中に彼女がいるのかもしれない。
その路線で執事であるミカエルに調べさせるか、そんなことを思いながら跡部は視線を窓に向けた。
「九条さん、お昼一緒にどう?」
「この時期に転校なんて珍しいのね」
「跡部様に案内してもらったの?羨ましいわ」
休み時間になれば理央奈の周りには人だかりが生まれる。転校生が来た教室にはよくある光景だ。彼女に掛けられる一つ一つの質問を丁寧に返しながら、理央奈はその内の一つに敢えて反応を示す。
「跡部様って、生徒会長の方?」
「そうよ、跡部景吾様。生徒会長でテニス部の部長なの」
「……テニス部の?」
「とても凛々しいのよ、今度あなたも一緒に練習の見学に行きましょう」
まるで初めて聞く名前かのように跡部のことを話す理央奈。それは彼と自分に何の関係もないことを示したい意図があったのだが、同時に思いもかけない情報を手に入れる。
(……テニス、続けていたのね)
今この場にいない彼の座席に視線を向ける。机の上にしっかりと次の授業の支度が整えられている様子に、小さく笑みをこぼした。
「ところで九条さんはどこから来たの?」
「私は関西の方から。祖母がそこに住んでいたの」
「あら、なぜ関東に?」
「父が東京で働いていて、ようやく落ち着いたから共に暮らそうと呼ばれたのよ」
「そうなんだ」
数人の女子生徒と話す会話に花を咲かせる。気付けば休み時間一杯まで会話は続いており、彼女らと連絡先を交換することで終結した。
兎にも角にも上手く学生生活のスタートを切れそうで理央奈は肩をなで下ろす。跡部景吾という氷帝学園中等部の王様と早くも関わりを持ったことで一時はどうなるかと思ったが、どうやら杞憂で終わりそうだ。
転入してきたばかりであまり関心を持っていないだろうと思われたことが良かったのかもしれない。
「それでは九条さん、また明日」
「ええ、さようなら」
そうして穏やかにすぎた転校初日は、理央奈にとって上々の滑り出しだった。部活があるクラスメイト達と別れて、一人校門に向かったそこで黒塗りの車を見かけるまでは。
見覚えがあるかないかで言われればないが、その上等さと周囲の生徒の視線で分かる。あれは恐らく、
「跡部様のお車よ、何故こんな時間に…?」
「跡部様はまだ部活なのに…」
今この瞬間テニスコートで駆け回っているだろう跡部景吾の家の車だ。迎えには早すぎるその車の横を足早に通り過ぎようとした時、助手席そばで立って控えていた老齢の男性が理央奈に歩み寄ってくる。
つい歩みを止めて男性に向き直ると、彼は理央奈の前で深々と一礼した。
「お待ちしておりました、九条様。旦那様が貴女様をお待ちでございます」
「……跡部の、お父様が?」
「はい。ですから私めがお迎えに参りました。どうぞお乗り下さい」
あぁ、そういうことか。跡部の父親と自身の繋がりを知っている理央奈は困ったように微笑を浮かべると、「ではお言葉に甘えて」と応じる姿勢を見せるしかなく。
周囲の生徒が一瞬さざめきをみせたことに明日は少し面倒なことになるかもしれないと思いながら、促されるまま高級車に乗り込んだ。
次の日、相変わらず何を考えているか分からない静けさを纏いながら理央奈は再び跡部の前に現れた。ただし、その顔にはやや微笑みを浮かべて。昨日は全く見せなかったその綺麗と言える表情だが、自分とはなくとも他者とは友好的に接するつもりがあることを見せつけられたようで跡部は気に入らなかった。それにより教室に歓迎の空気が広がったことで尚更。
しかし、そこで彼はふと視線を止める。
ゆるやかに髪を波打たせながら歩くその姿が、それなりに上に立つ者としての教育を受けたかのように見えたのだ。氷帝学園では一般家庭で生まれ育った者も多いが、跡部のように御曹司であったり社長令嬢であったりする者も一定数いるためそんな歩き方も珍しいことではない。しかし、特待生として学費を免除された人間がそう歩くことに微かな引っ掛かりがあった。
家同士の付き合い。親の仕事相手。将来その仕事を受け継ぐためイギリスへの留学も決めている彼だが、それまではテニスに情熱を注ごうとあまり関わっていないその交流関係の中に彼女がいるのかもしれない。
その路線で執事であるミカエルに調べさせるか、そんなことを思いながら跡部は視線を窓に向けた。
「九条さん、お昼一緒にどう?」
「この時期に転校なんて珍しいのね」
「跡部様に案内してもらったの?羨ましいわ」
休み時間になれば理央奈の周りには人だかりが生まれる。転校生が来た教室にはよくある光景だ。彼女に掛けられる一つ一つの質問を丁寧に返しながら、理央奈はその内の一つに敢えて反応を示す。
「跡部様って、生徒会長の方?」
「そうよ、跡部景吾様。生徒会長でテニス部の部長なの」
「……テニス部の?」
「とても凛々しいのよ、今度あなたも一緒に練習の見学に行きましょう」
まるで初めて聞く名前かのように跡部のことを話す理央奈。それは彼と自分に何の関係もないことを示したい意図があったのだが、同時に思いもかけない情報を手に入れる。
(……テニス、続けていたのね)
今この場にいない彼の座席に視線を向ける。机の上にしっかりと次の授業の支度が整えられている様子に、小さく笑みをこぼした。
「ところで九条さんはどこから来たの?」
「私は関西の方から。祖母がそこに住んでいたの」
「あら、なぜ関東に?」
「父が東京で働いていて、ようやく落ち着いたから共に暮らそうと呼ばれたのよ」
「そうなんだ」
数人の女子生徒と話す会話に花を咲かせる。気付けば休み時間一杯まで会話は続いており、彼女らと連絡先を交換することで終結した。
兎にも角にも上手く学生生活のスタートを切れそうで理央奈は肩をなで下ろす。跡部景吾という氷帝学園中等部の王様と早くも関わりを持ったことで一時はどうなるかと思ったが、どうやら杞憂で終わりそうだ。
転入してきたばかりであまり関心を持っていないだろうと思われたことが良かったのかもしれない。
「それでは九条さん、また明日」
「ええ、さようなら」
そうして穏やかにすぎた転校初日は、理央奈にとって上々の滑り出しだった。部活があるクラスメイト達と別れて、一人校門に向かったそこで黒塗りの車を見かけるまでは。
見覚えがあるかないかで言われればないが、その上等さと周囲の生徒の視線で分かる。あれは恐らく、
「跡部様のお車よ、何故こんな時間に…?」
「跡部様はまだ部活なのに…」
今この瞬間テニスコートで駆け回っているだろう跡部景吾の家の車だ。迎えには早すぎるその車の横を足早に通り過ぎようとした時、助手席そばで立って控えていた老齢の男性が理央奈に歩み寄ってくる。
つい歩みを止めて男性に向き直ると、彼は理央奈の前で深々と一礼した。
「お待ちしておりました、九条様。旦那様が貴女様をお待ちでございます」
「……跡部の、お父様が?」
「はい。ですから私めがお迎えに参りました。どうぞお乗り下さい」
あぁ、そういうことか。跡部の父親と自身の繋がりを知っている理央奈は困ったように微笑を浮かべると、「ではお言葉に甘えて」と応じる姿勢を見せるしかなく。
周囲の生徒が一瞬さざめきをみせたことに明日は少し面倒なことになるかもしれないと思いながら、促されるまま高級車に乗り込んだ。