螢
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ある夜の事。
殺生丸が留守の間、一行は小川の近くで休んでいた。
「桜ちゃん見て!螢がいっぱい!」
興奮気味のりんの所へ駆け寄ると、小川の周りに沢山の光が泳いでいる。
「うわぁ…」
桜も思わず歓声をあげた。
何事かとやって来た邪見もその幻想的な世界に言葉を失くす。
「本当にいっぱいいるねぇ」
「ずーっと見ていても飽きないよね」
そんな他愛ないやり取りをしながらも視線は光を追うのに夢中で。
小川がさらさらと流れていく音も心地良い。
「例年よりも数が多いのう…」
「あれ、邪見もこういう風流な事好きなんだ?」
「失礼な!」
「冗談よ」
「ねぇ邪見さま、りん、螢捕まえてみたい!」
「こりゃ、それこそ不粋じゃぞ。
螢は短い命しか持たない。その生を全うするまで輝き続ける、儚い虫なんじゃ」
「そうなんだ…じゃあ見るだけで我慢するね」
「ふふ、偉い偉い」
反省した様子のりんの頭を桜は優しく撫でる。
そして、腰を下ろすと再び光の軌跡を見つめた。
誰も何も言わず、自然の音だけが聞こえてくる。
ただ飽きる事のないまま、夜は更けていった。
***
------------あらら、みんな寝ちゃった。
いつの間にか、りんは桜の肩に頭を預け、邪見は座ったまま夢の世界に入っていた。
桜はそっとりんをその場に寝かせると、心なしか先程より光が増えた小川に歩み寄った。
「綺麗……」
静かに足を水に入れる。
まるで光の海の中にいるようで、うっとりと桜は目を細めた。
『螢は短い命しか持たない。その生を全うするまで輝き続ける、儚い虫なんじゃ』
その灯が近くをよぎる度に、邪見の言葉が蘇る。
------------妖怪に比べたら人間も…螢のような一時の光でしかないのかなぁ。
心に抱くは殺生丸の姿。
殺生丸と恋仲になって一年が経つ。
その中で、自分の命が妖怪のそれの一瞬でしかない事を彼女は痛感していた。
------------私は必ず殺生丸さまを置いていく事になる。
それでも良いのでしょうか、
殺生丸さま-------
「桜」
つい今まで思い描いていた彼の声が凛と響いた。
ふわり、と音を立てず、目の前に降り立つ彼。
銀色の髪が螢の輝きによって一層煌き、白の衣は夜の闇を切り抜いたように映えている。
自分と同じように足首まで水に浸した彼、殺生丸の姿は特別美しかった。
「殺生丸さま…」
桜は一瞬驚いたものの、すぐに「お帰りなさい」と微笑んだ。
仄かに照らされたその笑顔は、儚く。
殺生丸の目が僅かに見開かれる。
気付いた時には、桜は殺生丸の腕の中に収まっていた。
「せ、殺生丸さま…?」
「このままでいろ」
「……はい……」
そっと、桜も殺生丸の背中に手を伸ばす。
------------殺生丸さまの腕の中にいると安心するのにね…
先程までの憂いを忘れるように、殺生丸の胸に顔を埋める。
そんな桜から何かを感じたのか、殺生丸も桜を抱く腕に力を込めた。
そのまま、どれほどの時が経ったのか。
「桜」
また、彼に名前を呼ばれる。
「はい」
返事をしながら彼の顔を見上げた。
琥珀色の瞳と視線を絡めても、彼の心中は読めるものではない。
ただ、それが彼なりの優しさと愛情に満ちたものである事を桜は知っている。
束の間の沈黙の後、殺生丸の口が開いた。
「祝言を挙げるぞ」
低く、透き通った声で告げられた言葉。
桜の瞳が揺れ、一筋の雫が頬を伝う。
「嫌か」
「そんなっ…滅相もありません。
嬉しくて、何と言ったら良いのか……」
「では何故泣く」
「……不安なのです!」
桜は縋るように殺生丸を見上げた。
「人間の私は、いつかきっと殺生丸さまを残していくことになります。
私の寿命は殺生丸さまにとって一瞬のようなものだと、まるでこの螢のように儚いものだと知っているから……」
堰を切ったように思いの丈を告げるにつれて、涙が溢れてくる。
------------私はこんなに殺生丸さまの事が好きなのに、私は人間だから----
「私はそれが何より心残りなのです…
殺生丸さまほどのお方なら、私より相応しい妖怪のお方がーーー」
そこから先は言葉にならなかった。
それは噛みつくような接吻の所為。
やっと解放され、脱力した桜の腰を殺生丸が支える。
桜は赤く染まった顔を手で覆った。
足元を流れる冷たい水は、火照った体をなかなか冷ましてくれない。
一匹の螢が殺生丸と桜の間を通り抜ける。
「たとえ螢のような命でも、その光芒を私は生涯忘れない」
どこかで水の跳ねる音がした。
「私の側で輝いてくれぬか」
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