第八章 桜花の郷
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今から何百年も昔、翠子という強い巫女がいたそうな。
妖怪の魂を取り出し、清めるという術を心得ていて、一気に十匹の妖怪を倒せる程強かったそうだ。
そして、その強さ故に身の危険を感じた妖怪達に命を狙われてしまう。
数多の妖怪達が、翠子を密かに慕っていた男の体を媒介として一つに合体し、翠子に立ち向かった。
妖怪達は翠子と激闘を繰り広げた後、最期の力で翠子はそれらの魂を自身の魂に取り込み、体の外へはじき出した。
その魂の融合体が四魂の玉であり、その玉の中で彼らの闘いは今も続いているのだとか。
「翠子を慕っていた男の里には一本の桜の霊木があり、彼は時折そこで翠子と会っていました。
また、妖怪達が男の心の隙に入り込み、体を乗っ取ったのも、その桜の木の下だったそうです。
体を愛する人への憎悪に乗っ取られた男の無念の魂だけが体を離れて彷徨いました。
最終的にその桜の霊木に取り憑き、妖怪化してしまったのが、この大桜なのです」
さわさわと枝が揺れている。
誰も何も言わないまま、桜憐は話し続ける。
「とはいえ、大桜の力は弱く、人に害を加える事はありません。
長い年月の中で、私達を生み出し、この郷を生かし続けながら、ただそこに咲いているだけです。
男はただ翠子を待っているのかもしれません。
そして、今も在る翠子の魂が一つだけあります」
桜憐は桜をじっと見つめた。
「…四魂の玉…」
桜は額に埋め込まれた四魂の欠片を思い出す。
桜憐の言いたい事が少し分かった様な気がした。
桜憐は頷いて、また口を開く。
「四魂の玉が妖怪の手を点々としていた際、無力な大桜に成す術はありませんでした。
そうこうするうちに、御縁がありまして、大桜の妖力を用いて、殺生丸様のお父上、闘牙王様の刀を打たせてもらえる事になりました。
男の翠子を想う念を、闘牙王様ご自身の奥方様を想うために使い、供養しようとして下さったのです」
一同ちらりと殺生丸を見やった。
---------そういえば、殺生丸さまのお母さんは妖怪だけど、犬夜叉のお母さんは人間だったんだっけ…
殺生丸はふんと鼻をならし、続きを促すようにくいと顎を上げた。
「闘牙王様の牙と大桜の花が、とある妖怪の刀鍛冶に預けられました。
その妖怪は妖怪の中では珍しいほど情が深く、人を想うための刀を打つのに最適の者だと認められたのです。
しかし、その刀鍛冶は途中で乱心し、禍々しい念にまみれた闇桜を生み出してしまいました。
闘牙王様はその刀を滅したらしいのですが、その刀鍛冶はそのまま行方が分かりません」
---------その闇桜が、私と共に戻ってきてしまった…
「闇桜と形を変えても、大桜の妖力は微量ながら残っているのでしょう。
額の四魂のかけらが取れないのは、大桜の翠子を想う念のためかと」
四魂のかけらの事を見抜かれていた事に驚きつつ、桜はそっと額に手を当てた。
異物が体に入っているというのは、やはり違和感と不安でしかない。
「桜ちゃん…」
りんが心配そうな表情で桜の腕を掴んだ。
桜は大丈夫と微笑む。
「桜さん、でしたよね?」
「は、はいっ」
「闇桜を使ってみて、どうでしたか?」
「…心の中の……綺麗じゃない感情…を使われる感じでした。
実際、闇桜に心の闇を利用すると言われましたし…」
「闇桜は本来、大妖怪である闘牙王様の奥方様を想う気持ちのために使われるはずだったもの。
人間の、ましてや女の弱い心と体で扱うのは無理があったのでしょう…。
闇桜に他の目的もあるのかもしれませんが…」
----------私が人間の女だから。
心の内にもやっとした感情が浮かぶ。
慌てて小さく首を振った。
桜憐は少しの間何かを考え、「小鈴」と手を叩く。
すると、どこからか雀が飛んで来た。
桜憐の元に着くとポンと音を出してその姿を変える。
そこには、茶色いおかっぱ頭に橙色の着物、くりんとした丸い目をした、邪見より少し小さい童女が桜憐と目が合う高さに浮いていた。
「はい、桜憐さま」
小鳥のさえずりの様な、高くて可愛らしい声。
---------か、可愛い…
桜は人間離れしたその状態よりも、その愛らしさにすっかり心が奪われてしまった。
「この者は小鈴(こすず)と言います。この子をあなたに仕えさせましょう」
良いですね、小鈴、と言うと、小鈴は二つ返事で了承し、桜に向き直る。
「よろしくお願いします、桜さま」
「……え?仕えるって…?」
「この勾玉を首におかけ下さい」
桜憐は桜色の小さな勾玉の首飾りを差し出した。
言われるがままに首にかける。
「その勾玉は決して体から離れない様に術をかけましたので、ご安心下さい。
それは闇桜から貴方の心を守る手助けをします。
これで存分に闇桜で戦う事が出来るでしょう。
また、その玉に念じる事で小鈴を呼び出す事が出来ますので、困った事などがあったら使ってください」
「はい……」
「闇桜の真の狙いは分かりかねますが、大桜が四魂のかけらを離す事はないでしょう。
そのかけらが闇桜のせいでけ汚れている状態は桜さんにとって決して良い状態ではありません。
私も調べておきますが、無理はなさらないように…」
そう言って桜憐は殺生丸を見た。
殺生丸は静かに目を閉じ、踵を返し、歩き出す。
桜は慌てて桜憐に頭を下げた。
「本当にありがとうございましたっ」
「またいつでもいらして下さい。
でも、本当に驚きました。殺生丸様があんなに……」
「え?」
目を丸くする桜に、桜憐は優しく笑った。
「いえ、何でもございません。道中、どうかご無事で」
桜は首を傾げる。
が、後ろから邪見の呼ぶ声が聞こえたので、再びお礼を述べて、殺生丸を追いかけた。
穏やかに微笑む桜憐の後ろで、静かに大桜は揺れていた。
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