(※全小説共通です)
第2章 花束を君に
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「ねえ早人、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけれど・・・」
並んで立ちあがった息子の手をとり、しのぶは話を切り出した。
「うん。なあに、ママ?」
早人はしのぶを見上げてたずねた。自分もその手を握り返しながら。
川尻家の墓は霊園の丘の頂上に近い位置にあり、国見峠の名が示すとおりに、杜王町の全域が良く見えた。
「実はね・・・できればあんたにこういう話はしたくなかったんだけど・・・・・・うちのお金が少し、心細くなってきちゃったの」と、しのぶは言った。「今住んでいるおうちの家賃もね、パパが以前に先払いしてくれた分があるから、当面はなんとかなると思うんだけど・・・・・・もし、この先もパパがなかなかすぐには帰ってこられない場合、どうやって早人と今のおうちで生活しながらパパの帰りを待っていればいいんだろうって、心配だし、不安なのよ。金庫の開け方はパパしか知らないし、あたしは働いて稼いだことがないから、今からどんな風にお仕事を探せばいいのかもわからなくて。・・・それでね、早人。Y県のおじいちゃんとおばあちゃんの家、わかる?」
「うん。わかるよ」早人は言った。「ママのほうのおじいちゃんとおばあちゃんちでしょ?パパのほうのおじいちゃんちじゃないほう」
「ええ。そう」しのぶは言った。「そのおじいちゃんとおばあちゃんがね、パパが帰ってくるまで、よかったら、早人と一緒にうちにおいでって言ってくれてるの。あたしの事も心配してくれてるし、何よりふたりとも早人にすごく会いたいんだって。・・・それで、実のところね、あたしもそれがいいんじゃないかと思うの。そのほうがいいような気がするの」
「・・・・・・・・・・・・」
「今すぐ引っ越さなくても、まずは、試しに・・・夏休みもまだ、あと2週間以上残っているから、その間にふたりでおじいちゃんの家に泊まりに行ってみるのはどうかしら。パパが帰ってきたらすぐにわかるように玄関にお手紙をおいて、ご近所さんにもお願いして・・・。もちろん、早人が嫌じゃなかったらだけど・・・・・・どう思う?」
「・・・・・・いいと思うよ」と早人は言った。「ぼくもおじいちゃんとおばあちゃんに会いたいな。おじいちゃんのとこで、またサクランボ狩りがしたいな、ぼく」
「ウフッ、そうねえ、サクランボの季節は5月からだから、今年のぶんはもう終わっちゃったかも知れないわね。でも、そのかわりにおばあちゃんの特製のサクランボのジャムがあるわよ」と、しのぶは言った。ここひと月ちかく、早人が見る事もなかった笑顔とともに。「おじいちゃんの農園でとれたサクランボでおばあちゃんが毎年作るの。トーストやヨーグルトにのせて食べると、おいしくって止まらないのよ」
「わあ、ぼく食べてみたいなあ、おばあちゃんのサクランボジャム」
「そうよ。一緒に食べましょう」しのぶは言った。「それに、パパが帰ってきたら、パパとも3人で・・・・・・・・・」と、熱心な口調で言いかけ、途中で急に言葉につまり、しばらくすると両手で顔をおおって泣き出した。
「ママ・・・・・・ママ。どうしたの。大丈夫。大丈夫だよ」しゃがみこんでしまったしのぶの背中をさすりながら、早人は懸命にしのぶに話しかけた。「ぼくがついてるよ。おじいちゃんもおばあちゃんもいてくれるし、ひとりじゃないよ。大丈夫だよ・・・」
「早人、早人、あたし・・・・・・あたし」激しく嗚咽しながらしのぶは言った。とめどもなく涙は流れた。「パパがもう・・・・・パパが・・・もし・・・・・・」最後は言葉にならなかった。
「大丈夫だよ、大丈夫・・・・・・ぼくが・・・・・・ついてるから・・・・・・」
(花束を君に贈ろう)
(言いたいこと 言いたいこと)
(きっと山ほどあるけど 神様しか知らないまま)
(今日は贈ろう 涙色の花束を君に)