(※全小説共通です)
第2章 花束を君に
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露伴先生の【ヘブンズ・ドアー】で、川尻しのぶさん、それに早人君の記憶を書き換えてはどうか・・・という意見が出たのは、ぼくたちのうちの誰からだっただろうか。
細かいところはもう、忘れてしまったけれど、それは億泰君からだったかもしれないし、あるいはぼくからだったかもしれない。億泰君とぼくの両方だったような気もする。
7月16日の朝に家を出たきり、深夜になっても帰ってこない旦那さんのことをしのぶさんはとても心配し、翌朝、勤務先の会社に電話をかけたところ、「昨日の朝、少し遅刻する旨の電話がかかってきたけれどこちらには出勤してきておらず、その後の連絡も全くない。一体どうなっているんですか?」と逆にたずねられたそうだ。
警察には捜索願が出され、行方不明になった「川尻浩作さん」の帰りを、しのぶさんは今も当然待ち続けている。
ともかく、【ヘブンズ・ドアー】で2人の記憶を改ざんするというアイデアは、はじめはとても良いもののように思えた。
結局、どれだけ待っても「川尻浩作」が帰ってくることはないのだから、それならいっそ、浩作さんの存在そのもの、それに加えて吉良吉影の存在も、しのぶさんと早人君の記憶から消すか、作り変えてしまったほうが、2人が苦しむ必要もなくなるかも・・・と、当初ぼくたちは思ったのだ。
しかし、肝心の【ヘブンズ・ドアー】の持ち主である露伴先生が、ぼくたちの意見に強硬に反対した。
「これは僕が時々やっているようなちょっとした書き足しとはあまりに違う。人の人生に踏み込む恐ろしい行為だ」と、露伴先生は主張した。もし、本当にそんなことをした場合、2人が歩むのは楽な人生なんかじゃない、それはむしろ異常な人生だと。
そして、いつもは何かにつけて露伴先生と衝突しがちな仗助君も、意外な事に露伴先生に賛成だった。
「川尻浩作が行方不明になっていることは、近所の知り合いも、職場の同僚も、早人の親戚もみんなが知っている筈だ。重ちーや辻彩の家族にしたってそうだ。【ヘブンズ・ドアー】で彼ら全員の記憶も、そのまた知り合いの知り合いの記憶も、辿っていって全員消すのか?それはさすがに不可能だしおかしい。現実的に見ても露伴の意見のほうが正しい」これが仗助君の主張だった。
結局、ぼくたちは何もしないまま・・・あるいはできないまま、1999年の夏がゆっくりと過ぎていくのを見つめている。
しのぶさんの気持ちを思うと胸が苦しい。しのぶさんの気持ちをよくわかっている早人君の気持ちを思うと苦しい。
重ちー君や彩先生の家族のことを思うと苦しい。
決して帰らない人を、そうと知らないまま、みんなずっと待っているんだ。今日こそ帰ってくるはずだ、今日こそ帰ってくるはずだと、毎日自分に言い聞かせ、待って、待って、待ち続けて・・・・・・。
亡くなった人のために悲しい涙を流しながらも、心をこめてお葬式をしたり、お墓参りをしたりすること。
お花をそなえ、お線香をたいて、死者の魂と対話すること。
そんな、せめてもの気持ちの区切りさえ、残された遺族の人たちにはないのだ。自分が遺族だと知らないのだから。
吉良吉影がしたのはそういう事だ。