(※全小説共通です)
第2章 花束を君に
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(毎日の人知れぬ苦労や寂しみもなく)
(ただ楽しい事ばかりだったら 愛なんて知らずに済んだのにな)
”ぷしゅ―――――っ”と盛大に空気が抜けるような音があたりに響いた。
目の前のバス停『国見峠霊園前』にバスが停車してドアが開いたのだった。
「いらっしゃいませ・・・あ!」
バスから降りてきた人たちのなかに見覚えのある顔を見つけ、思わず声が出た。
「おっ!早人じゃねーか」仗助君も気づいて呼びかけた。
ちょっと長めの前髪を、真ん中で分けて耳にかけ、意志の強そうなまなざしをして、半ズボンからひざこぞうを覗かせた男の子。
ぼくたちと同じぶどうが丘学園の、小等部に通っている川尻早人君だった。
8月14日、アルバイト2日めにあたるその日は朝からすごい人出だった。霊園が開門する前からすでに満車状態だった駐車場には、あとからあとから車がつめかけ、バスは目の前のバス停に停まるたびに、ドアから大勢の乗客を吐き出した。
ぼくたちはひっきりなしに訪れるお客さんのお会計をし、質問に答え、その人たちが霊園のほうへ道路をわたっていくのを見送る間もなく、また新しくやってくる人たちの対応をしているところだった。
「あ、仗助さん・・・こんにちは」
早人君も仗助くんとぼくたちに気づき、ちょっとオドオドした様子でぺこりとこちらに頭を下げた。そして、一緒に来ていた隣の女の人に「高等部の人たちなんだ」と声をかけた。この人が早人君のお母さんの、川尻しのぶさんなのだろう。髪が長くて綺麗な顔立ちだけれど、ひどくやつれて悲しげな印象の人だ。
「そう・・・早人、あたし、人混みは疲れちゃうから、お店でお花買ってくるわね。お兄さんたちとお話ししていていいのよ」
「えっ、でもママ、ぼくも一緒に行くよ」と早人君は言った。「ぼくがお金はらってあげるって言ったでしょ?」
「ええ、そうだけど・・・」
「じゃあ、ぼくもあとからお店に行くから。すぐに行くから、好きなお花を選んでおいてよ」と、一生懸命な様子で早人君は言った。「ママがお金はらっちゃだめだよ。ちょっと挨拶して、すぐに行くからね。待っててね」
「わかったわ」
しのぶさんがお店に入って行くのを見送ってから、仗助君は早人君をケヤキの木陰に呼び寄せて、そこでごくわずかのあいだ、立ったまま話をしていた。
(その日はのちに気象庁が「4年ぶりの猛暑」と認定したほどの暑い日だったので、ほんの少しの日陰でもそこにいられるだけでありがたかった。)
「調子はどうだ・・・元気にしてるかよ?」どことなく気まずそうな様子で仗助君が早人君にたずねた。ぼくと由花子さん、それに億泰君も、次々にやってくるお客さんの相手をしながら、その会話に耳をそばだてていた。
「う、うん」
「今の人がおふくろさんだろ?」
「うん」早人君はうつむいて言った。「ママはあんまり元気じゃない・・・どんどん、やせてる」
「そうか・・・」
「今日は、ママがお墓参りに行きたいって言いだしたんだ」と、早人君。「川尻家のご先祖様にお願いをしたいからって・・・行方不明で迷子になっているパパを無事に家に帰してくださいって。そして、日本のどこかにいるパパを守ってあげてくださいって、ママはお願いをしたいんだって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それで、ぼくも賛成して、今日、ママとバスで一緒にきたんだ」ぽつり、ぽつりとつぶやくように、早人君は言葉をつないだ。「パパはもちろん・・・二度と帰ってこないし、日本のどこにもいないけど・・・パパの魂が天国で安らかでありますようにって、ぼくもお祈りをしたいと思ったんだ。パパにお正月にもらったお年玉、ぼく、まだとってあるから。ママのしたいことを手伝ってあげたいっていうのもあるけど、ぼくも・・・ぼくのパパのために、きれいなお花やお線香を買って供えてあげたいって、思ったんだよ」