(※全小説共通です)
第2章 花束を君に
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太陽が天を横切って中空にさしかかるころ、あたりにドッドッドッというエンジン音を響かせて、一台のバイクが駐車場に停まり、ひとりの男性が降りてきた。
ちょっと長めの前髪をぎざぎざのヘアバンドでまとめて、Gペンのかたちのイヤリング、乗馬服のようなだぶだぶのズボンをはいたその人は、M県S市杜王町が生んだ大人気マンガ家の岸辺露伴だ。1996年の秋、若冠17才で少年ジャンプの本誌デビューを果たして以来、日本中にその名を知られ、20才になる今も少年マンガ界の第一線をひた走り続けている。代表作は『ピンクダークの少年』。ところどころにグロテスクな表現があるものの、個性あふれる魅力的な登場人物と『ドドドドド』『メメタァ』『グッパオン』などの特徴的な擬音、そしてファンの間で『岸辺立ち』の通称で知られるキャラクターたちのカッコいいポーズで読者の心をがっしりとつかんでいる。
「やあ、康一君、それに由花子君じゃないか。ずいぶん珍しいことやってるね」
「4日間だけの短期アルバイトなんです」と、ぼくは言った。「ぼくと由花子さん、携帯電話が欲しくて、その費用稼ぎなんですよ。仗助君と億泰君も一緒です。今、ふたりはちょうどお昼の休憩に入ってますけど」
「フーン、そうかい」
興味がなさそうに鼻をならして、バケツの中の花束を選び始めた露伴先生にぼくはたずねた。
「露伴先生もお墓参りですか?やっぱりお盆の時期だから?」
「ああ、そうさ。しかも、明日あさっては土日だろ?道も駐車場も混みそうな上に、『実家に里帰りしてるガキとその親』だの『ジジババの家に来てる孫どもとその親』だのできっとうるさくなるからね。とても落ち着いて墓参りなんて出来る状態じゃなくなるだろうから、今のうちに済ませておくことにしたのさ」並んだ花を眺めながら、朋子さんと似たようなことを露伴先生も言う。
「ところで、ここの花束だけど、種類が豊富に揃っていていいね。あっちの電気屋と全然違って『いかにも墓参り』っぽくないのも色々あるし。これ、君たちが作ったのかい?」
「まさか!ぼくには花束なんて作れませんよ」と、ぼく。
「それは、あたしたちの店長が・・・」と、由花子さん。
「店長?どの店長?」
「family namefirst nameさんって言って、この店の・・・フローリスト【R】の店長です。なんでも今年開業したばかりで、1人でやっているお店らしいですよ。この間、たまたま前を通りかかったらバイト募集の広告が出てて、お盆の人手が足りない時期だけ、ぼくたちここでバイトすることになったんです」
「へえ」
ふと、好奇心をそそられたように言いながら、露伴先生はfirst nameさんのお店のほうを眺めた。
「康一君、あたし、ちょっとお手洗いに行ってくるわね」
「あっ、うん、行ってらっしゃい!」
由花子さんがお店の中に入っていくのを見送ってから、ぼくは露伴先生のほうに向き直った。
「露伴先生、よかったらお店の中も見ていきますか?ぼくたちはここの担当だから、ここにある花を売るだけしかできないけれど、店内ならもちろん、好きな花を選んでオーダーメイドの花束を作ってもらうことも出来ますよ」と、ぼくは言った。「実はぼくたち、開店前にみんなで『岸辺立ち』をして写真を撮ったんですけど、店長は露伴先生の『ピンクダークの少年』が大好きだそうですよ。先生のことを『カラー絵もうまいし色使いもすごい』ってとてもホメてました」
「ほう、それはつまりぼくのファンってことかい。そりゃあいいね。ぼくの色使いが好きだなんて、芸術を理解できるセンスがあるんだね。なんだかぼくと波長が合いそうだ」と、露伴先生は妙に嬉しそうだ。
「実は5部の主人公に、『生命を生み出す能力』を持たせる予定でね。花屋か・・・一度、店内を見ておくのも良いかも知れないな」
「えっ、5部の主人公ですって?」ぼくは驚いて言った。「だって、まだ3部の真っ最中なのに!」
「そうだがね、ストーリー自体は9部のラストまで骨格は出来上がっているんだよ。あとは肉付けして紙に描くだけさ」
「はぁ~~~・・・・・・」
言葉を失っているぼくに露伴先生は「じゃ」とうなずくと、店のほうに向かって歩きかけたが、急にムッとしたように顔をしかめて「やっぱり、やめておくよ。会いたくもない奴がきたからね」と、あっさり前言を翻した。そして、ぼくの手に千円札を押し付け、バケツの中から花束を2つ取り出した。・・・今朝、ぼくと由花子さんが「かわいいね」と言い合っていた、ピンクのバラを小さくしたような花をメインにしている花束だった。
「よ、よお、康一・・・そろそろ交代しようぜ~~っ」
うしろを見ると、仗助君と億泰君がドタバタとこちらに向かって走ってくるところだった。2人とも、なぜか妙にあせったような表情を浮かべている。
「あれ!仗助君に億泰君!随分早いね!休憩もう終わりでいいの?」
「あ、ああ、お前ひとりだけ待たせちまってるし、もう戻ったほうがいいかと思ってよ・・・あ、露伴先生、こんちはっス・・・先生もお墓参りっスか?」
「フン、まあね」
いかにも「きみたちとは話したくありません(なかでも約一名のお前とは)」といった面持ちで、露伴先生は短く答えた。そして、ぼくにだけ「では、アルバイト頑張りたまえ」と会釈をすると、今買ったばかりの花束をかかえて、スタスタと霊園のほうに道路をわたっていってしまった。
「康一君、お待たせ!」
しばらくして戻ってきた由花子さんと一緒に、ぼくたちはお昼の休憩に入ることにした。
ぼくの好きなおかずがいっぱいつまった由花子さんの手作り弁当を、ぼくたちはテラスのテーブルで分け合って食べ、休憩時間の残りを利用して、1階のバックヤードで由花子さんが入れてくれたコーヒーを飲み、first nameさんのお母さんが差し入れてくれた鎌倉カスターをデザートに食べた。
ひんやり冷えた鎌倉カスターは、他のよくあるカスタードのお菓子のように、食べているうちに中身がドロリと流れ出そうになってしまうようなこともなく、かむと、前歯のあとが断面に残るようなほどよい固さがあって、あたたかいブラックコーヒーともよく合ってとてもおいしかった。
(それにしてもちょっと不思議だったのは、鎌倉カスターの箱の中身がひとつも減っていなかったことだ。必ず仗助君か億泰君のうちの誰かが、いくつか先に食べてしまっている筈だと思っていたのに・・・なんでだろう?まあ、いいか?)