(※全小説共通です)
第2章 花束を君に
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「じゃあまず、ここが売り場です♪」と言いながらfirst nameさんが入り口のドアを開けると、ぼくたちの間から異口同音に「おお~っ」という声が上がった。
初めてここに来た時は、ドア越しに覗いてみただけだった【R】の中は、ぼくが最初に抱いた印象よりも更に花がいっぱいでカラフルで、しかもカッコイイお店だったのだ。
ひとくちに花屋さんといっても、陳列されているのはいわゆる赤・白・黄色の生のお花ばかりじゃあない。サボテンのようにプクプクしたもの、ドライフラワーや枯れ枝のように見えるもの、束ねられて壁や天井から下がっているもの・・・そしてぼくには『葉っぱ』か『草』にしか見えない、濃淡もさまざまな緑色のもの。でも、形も質感も異なるそれらが、時代がかった木製の棚や古い木の椅子、それに昔の八百屋さんが使っていたような古い木箱などを什器としてうまく組み合わせて展示されていて、そこにお花屋さん特有の良い香りも加わって、もう・・・とにかく非常にカッコイイ。
『アンティークな雰囲気に植物がマッチして』と言っていた由花子さんの気持ちが「言葉」でなく「心」で理解できる、そんな空間だ。億泰君や仗助君も「うおっ!なんつーか花屋っぽくない!い、いや、花屋なんだけどカフェっぽい!」「おお、本当だぜ!『ドゥ・マゴ』・・・いや、どっちかっつーと『れんが亭』寄りか!?」と新鮮な驚きを口にしながら、面白そうに店内をあちこち見回している。
「えっ、気づいてくれたんですか!?」first nameさんはパッと明るい笑顔になって言った。「そうなんですよ~!お客さんがセルフサービスのコーヒーを無料で飲める店にしたいなと思ってるんです。まだ準備中なんですけどね」
「へえ~っ、花束を作ってもらってる間にコーヒーが飲めるなんていいですねえ!」と、ぼくは言った。「ぜひやってほしいなぁ。そうしたらぼくたちすぐに飲みに来ちゃいますよ」
「はい、ぜひ!」first nameさんはニッコリしながら、レジカウンターの引き出しから小さな鍵をふたつとりだした。そして、そのうちひとつをぼくたちに渡し、のこりのひとつをお店の奥にある【STAFF ONLY】のプレートがついたドアの鍵穴に差し込んだ。
「ここがバックヤードにしてる部屋・・・まあ、物置っていうか、在庫置き場です」
と、言いながらfirst nameさんがそのドアを開けると、奥からひときわ涼しい空気がぼくたちの方へ流れてきた。
「ここはお花がしおれないようにエアコンを強めにかけているので、お弁当や貴重品はここに置いて、その鍵で自由に出入りしてくださいね」とfirst nameさんは言った。
中に入ってみると確かにひんやり心地良い。
バックヤードでまっさきに目を惹くのが、天井までも高さがあるような、巨大な総ガラス張りの冷蔵庫。ぶううんと低いうなりをあげるその中には、意外なことに、というかやっぱり、バケツに詰まった花がずらり・・・だった。きっとお花のための冷蔵庫なのだろう。すべてのバケツに水がはられ、棚板もすべてガラス製だから、全体にかかっている重量はぼくの【エコーズact3FREEZE】なみなんじゃないかとハラハラしてしまう。このバケツたちがどうしてガラスをぶち破って落ちて行かずに冷蔵庫の棚板の上にとどまり続けているのか、first nameさんはこれをどうやって花束にしていくのか、全く見当もつかない。とにかくものすごい量だ。
室内には、他にも花束と切り花のバケツがまだまだたくさん床に並び、それから、売り場にもあったような古い木の椅子や木箱のたぐいが部屋のすみにごたごたと置いてある。そのそばには小さな流しと電気ポットがひとつ。シンクの上にはカップがいくつか伏せてあリ、コーヒーや紅茶のパックが入った小瓶も並んでいた。ポットの横には由花子さんが作ってきてくれたと思しきお弁当の包みが既に置いてあった。仗助君と億泰君もそれぞれ、『オーソン』の袋をそのそばに置いた。ぼくも家から背負ってきたリュックサックをおろして近くの椅子の上に置いた。
「あとはこれ!私の実家から、みんなにって送ってきたお菓子なんです。お盆に手伝ってくれる人が見つかったって伝えたら、母親がすごく喜んで。ここに入れておくので、休憩の時にでも食べてくださいね!」
ガラスの冷蔵庫の引き戸を開け、バケツとバケツのすきまに『鎌倉ニュージャーマン』と書かれた黄色い紙箱をぎゅうぎゅうおしこみながらfirst nameさんは言った。
「あっ、それもしかして『鎌倉カスター』っスか?」仗助君が嬉しそうに頬をほころばせて言った。「俺それ大好物なんスよ。たまにもらい物でうちに来たりするといつも母親と取り合いになります。ちょっと冷やして食うとうまいっスよね!」
「東方君、鎌倉カスター知ってるんですか?おいしいですよね~!私も夏は冷やす派です」first nameさんも笑みを浮かべて言った。「よかったらお母さんにも持って帰ってあげてください、いっぱい入ってるから」
「いや、俺が全部食います、俺が」
「俺もっっ!!」
「え~~っ、そんなにオイシイならぼくだって食べてみたい・・・」
「あ、あ、あたしだってっっ!」
「あはははは」早くも取り合いを始めたぼくたちの言葉にfirst nameさんは楽しそうに笑った。そして、「そうそう、ここの飲み物は、どれでも好きなのを作って飲んでくださいね。そのへんの椅子とか箱とかを工夫してもらえば、ゴチャゴチャだけどなんとか座れるかも。・・・あ、ちなみにトイレはこのドアを開けて、階段のぼってつきあたりです!」と言いながら、巨大な冷蔵庫の陰にかくれている目立たないドアをノックした。「じゃ、バックヤードに鍵をかけて、いよいよ外に出ましょうか!」