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第1章 種
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晩メシのあとにシャワーから出ると、ちょうどリビングルームの電話が鳴っているところだった。
「はい、東方ッス」
「もしもし仗助君?ぼくだよ、広瀬康一。どうだった、億泰君の反応は?」受話器の向こうで康一は言った。
「それがよ~、やっぱり予想通りだったぜ」俺は思わずニヤリと笑った。「美人の店長が一人でやってるお花屋サンをオテツダイして、4日間で4万円がもらえて、おまけにトニオの飯まで食わせてもらえるバイトがあるけど来るかと聞いたら大声でイグッて叫んでやがった」
「あはははは、億泰君、おイキになられちゃった」康一も楽しそうに笑った。「それにしても珍しいじゃない!仗助君が女の人を美人って言うなんて」
「そりゃ、客観的に見て美人かブスかで言ったら美人の部類だろ~がよ~。だいいち億泰のヤツがすげーうるさかったんだよ」と俺は言った。「1人でやってる花屋ってどんな花屋なのか、店長はトニオみてーにスタンド使いなのか?って聞かれて、そこはとりあえずまだわかんねーけど、おっとりして笑顔を絶やさないグレートな人だと思うぜって答えたら、『おっとりして笑顔を絶やさないグレートな男なのか女なのか』ってまた聞かれて、女だって答えたら今度は美人なのかブスなのかってよお」
「それで美人って答えたんだ!」と康一は言った。「でも本当に珍しいね、仗助君がここまで女の人のことを褒めてるの、ぼく初めて聞いたよ!キミって学校の女の子たちが話しかけてきてもいつも半分上の空で、あの子たちのこと『まるでそよ風とか大自然の一部』みたいな扱いしてるのに、あの店長さんにはスゴク礼儀正しいっていうか、話も一生懸命聞いてるしさあ、なんだか楽しそうにしゃべってるしさあ・・・ぼくはまたてっきり仗助君が店長さんに『一目でドッキュン♡』しちゃったのかナ~?と思ってたんだよねえ~~~っ」
「ばっ・・・そりゃオメー、礼儀正しくもするだろーがよー。短期間とはいえ、俺たちの雇い主だぜ」
「まあいいけどねえ」あからさまにニヤニヤしているような声音で康一は言った。「ぼくと由花子さんは帰り道にもっぱらその話題で持ち切りだったよ。もっとも由花子さんの見解では、ドッキュン♡しちゃったのは仗助君じゃなくて、店長さんなんじゃないかってことだったけど」
「なんだって!?」俺は思わずリビングの、とくに何もない空間に向かって身を乗り出した。シャワーでくずれたヘアスタイルが、誰も見ていないのに妙に気になる。
「うん、見ててそう感じたんだって」髪に残った水分を利用して手櫛でヘアセットを試みている俺に康一は言った。「ほら、ぼくたちテラスで話してたでしょう?アルバイトの内容の説明してもらった時。その時に店長さんが仗助君のほうを何度もチラチラ、チラチラ見てたんだって。仗助君のことが気になって仕方ない様子だったって、由花子さんは言ってたよ」
「ああ~~~~~・・・・・・そのことだけどよ、気になって仕方ないって言うのは、それは、違う理由でだと思うぜ」と俺は言った。
「なんでもあの人、ずっとむかしのまだ子供の頃に、俺にそっくりな人に助けられたことがあるんだとよ」
「仗助君にそっくりな人?」
「ああ、髪型から何から俺とそっくりだったらしい。もし俺の事を何度も見てたって言うんなら理由はそれしか考えられねえな。季節は冬で、雪の日だったそうだ。俺に年の離れた兄貴はいないのか、ずっとお礼をしたい人だから、心当たりがあれば教えてくれないかって言われたんだよ」
「へえ~~~・・・・・・!!」ひどく興味をそそられたように康一は言った。「仗助君、以前ぼくに話してくれたことがあったよね?たしか4才くらいの頃の大雪の日に、キミが高熱を出していた時、キミのお母さんの車がまた走れるように助けてくれた人。・・・心当たりの人って、ぼく、その人しか出てこないんだけど」
「俺もだぜ。正直、ぶったまげた」と俺は言った。「【あの人】の事を言おうとしたらバスが来ちまってその場は帰る羽目になったけどよ、いずれはその話をした方がいいかもなと思ってる。もしまた【あの人】に会えるチャンスがあるなら、俺だってのがしたくねえからな」
「そうだね・・・それにしても不思議だね、もしかしたら二人とも、同じ冬の日、同じ人に助けられたことがあるかも知れないなんて・・・」考え考え、といった調子で康一は言った。「それで、あの店長さん・・・first nameさんって、やっぱりスタンド使いなのかなあ?違うのかなあ?ぼく、なんだか急に気になったよ」
「どっちなんだろうな。スタンド使いかも知れねえよな」俺は言った。「例の法則にあてはめて考えると、バイトが4人共スタンド使いなのに店長だけそうじゃありませんってのも妙な話だしよお・・・むしろ何らかのスタンドを持ってるかも知れないって念頭に置いておくのが自然なんじゃねえのかな」
「何が自然なのよ?」
キッチンから出てきたおふくろに声をかけられ、「なんでもねーよ」と俺は答えた。
「康一、俺、週末の用意があるからこのへんにしとくぜ」
「オーケー、わかった!じゃあ金曜にね!」
「ああ、じゃあな」
チン!と受話器を置いて俺はおふくろの方を振り返った。
「ちょうど良かったぜ、頼みたいことがあったんだ。エプロン貸してくんねーか?」
「エプロン?何に使うのよ」
「バイトだよ。花屋の」
「花屋?」
「国見峠霊園の向かいの店だよ。バス停のすぐ近く。そこで墓参り客の需要にあわせて花を売るんだ、盆の間だけ」
「へえ~~~?霊園の向かいって・・・あらっ!もしかして『お花のロンロン』!?」おふくろは突然笑顔になって叫んだ。「仗助、あんたあの店知ってるの?意外だわっっ!!あたしが物心ついた頃にはとっくにあったのよ、あのお店!すごく優しいおじいさんと外国人の奥さんがやっててね。・・・もう何年も前に閉店しちゃったんだけどね。それじゃあ、お子さんが継いだのかしら」
「ああ、孫だって言ってたぜ」
「そうなんだあ。懐かしいな」おふくろは言った。「そうよね。タバコの煙でいっぱいのパチンコ屋だの、暴走族が入り浸ってる深夜のガソリンスタンドでバイトされるよりよっぽど良いわ。あんたすぐケンカだのなんだのでケガばっかりしてくるんだから、お花屋さんなら安心だわ。もうすぐお父さんの初盆だし、あたしもお墓参りに行こうかな。それで、エプロンだっけ?」
「ああ。それか汚れてもかまわない服装で来て欲しいって言われたんだ。できればブランド物で、ひとつ頼むよ、母さん」
「これはブランド物よ。ローラ・アシュレイのなんだから」
たくさんのレースと花柄のついた女性もののエプロンを持ってきたおふくろは言った。俺はそのエプロンを借りて玄関の姿見の前に立ってみた。
花柄とレースのエプロンを胸にあてている不良が鏡の中に映っていた。
「どう?あら。すごくダサいわね」
「これはさすがにやばいな。悪い意味で」
「そのエプロンをしていくくらいなら、汚れてもかまわない服装のほうが良いんじゃないの。あんた衣装持ちじゃない」
「ああ」俺は言った。「そうだな、そっちにするぜ」