(※全小説共通です)
第1章 種
名前設定
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「それじゃあ店長さん、金曜からよろしくお願いしますっ!仗助君、あとで連絡するね~!!」
駅前の駐輪場に自転車を停めているという康一と、そこから自宅方面へのバスに乗るという由花子が踏切のほうへ歩いて行ったあと、俺とfirst nameさんはバス停『国見峠霊園前』のそばでそのまま少し話をしていた。
バス停は店のほぼ目の前。前庭をつっきってすぐの所だ。
「ありがとうございます、すごく助かります」first nameさんは言った。「そのお友達のかたにも、ご迷惑じゃなければいいんですけど」
「いやいや迷惑どころか!っつう~話っすよお~っ」と俺は言った。あいつにとっちゃあ福音みたいなもんだ。「それにしても俺、しょっちゅうこの道通るのに、ここに花屋さんが出来てたなんて知らなかったっス。しかもこの場所が・・・なんか、初めてそこのトニオの店に行った時も思ったんスけど、色々と予想外っつうか」
「そうですよね、時々お客さんにも言われます。『墓地の真正面なんて不吉っぽい』とか『商店街からも遠いのに、こんなところでお店やってて儲かるの?』とか」と言ってfirst nameさんはニコッとした。「でも、この立地が花屋としては良かったりするんですよ。ここはもともと祖父がやってた店だったんですけど、『商売のこと何もわかんないまま、花が好きってだけで勢いで始めたら目の前が墓で助かっちゃった』って良く言ってたらしいです」
「ええ~、この立地が?・・・あっ!」俺は突然気づいて言った。「そりゃ、墓と言えば墓参り!墓参りと言えば花!つまり花屋!じゃないっすか!考えてみれば当然の話、これなら店さえ開けときゃあ、自動で客が入ってくるという・・・!スゲー、アッタマ良いおじいさんっスねえ~~っっ!!」
「アハハ♪ きっとおじいちゃんが聞いたら喜びます。今はおばあちゃんと一緒にあの中で杜王町を眺めてると思いますけど」
見上げると、霊園の芝生の丘に立ち並んだ墓石が、緑の上に点々と細かいグレーの筋模様をえがきながら、雲ひとつない夏空に向かって溶け込んでいくところだった。
「そうなんスね。俺のじいちゃんとばあちゃんもあそこにいます」と俺は言った。なんとなく言いたい気分ってやつだった。
ちらりとfirst nameさんが俺を見上げて、俺にごくかすかに微笑んだ。
俺もfirst nameさんに微笑みを返した。
それから、また俺たちは道路の方を向いた。
胸の中にあたたかいものが流れる感覚があった。
「・・・祖父が他界してからは、ここは10年以上空き家になってたんですけどね」
前を向いたまま、first nameさんは言った。つやつやした髪が横顔にそよいで揺れている。少し風が出てきていた。
「今は私が叔父に安う~い家賃を払って、ここでやっぱり花屋をやってます」
「安う~い家賃っスかぁ?」俺は笑った。 「ハイ」first nameさんも俺と目を見合わせてまた笑った。
「叔父たちや母はここで生まれ育った分、思い入れがあるみたいですごく応援してくれてますね。学校も高校までは全員ぶどうが丘学園だったみたいだし」
「ああ、そいつはナルホドっすね~」
「東方君たちもぶどうが丘学園ですよね」
「そうっス、全員高等部の1年で・・・その、さっきの話の虹村億泰ってヤツも、俺らと同じ1年です」
「そうなんですね・・・高校1年・・・」
first nameさんは顔にかかった髪を耳にかけながらつぶやいた。そしてバス停前の坂道の上を眺めた。俺もつられてそっちを見た。バスはまだ来ない。
変な間があいた。
「あの、ちょっと教えて欲しいことがあるんですけど」
唐突にfirst nameさんが言った。
「はっ!はいっ!何でしょうかっ!!」
思わずたじたじとなって俺は答えた。
「東方君って、お兄さんいますか?」
「へ?」