(※全小説共通です)
第1章 種
名前設定
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「8月13日からの4日間、この店の庭か『国見峠霊園の第二駐車場』で、墓参客にお花を売るお手伝いをして頂きたいんです」
向かい合って座ったテーブルで、フローリスト【R】の「family namefirst name」さん―――――もらった名刺にそう書いてあった―――――は、詳しい説明を切り出した。
ぼくたちと話をするためにドアプレートを『CLOSED』にして、外階段から案内してくれた2階のテラス。
下のポーチの植物を全部片づけたらこうなるだろうな、というようなテーブルと椅子がここにもあり、テーブルの上やテラスの床にはものがなくスッキリしている。建物のすぐそばにはS市のシンボルツリーでもあるケヤキの巨木がそびえ立ち、ぼくたちの頭上にフサフサとした緑の枝を差し伸べて、強い日差しから守ってくれていた。
「へえ・・・?」
「墓参客に?」
「第二駐車場・・・ですか?」
初めて訪れたお花屋さんの、初めて会う人の意外な言葉に、ぼくたちは全員ぽかーんとして、口々に質問ともあいづちともとれないあいまいな言葉をつぶやいた。
「駐車場は、すぐそこなんです。このケヤキの木の向こう側」
と、first nameさんはニコニコしながら指さし、ぼくたちはテラスの柵越しにその方向を覗き込んだ。ゴツゴツとしたケヤキの幹の向こうに、車が何十台も停められそうなだだっ広い駐車場が見えている。確かに、すぐそこだ。もし霊園の門を背にしてこちらを向いて立ったら、このケヤキの木を中心に、左に【R】の建物とバス停、右に駐車場を眺めることが出来ただろう。
「霊園の事務局のかたも前もって教えてくれたんですが、やっぱり毎年お盆の時期は、お墓参りの人出がすごく多いみたいなんですよ」
テーブルの上で両手を組んで、first nameさんは丁寧な口調で続けた。
「そのぶん、売り物の花束もたくさん必要になるので、こちらで材料の切り花は、なるべく大量に仕入れる予定なんですけど・・・それを次々に来店して来られるお客さんの好みを伺いながら、ひとつひとつ花束にしてお渡しして・・・となると、私1人じゃとても追いつかないと思うんです。今のところ従業員さんもいなくて、私1人でやってる店なので」
「えっっ!」
「ええっっ!」
「お1人でっっ!」
さらなる意外な言葉に驚いて、ぼくたちはまた口々に小さく叫んだ。
「そこで、私が何種類かまとめて作っておいた花束を、店の庭先か駐車場で売ってくれる人がいたら助かるな・・・と思ってるんです。店の中と外に分かれて、役割分担するというか」
と、first nameさん。
「なるほど・・・なんとなくわかってきました」
と、由花子さんはうなずいた。
「仏花らしい仏花はもう出来てて、それを売る役目があたしたちで、オーダーメイドの花束は中で店長さんが対応する・・・そんな感じでしょうか?それなら難しくなさそうですね」
「ブッカ?」と小声でたずねたぼくに「墓参りの花の事だろ」と仗助君は言い、「お仏前に供える花・・・ほら、カメユーの生鮮食料品売り場の入り口にも売ってるような花束。ああいうのじゃない?」と由花子さんが補足する。ああ、あのいかにも出来合いの、『いかにも墓参り』って感じのやつか~、と思い出してぼくは納得した。確かに、毎年恒例の家族での墓参りは、父さんが運転する車でカメユーデパートに寄って、ああいう花束を買ってからここの霊園に来るものだったっけ。
「なるほど、わかりました!要するに『文化祭のたこ焼き売り』・・・中で出来たてアツアツのたこ焼きを食べたい人には店長さんが対応して、ぼくたちはパックにつまったお持ち帰りのたこ焼きを、お客さんに渡してお金を受け取るだけ・・・そんな感じですかね!?それなら、ぼく出来そうです!」
「あたしもっっ!」
「よかった~!はい、まさにそんな感じです!」
first nameさんは嬉しそうに顔を輝かせた。あらためて間近で見ると、目がぱっちりしていてとても綺麗な人だ。瞳の光彩の色が薄く、色白で清楚な雰囲気も、さっきぼくが思い浮かべたチョウチョを彷彿とさせる理由になっているのだろう。
「たぶん本当に文化祭みたいに・・・大混雑になっちゃうと思うんですよ。私も花屋の店員時代に、よく霊園内での出張販売には駆り出されてたんですけど、やっぱりお盆はすごく忙しかったです。とくに今年はまだ開業したばかりなので、実際にフタを開けてみたらどうなるのか予想もつかなくて不安に思ってたんです・・・。もちろん、アルバイト代と、交通費もちゃんとお支払いします!どうでしょうか・・・お願いできますか・・・?」
と、first nameさんは心細そうに、隣の仗助君を見上げてたずねた。いやいや今年開業したばかりって、どうみてもまだ大学生くらいなのにつくづくすごいな・・・と、ぼくは思った。それはそうと、ぼくたちのなかで「やる!」と宣言していないのは君だけだ。さあどうする、仗助君。
「いいっスよ・・・もちろん、俺でお役に立てるなら・・・喜んでお手伝いします」
3人の熱い期待の視線の下、なんとなく照れくさそうな笑顔で―――――それでもしっかりfirst nameさんの目を見て、仗助君は答えた。声がいつもよりぐっと低く、ボソッとしたしゃべり方になっていた。